素直に伝える

「アレン、アルマ、ちょっとおいで」


 俺とマリーが頭を抱えているのを、微笑ましそうに見ていたアイリスが、子供たちに手招きをする。


「2人とも、あんまりお父様やマリーを困らせてはいけませんよ」

「でも……」

「教えてくれたのはマリーなのに……」

「ふふ、そうですね。マリーは悪い人ですね。ですが、あまり人前で婚約破棄と言っていると、ルーカスおじ様みたいになっちゃいますよ」

「「げっ」」


 アイリスの言葉は子供たちにとって効果覿面だったようだ。露骨に嫌そうな顔をする2人に、思わず笑ってしまいそうになる。しかし、2人がルーカスをそれほど嫌っているとは……あまり会わないようにさせていたはずなのだがな。


 ルーカスは母上の拷も……調きょ……愛の鞭によって性格は大いに丸くなった。別の意味で面倒な奴にはなったが、以前と比べると遥かにマシと言える。


 そんなルーカスでも、子供たちにとってはなりたくない人物らしい。なりたいと言われても困るので、これでよかったというのが、俺の正直な感想だ。


「あの人、すぐに北の国に連れて行こうとするんだもん。きらーい」

「私もきらーい」


 ルーカスは今では騎士団の副団長という立場にいる。自ら王位を捨て、実力でその地位まで登ったまではいい。だが、問題は――


「よし! じゃあ北の国に向かうぞ!」

「ふ、副団長。どうして北の国に……?」

「ん? そんなもの訓練以外に何がある。北の国はいいぞ。あの国で水浴びをすれば筋肉が引き締まる。気にする必要はない。ニーナには許可はとっている」


 ――これは俺が一度聞いたことのあるやり取りである。もちろん、許可など取っていない。正確に言うなら、ルーカスは取っていない。アイリスが手紙で交渉した結果である。

 なにか絵のようなものを一緒に入れていた気がするが、追及はしなかった。……俺は知らない。何も見ていない。


 そういうわけで、ルーカスは度々騎士団の一部を連れては北の国に訓練をしに行っている。いい加減に呼び捨てをやめろと言っているのだが聞きやしない。調教の結果、どんな罰も訓練だと解釈して反省しないのだからなおタチが悪い。


 はぁ……。愚痴になってしまった。まあいい。子供たちもルーカスのようにはなりたくないが、1番のお気に入りの遊びを止めるのも抵抗があるらしく、今もなお葛藤している姿はとても微笑ましい。


「う〜でも、でも! お父様とお母様はこれで幸せになったんでしょ! なら、私もお父様とお母様のようになりたい!」

「アルマも!」


 2人にとっての理想像が俺とアイリスなのは嬉しく思う。だが――


「アレン、アルマ。俺は婚約破棄をしようとした事を後悔している」

「……なんで?」

「その言葉でアイリスを、お母様を悲しませたからだ」

「だって今は……」

「ああ、今はとても仲がいいように見えるだろう。けれど、それはお母様が繋ぎ止めてくれたからだ」


 俺は2人の頭をゆっくりと撫で、言葉を続ける。


「だから2人には人を傷つける言葉ではなく、好きや愛してるのような言葉を使ってほしい」

「お父様はアルマの事、好きー?」

「ああ、好きだよ。もちろんアレンもな」

「……わかった。もう婚約破棄って言わない」

「アルマもー」

「2人ともありがとうな」


 まだ少し不貞腐れているアレンと、元気よく答えるアルマの頭ををもう一度撫でる。


 確かに俺はあの日、婚約破棄をアイリスに宣言した事自体は後悔していない。していなければ、おそらく今と同じように隣にアイリスは居ただろう。だが、俺の心はアイリスと本気で向き合えていただろうか?

 おそらく、ずっとルーカスとの関係を疑っただろう。アイリスが俺を思ってくれていたとしても、俺はそれを気づこうともしなかっただろう。


 だから、婚約破棄をしようとした事自体を後悔はしていない。後悔しているのは俺の気持ちをアイリスに伝えなかったこと。好きだ、そう素直に言えなかった事なのだから。


「アイン……私はアインのことが大好きですよ。過去も今も、これからもずっと」

「ああ、俺もアイリスを愛してる。あの日よりも前からずっと。そしてこれからもずっと隣にいてほしい」

「もちろんです。嫌と言われてもずっと隣に居ますから」


 自分の行動は変えることができる。あの日の失敗を糧に、俺は自分の気持ちを素直に伝えることを学んだ。どれほど思っていたとしても話さないと伝わらないのだ。だから――


「アイリス、ドレスはもういいんじゃないか?」

「嫌です♪ ふふっ」


 アイリスは微笑みながら、俺の予想通りの答えを返した。

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【完結】俺は今日、婚約破棄をする 白キツネ @sirokitune-kurokitune

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