ハロウィンの供物…

深川我無

ハロウィンの供物

「トリック・オア・トリート! お菓子くれなきゃ悪戯ですよぉ〜?」そう言って助手のかなめは事務所の扉を勢いよく開けた。

 

 薄暗い雑居ビルの五階。アルミ製の扉に磨りガラス。白いプラスチックのプレートには明朝体の黒字で「心霊解決センター」の文字。


 扉の向こうにはこの事務所の主である邪祓師の卜部がラジオの前で目を丸くしてこちらを見ていた。

 

 いつもならにいるのに珍しい……かなめはそんなことを口走りそうになったが、怒られるのは目に見えていたのでぐっと飲み込んだ。

 

「どうです? 似合います? 最近流行ってるみたいなんですよ!」そう言ってかなめは雑貨店で買ったチープな魔女の帽子とケープのセットをヒラヒラさせた。

 

「すぐに脱げ」

 

「へ?」

 

 気が付くと卜部がかなめを壁に押し付けて帽子とケープを剥ぎ取っていた。

 

「せ、先生!! ちょっと!! いきなり激しすぎますっ!!」かなめは真っ赤になってそう叫んだ。

 

 (キャー!! こ、こういう格好が好きだったんですか!? )

 

 静かになったのでそっと目を開くと、そこに卜部の姿はなく、扉に赤い糸を張り巡らせていた。

 

「あ、あれ? 先生?」

 

「そんなとこで何やってる!? お前もさっさと手伝え!」卜部の叫び声が響き、かなめは慌てて扉まで駆けて行った。

 

「いいか? この張り方を覚えろ。同じように窓にも糸を張れ」それは一筆書きの八芒星のような幾何学模様だった。

 

「その糸にこれをぶら下げろ。今夜は事務所を出るんじゃないぞ?」そう言って卜部は薄汚れた木切れを手渡した。木切れには赤黒い干からびた塗料で見慣れぬ文字が書かれていた。

 

「なんですか? これ? いったいなんで?」

 

「説明は後だ!!」卜部の鬼気迫る態度に、かなめは只事ではないことが解ってきた。コクリと頷いて言われた通りに窓に結界を張る。

 

「お前、大通りを通って来たか?」

 

「は、はい。通りましたけど……」

 

 卜部は舌打ちすると明らかに険しい顔付きになった。すると突然自分の腕をナイフで切りつけた。

 

「先生!! 何やってるんですか!?」かなめは慌てて卜部に駆け寄る。

 

「俺の血を扉と窓の枠に塗る」下唇を噛みながら卜部は言った。

 

 その時だった。

 

 コツン……

 

 窓に何かが当たった音がした。

 

 一瞬で部屋の空気が凍りつく。二人は同時に窓に目をやった。

 

 コツン……

 

 まだ結界を張っていない窓に黒い人影が映っている。異様に長い手と、細長い身体。

 

「ひっ……!!」かなめは思わず声を漏らした。

 

「こ、ここ、五階ですよね?」

 

 卜部も冷や汗を流しながらそれを睨みつけている。卜部は意を決したようにブツブツと何か唱えると、窓に向かって駆けていった。

 

「キャンディーマン達のあるじの契約によって! ここから去れ! 血の雫あめだまをくれてやる!!」

 

 卜部は窓に向かって掌に溜めた血をぶち撒けた。

 

 血は滴ることなく、スゥーっとガラスに染み込んで、窓の外の黒い人影の人差し指と親指につままれるような形で球体となった。まるで赤いキャンディーのように。

 

 この世のものとは思えないような叫び声と笑い声が部屋に響くと、黒い影は姿を消していた。

 

「やれやれだ」卜部はそう呟くとその場に倒れ込んだ。

 

「先生!!」かなめは慌てて卜部に駆け寄る。

 

「先生!! あれは何だったんですか!? それに血が!?」かなめが傷口に目をやると、卜部の傷は深さの割に出血が少なかった。

 

 傷よりも深刻に見えたのは卜部の顔色だった。卜部の顔は真っ白で血の気が引いていた。

 

「大丈夫だ……それより先に結界を張ってしまってくれ。見ての通り俺はこの有様だ」

 

 かなめは急いで結界を張り終えると、卜部をソファに座らせて、傷に包帯を巻き、温かいお茶を淹れた。

 

「あれは何だったんですか?」

 

「ブギーマンの一種だ。キャンディーマンとも言われてる。ハロウィンの夜に子ども攫う化け物だ」

 

「なんで子どもを攫う化け物がここに?」

 

「仮装のせいだ。仮装するのは子供の印だ。それを目印に奴らは来る」

 

 かなめはドキリとした。ということはアレはわたしが連れて来たことになる……

 

「ごめんなさい……じゃあ、アレはわたしが連れて来たんですよね……?」

 

「まあそうとも言えるが、俺と一緒にいなければ、大抵はこんなことにはならない……」

 

 聞き取れるギリギリの小さな声で、すまないと呟く卜部の表情に一瞬影がよぎったのをかなめは見逃さない。

 

「先生が謝ることないです! わたしは自分の意志でここにいるんですから!」

 

 しばらくの沈黙の後、卜部は小さな声で「ああ」と呟いた。

 

 部屋にはラジオの音が冷め冷めと響いていた。どこかで大規模な事故が起きてたくさんの被害者が出たらしい。


「供物」卜部がボソリと言う。


「え?」かなめが聞き返す。

 

「なんでもない。何か食うか?」


「はいっ!」


 こうして二人は、一晩中聞こえてくる不可解な物音や、遠くに響く大通りの喧騒をやり過ごすのだった。








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