元カノの飼っていた猫が死んだ

松川スズム

元カノの飼っていた猫が死んだ

 元カノから数年ぶりに連絡がきた。

 内容は、「飼っていた猫が天国に旅立った」というものだ。


 元カノとは、約五年間同棲していた。

 つまり、その期間元カノの猫とも一緒に暮らしていたわけである。

 当時は、毎日餌やりやトイレの掃除なども手伝っていて、それなりに面倒を見ていた。


 元カノは飼い猫を自分の娘のようにかわいがっていた。

 しかし、なぜか彼女は本当の飼い主である元カノよりも、私に懐いていたのである。

 そのことに嫉妬して、元カノがふてくされたこともたびたびあった。

 今思い出すと微笑ましい光景である。


 元カノと別れたあと、彼女との接点もなくなった。

 だけど、その時点ではそんなに気にしていなかったのである。

 確かに寂しくはあったが、元カノと別れた衝撃のほうが大きかったのだ。

 それに、自分の実家にも猫がいたので、彼女との別れでそこまで感傷的にはならなかった。


 そして、数年の歳月が経ち、彼女の死を元カノから伝えられたのだ。

 最初は、「そうか……」としか思わなかった。

 しかし、徐々に彼女と過ごした五年間の記憶がよみがえってきたのである。


 彼女と同棲し始めた頃は、かなり自分を警戒していたが、すぐに仲良くなれた。

 彼女は元野良の黒猫だ。

 だがしかし、その姿は凛としており、毛並みも驚くほど艶やかだった。

 撫でると喉をゴロゴロと鳴らしながら、気持ちよさそうに寝転がる。


 ネズミのおもちゃで一緒に遊んだときの、あの活発さは今でも覚えている。

 おやつが欲しいときに出るあの甘えた声。

 おやつを与えたときのあの必死な表情。

 かわいいを通り越して、もはやいとおしいと感じられた。


 私が仰向けやうつぶせで寝ていると、彼女はいつも私の身体の上に座り、喉をゴロゴロ鳴らす。

 彼女の温もりの感覚は、実家にいる猫とはまた違ったものだった。

 それらの記憶がよみがえったことで、自然と涙を流していたのである。

 悲しみの気持ちも一気に噴き出した。


 あの悲しみは、もしかしたら人生で味わった中で一番の悲しみだったかもしれない。

 悲しくて心にぽっかりと穴が空いてしまったような気持ちになった。


 私は身近な人の死というものを何度か経験している。

 祖父母が亡くなったときはかなりつらかった。 

 しかし、身近な人の死よりも、なぜか「元カノの猫の死」というもののほうが、私の心に重くのしかかってきたのである。

 

 祖父母とは仲が良かった。

 しかし、祖父母が重病にかかり、意識がほとんどないような状態を何年も見てきたせいなのか、亡くなってもあまり実感が湧かなかったのである。 

 「猫の死」というもののほうが、つらいと言い切れてしまうあたり、私は薄情なのかもしれない。

 私はかなり心がずれているのだろう。

 そんな自分を軽蔑する。


 それに加え、「悲しみの温度差」というものがさらに私を追い詰めた。

 勇気を出して、自分の家族にこのことを話してみたのである。

 しかし、家族は理解してくれなかった。

 なぜなら、私の家族は元カノのことを嫌っていたからだ。


「なんでそんなことで落ち込んでいるの?」


 とまで言われてしまったのである。

 だが、これは正直当然の反応だ。

 私の家族は元カノの猫を見たこともなかったから、そのような反応をしたのである。


 それがきっかけで、私はさらに悲しくなった。

 一時期悲しみのあまりに、食事が喉を通らなくなり、体重が減ったこともあったのである。

 あのときはつらかった。

 

 現在、調子は戻って普通に生活はできている。

 彼女の死をなんとか受け入れることができたのだ。


「今までありがとう。きみと暮らした日々は忘れないよ」


 という言葉を、彼女に伝えてほしいと元カノにも連絡をした。


 しかし、ちょっとした懸念がある。

 それは、「果たして、今一緒に暮らしている猫が死んでしまったら私は耐えられるのか」という問題だ。


 ……いや、この話を考えるのはやめておこう。

 そんなことを気にしていたら、キリがないし、無駄に落ち込むだけだ。


 今は毎日彼といる時間を大切にしよう。

 そして、感謝の気持ちを持って最期まで面倒を見る。

 それが、今の私ができることだ。

 

 このことに気づかせてくれた彼女に、もう一度感謝の言葉を送ろう。


「今までありがとう。きみと一緒に過ごした五年間はすごく楽しかったよ。本当にありがとう」

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