Re:10/31

はるより

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 本日は10月31日。アーセルトレイの世の中はハロウィンムード一色である。

 時刻は夕暮れ。大学の講義が終わり、帰宅した時のこと。

 正義は自宅の扉をそっと開けて中に入ると、音を立てぬようにそっと閉じた。

 リビングの入り口からそっと覗き込み、キッチンで鼻歌を歌う奏多の姿を捉える。

 彼女はエプロン姿で何か作業をしているらしい。

 ともかく、血まみれのペイントをしている風でも衣装を纏っている訳でもなく、仮装をしている様子はない。


 正義はそれを見て意気揚々と鞄を漁ると、中から某混沌とした雑貨屋で購入したオオカミ男のお面を取り出す。

 それを装着すると、律儀に洗面台で手を洗ってからキッチンへと向かった。


「奏多!トリック・オア・トリート!」

「おかえりジャス君。ちょうど良かった!どうぞ、出来立てのお菓子トリートです」

「え……あ、うん。ありがとう」

「うん?」


 背後から現れた正義を笑顔で迎え、ミトンを嵌めた手でオーブンから取り出した天板を差し出した。

 天板に敷かれたクッキングシートには、お化けや黒猫など、様々な可愛らしいモチーフを模ったクッキーが並んでいる。

 香ばしく甘い香りが漂い、小腹がすいた正義にはとても魅力的だった。

 ……はずだが。

 どことなく、お面の向こうできょとんとした風な彼の反応に、奏多は首を傾げた。


 正義はというと、『お菓子をくれないとイタズラするぞ』と語りかけた結果、お菓子を差し出されてしまったのだから、受け取るのが道理だろうと考えて……食器棚から取り出した広めの皿に、まだ熱いクッキーをトングで移してゆく。


 そのまま、お互い無言の時間が数分間流れた。

 やがて天板の上からクッキーが取り除かれ、奏多はそれをシンクに置くと、正義はクッキーが山と盛られた皿を持ってリビングに向かった。

 釈然としない表情で奏多は、紅茶のポットとカップを用意すると、彼を追ってリビングに向かう。


 正義は何を思案しているのか、お面をつけたまま、腕組みをしてソファに座っていた。

 奏多は運んできたティーセットをローテーブルの上に置くと、正義の隣に腰掛ける。


「……クッキー、気に入らなかった?」

「そんな訳ない!例え天地がひっくり返っても、僕が奏多に貰った物を喜ばない筈があるもんか!」

「うーん、熱烈さはいつも通りかぁ」


 息も吐かぬ内に返ってきた正義の言葉に、奏多はまた首を傾げた。

 贈り物が良くなかったという線は消えたので、一安心した彼女は茶葉の踊るティーポットを手に取り、紅茶をカップに注いだ。

 こぽこぽという小さな音と共に湯気が立ち、濃い赤色の液体が、可愛らしい猫が描かれたカップを満たす。


「あっ」

「どうかした?」


 奏多は、二人分の紅茶を淹れ終えた時に声を漏らした。

 それから、隣の正義の顔を見上げる。


「もしかして……イタズラしたかった、とか?」


 図星だったか、返事を寄越さない正義。

 可笑しくなった奏多は、くすくすと笑う。


「笑わないでよ……」

「ごめんごめん。でも、ジャス君でもそんな事を思うんだなって」


 奏多はそう言って、正義の顔を隠すお面をそっと取り上げた。

 明るみに出た正義の顔は、少しむくれたような表情を浮かべている。


 昔に比べると随分大人になったような気もする彼だが、少年じみた所は相変わらずである。

 結局自分はこういう所に弱いんだなと思いながら、奏多は上機嫌で少し高い所にある頭を撫でた。


「去年は奏多にやられっぱなしだったから……今年は仕返ししてやろうと思ってたんだ。」

「去年?って、あー……。」


 正義の言葉に、奏多は一年前の己の所業を思い出し、急に気恥ずかしくなってくる。

 あれはなんと言うか、出来心というか。

 今となっては随分大胆なことをしたものだと、奏多は顔を赤くした。


「あれに仕返しって……何するつもりだったの?」


 奏多は少しどきどきとしながら、そう訊いてみる。


「えっとね……」


 正義は通学リュックの中を漁る。

 それを固唾を飲んで見守る奏多の前に現れたのは、よくあるパーティーグッズの『ぐるぐるメガネ』と『はげかつら』だった。


「これを着けてもらおうと思ってた!勿論、奏多一人にさせるのは申し訳ないから、僕も一緒に着けて記念写真を……」

「……クッキー作ってて良かった。」


 別に何かを期待していた訳ではないのだが、少し冷めた表情で奏多はそう呟いた。

 それに対し、正義は口をへの字に曲げている。


「さ、食べよ?焼きたてが一番美味しいんだから」

「うん!頂きます!」


 奏多がそう促すと、正義はコロリと表情を変えて、嬉しそうにクッキーを口に放り込んだ。

 それを見た奏多は微笑んで、自らもハート型のココアクッキーを一つ手に取る。


 齧ると口に広がる、優しい甘さとココアの風味。

 笑顔になる魔法が掛かっているみたいだと、奏多はどこか夢見がちな事を思った。


Happy Halloween!

 この日を愛する人にとって、今日が素敵な一日になりますように。

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