同性に求愛されたことってある?

新巻へもん

新巻にはあります

 皆さまの性的指向はどんな感じでしょうか?

 私は異性愛者ヘテロです。

 私自身は生物学的には男性で、性自認も男性の異性愛者ですから、性的指向は女性に向くことになります。

 なので、少なくとも今までの人生において、男性に対して性的な興奮を覚えたことはありません。たぶん、今後の人生においてもないでしょう。

 世の中には意気投合してベッドインしたら、相手の股間にとある器官がついていたけど、そのまま続行したという方もいるようです。

 が、私は恐らく無理ですね。

 センシティブな話題なので、念のために言っておきますけど、ヘテロ以外の方を否定するつもりは全くありません。単に私がヘテロってだけ。

 それで、女性に向けた私の好意が受け入れられたこともほぼ無いんですけど、その点は本筋じゃないんで割愛します。

 あれ、なぜかモニターが滲む……。

 

 気を取り直しまして。

 私は同性愛者の方から好意を寄せられたことがあります。 

 その時のことをお話ししましょう。

 若かりし頃、とあるお仕事の現場で仮称Tさんと出会いました。

 非英語圏の外国の方で日本語は片言です。Tさんはあいさつ以外は基本的に話すときには英語でした。

 ちなみに私の英語力はTOEICスコアで五百点いかないレベルです。主に私のリスニング能力不足により、これから先のTさんの発言に対して細かなニュアンスの誤解はあるかもしれません。

 年の頃は私より二十歳弱ほどは年上とお見受けしました。見た目は少し気弱そうな感じです。

 ただ、初対面からやたらとフレンドリーでした。

「オハヨーゴザイマス」

 現場仕事なので朝の挨拶は欠かせません。そこまではまあ社会人としてごく普通でしょう。

 そして、Tさんが自分の名前を名乗った次の瞬間には私の名前を聞いてきます。新巻へもんと名乗ると顔をくしゃくしゃっとして笑いました。

「とても素晴らしい名前だ。実にあなたらしくて素敵である。と呼んでいいか?」

 今までファーストネームで呼ばれるという経験が無いので驚きました。

 異文化コミュニケーションと考えても初対面でファーストネームを略したニックネーム呼びはフランク過ぎます。

 大学時代に留学生との交流もありましたが、基本的に新巻さんでした。

 慣れないことに戸惑いましたが、「ならん。余のことは新巻さんと呼べ」と我を通すほどのことでもありません。

 まあ、そういう人なんだろうなということで了承しました。

 その現場は私を含めて八人ぐらい居たと思います。

 Tさんは他のスタッフとも挨拶をしました。で、私以外には名字にづけで呼んでいるのです。

 日本の誇るジェンダーフリーな敬称「さん」はとても便利。最近は外国でも少しずつ浸透しつつあると聞きます。

 それはさておき。

 当時の私の立場はアルバイトでしたから、社員さんにはそう呼んでいるのかなと思ったら、他のアルバイトにも名字で呼んでいます。

 なぜに私だけ?

 確かにARAMAKIという言葉は母音がアの言葉が連続していて、日本語母語話者では無い人には発音しづらいところはあるかもしれません。

 だけど、同じように発音しにくそうな場合でも、Tさんは他の人に対しては言いにくそうにしながら名字呼びしていました。

 うーん。不思議だ。

 でも、すぐに気を取り直します。まあ、そういうこともあるよね。

 別に新巻だろうが、へもだろうが、個人が識別できればそれでいいじゃん。

 お仕事中だし。

 ちょっとだけ腑に落ちない感じを覚えながらも作業を開始。

 アルバイトとはいえ、週七日シフトを入れていた私は設営関係は指示なしで動けます。荷下ろしをして、組立て作業を始めました。

 足に落とすと労災待ったなしなほどの大きくて重いパーツなので、この工程は必ず二人で組んで作業をします。

 とはいえ、ずっと同じペアですることはなく、入れ代わりながらするのですが、気が付けば、常にTさんが一緒に作業をしていました。

 Tさんも作業には慣れているようで全体工程が分かっていないようではないようです。なのに流れに逆らっても私と一緒にいようとしていました。

 たまに、別の人が割り込むことがあると、その辺をふらふらとして、私と組むように順番調整をしていることに気が付きます。

 何か特別な意図があるんじゃないかというのが段々と確信に変わってきたのが休憩時間でした。

 肉体労働なので作業が一段落すると煙草を吸ったり、飲み物を飲んだりしながらダベる時間があります。

 その時間もTさんはなぜかぴったりと私のそばにいるのでした。

 休憩後はそれぞれ別々の作業についたので、Tさんとは離れ離れになります。

 でも、ふとした瞬間に視線を感じて、その方向を見ると決まってTさんがいる。

 そして、昼休み。

 私がコンビニで弁当を買ってくると、Tさんがやってきました。

 私の近くにいたバイト仲間にカメラを渡すと写真を撮るように頼みます。

 そして、本人は私の肩を抱いてカメラに向かってポーズを取りました。とっさのことに固まる私。

 シャッター音がして、バイト仲間が示した液晶画面には、はにかんだ笑みのTさんと驚きの顔を浮かべる私が写っています。

 語弊があるかもしれませんが、おっさんがあんな表情をしたのを見たのは後にも先にもこの時ぐらいです。実にいい笑顔でした。

 バイト仲間に対してOKと言いながら、Tさんはまたカメラを渡してさらに数枚撮ることをリクエストします。

 返してもらった大事そうにカメラをしまうと、Tさんもコンビニ弁当を取り出しました。そして当然のように私の横に座って食事を始めます。

 そして、私の手や腕へのボディタッチをしながらの世間話の後に、少しためらいながら切り出しました。

「私は祖国に小さいながらも素敵な家を持っている。へも。私の家に来ないか? 私の家族に会わせたい。両親と妹に紹介する」

 初手が外国にある御自宅へのご招待です。しかも家族をご紹介。新宿駅などでナンパしてる兄ちゃんでもそれはない。

 順番すっ飛ばし過ぎじゃないか?

 一気に弁当の味がしなくなりました。

「真剣に考えてください」

 そう言うとTさんは食べ終えた弁当ガラを持って立ち去ります。

 すれ違いにやってきたのはバイトリーダーのKさん。

「新巻さん。あれ、マジっすよ。ヤバイっす」

 私がゆるゆるとKさんの方に顔を向けると、普段はふざけてばかりいるのに真面目な顔で私のことを心配していました。

「やっぱり、そう見える?」

「見えるもなにも、ガチっすよ」

「だよねえ」

 ただ、そういう会話をしながら、Kさんも首を捻っています。なんで、新巻なんだ?

 Kさんはイケメンです。アイドルと言っても通じるぐらい。一方、私は端的に言えば人相がよろしくありません。

 しかも、今よりもちょっとばかり肥えていました。胸囲も百十センチ。鳩胸ポッポーです。

 ただ、その当時は知識がなかったのですが、その後知りました。たぶん、熊系だと思われていたんでしょうね。

「マジで気を付けてください」

 Kさんは去っていきました。

 何にどう気を付けろと言うのかと聞く間もありません。

 振り返るとTさんが戻ってきています。そして、私ににこやかに問いかけてきました。

「それで、いつ来る? 今週末?」

 はい?

 えーと、まだ五分も経っていないんですけど。しかも今日は木曜日だよ。

 というかですね。一応外国に行くにはパスポートというものが必要なんです。実は持ってますけどね。そして、それなりにお高い航空運賃も必要です。

 そんなことが脳裏に浮かびますが、口には出せませんでした。

「飛行機代は私が出します」

 間違いなく、ノータイムでそんなセリフが出てくるのが容易に想像できます。

「もうちょっと考えさせて」

 なんとかそれだけ答えました。

「いい返事待ってる」

 体をくねらせるとTさんは去って行きます。

 いやあ、今思えば、モブ主人公が突然告白されるラノベかよって展開ですよね。ただ、一点、相手が学校一の美少女ではないという些細な違いがあるだけで。

 で、この話のオチなのですが、残念ながら無いんです。

 すいません。

 午後以降は、たぶんKさんが気を利かせてくれたのだと思います。社員さんが徹底的に私をTさんから隔離しました。

 なお、その場に居た他の人にヒアリングしましたが、男女問わず全員がTさんの行動を私への求愛だったとの判定です。

 こうして、私から明確なお返事をしないまま、この話は終わりとなりました。


 で、こうやってつらつらと書いていて蘇る記憶があります。

 このTさんとの出会いから遡ること数年前、大学生時代に三学年下の後輩くんが、私が一人で着替えているときにやって来て聞きました。

「先輩ってゲイって本当ですか?」

「誰がそんなこと言ってたんだよ?」

「あ、ちょっと」

 何かごにょごにょ言っていましたが、ひょっとすると実はカミングアウトだったのではないか?

 ザルツブルクのホテルではゲイカップルと間違えられていたこともあるし。

 フィレンツェのホテルのロビーでナイスミドルに声をかけられたのも今思えば……。

 男性相手の痴漢が出るという噂の埼京線の先頭車両には乗らない方がいいよというアドバイスもありましたね。

 

 脱線したけど、Tさんの話に戻しましょう。

 まあ、自分の気持ちに素直と言ったらいいのか、Tさんの態度にはまったく隠すそぶりがなかったのは凄いなと思います。オープンすぎてアウティングとかいう議論の余地もない。

 ぐいぐい来るのも強烈でした。

 まあ、私の許可なくボディタッチしたのは、あまり気持ちのいいものではなかったですけどね。

 ただ、しつこいですが念のために言っておくと、それはTさんが男性からだったということではありません。

 私が初対面のかなり年下の女性の肩をいきなり抱いてツーショットを撮ることが許されないのと同様というだけのことです。初対面で家に遊びにおいでよと言えばドン引きされるでしょう。

 距離を詰めるなら相手の同意を得ようぜ、っていうシンプルな話です。

 こうしてこの話を書いていて、改めて思い出したのですが、私の人生において、一番熱烈に求愛してきたのが同性のTさんなんですよねえ。

 全く無いよりはいいじゃねえかなのか、まあドンマイなのか。

 皆さんならどう思います?

 という問いかけで終わりにしたいと思います。

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同性に求愛されたことってある? 新巻へもん @shakesama

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