第13話

「誰……ですか」

「ただの冒険者さ。それにしても女神様がこんなところに一人、危険じゃないか?」


 ヘラヘラとした表情で近付いてくるバンダナをした男。


 マナは自然と、この男が危険な存在であると察した。


 それと同時に


「あ」


 まるで呪われたかのように、足が震え出すのであった。


「とりあえず保護するか。安心してくれ。しっかりと教会まで連れて行くからさ」

「だ、大丈夫です。一人で帰れますから」


 ジリジリと近付く男に対し、なんとか恐怖を跳ね除け後退りをするマナ。


 だが徐々に、徐々にその差は縮んでいく。


「護衛はいないのか?」


 キョロキョロと周囲を観察する男。


 その不自然さを感じ取ったマナは、一か八かの賭けに出る。


「今は、いませんよ」


 そして視線を一瞬、右の方へと向けた。


「ふ〜ん」


 そう言って男はピタリと足を止める。


 それと同時にマナは悟った。


(この人、私がハルトさんと一緒だったことを知ってる)


 となれば、偶然ここに来た線は薄い。


 待ち伏せされていたのだ。


「そうか、今はいないのか」


 バンダナの男はオウム返しをすると同時に、背中に隠した手で合図を送る。


(何かが動いた?)


 マナがそう思うと同時に、右の影から数人の男たちが姿を現す。


 首を横に振り、そこに何もいないことをバンダナの男へと伝えた。


「ブラフか……。女神様にしては随分姑息な手を使うもんだ」

「よ、よく分かりません。私は正直に答えただけですよ」

「ふむふむそうか」


 バンダナの男は何か考えた後


「うん、もういいや」


 そう言って、踵で地面を二度叩く。


 それを合図に、ゾロゾロと入り口を塞ぐように人が現れた。


「ま、察せられた時点で隠密は意味をなさないしね」

「……何が目的ですか」

「えっと」


 バンダナの男は困った様子で


「それって今関係あるか?」


 そう答えた。


(逃げなきゃ)


 そう考えるも、足は動かない。


 恐怖で体が完全に硬直してしまっているのだ。


「昔のトラウマでも思い出したのか?」


 男がそう言うと同時に、大量の人影がマナに向かって走り出す。


「ま、そりゃそうか。女神だなんだと言われようと中身はただの餓鬼。はぁ、そのせいで計画が頓挫しちまったんだけどな」


 ブツブツと喋る男の声をマナが聞くことはなかった。


 ただし、違う音は聞き取ることが出来た。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

「ひ!!」

「おい、この声まさか!!」


 いつまで経っても消えない雄叫び。


 ただでさえ目の前には今にも自身を襲おうとする人物で溢れかえっているにも関わらず、背後から更に恐ろしい化け物の声が聞こえたのだ。


「チッ!!お前ら早くしろ!!化け物が目覚めやがった!!」


 男にもまた動揺が走る。


 恐怖により完全に腰が抜けた少女を捕らえ、逃げなければ。


 そんな焦燥感が男を駆り立てる。


 だがそれ以上に、男の目を疑う出来事が起きる。


「現れやがったかサイクロプス。前は冒険者共を片付ける為に利用したが、敵に回ると厄介……だ……は?」


 何度か目を擦る。


「は?」


 そして信じられない光景を目にする。


「おい……おいおいおい嘘だろ!!」


 5、10……いや、それどころじゃない。


「ふざけるな!!一体どうなってやがる!!」


 同じ光景を見た同業者達は、マナの捕縛など忘れたかのように一心不乱に逃げ出す。


 それも仕方がないだろう。


 何故ならば


「お!!マナ!!こんなところにいたのか」


 笑いながら数十を超えるサイクロプスを引き連れた


「そんなところで座ってら死んじゃうぞー」


 化け物がそこにはいたのだから。



 ◇◆◇◆



「な、ななななにが起きてるんですか!!」


 最早完全に腰の抜けたマナ。


 ハルトもさすがにそれくらいは察し、すぐさま腰と足に手を当て、抱きかかえる。


「何って、さっきのスライムいたじゃん?あいつ倒したらなんか出た」

「なんか出たじゃないですよ!!」

「いや出たもんは仕方ないじゃん。てか、さっきの人ら誰?知り合い?」

「知り合いといいますか……知りたくなかったと言いますか……」


 先程、マナの耳にした言葉。


『前は冒険者共を片付ける為に利用したが』


 あの言葉から、もしやという可能性が浮上する。


「やっぱり……私のせいだったんですね」

「?」

「すみません、皆さん。私と関わらなければあんなことに……」


 手を重ね、懺悔をする。


「……ふむ、よく分からんが」


 ハルトは考える。


 目の前に悲しむ女の子。


 そしておそらくその原因であろう逃げ惑う集団。


 となると答えは


「あいつら倒せばいいのか?」

「……え?」

「事情は知らん。というか意味がない。俺はただの戦闘マシン。敵を斬るだけの、悲しきモンスターだ」

「は、はぁ」

「だからもう一度聞こう」


 ハルトは淡々と


「あいつらを倒したいか?」

「……あれは私が」

「そんなことは聞いてない」


 バッサリと切り捨てる。


「お前が悪いとか、何が正解かなんて知ったこっちゃない。俺が聞きたいことは一つだ。最後にもう一度だけ聞く」

「……」

「あいつらを倒したいか」


 その瞬間、マナは初めて気付いた。


 自身が欲していたもの。


 それは慰めでも罰なんかでもないのだと。


 そう、もう二度と


「……はい」


 あの日を繰り返さないだけの


「彼らを」


 力が欲しいのだと


「奴らを倒したいです!!」


 その言葉と共に


「よく言った」


 ハルトは笑った。


「それでこそ男だ!!」

「女ですが!?」



 ◇◆◇◆



 朗報


 敵だ


「おいおい知ってるか!!女の子の前に立つ集団ってのは基本敵って法則をよ!!」


 俺は剣を抜こうとするが、いつの間にか消えていた。


 何故だ?


 一体何が起きたのかさっぱりだぜ。


 まぁいい。


「縛りプレイも楽しいからな!!」


 俺は一番遅れている奴の元まで一気に加速する。


 そして


「ほい」

「グハっ!!」


 軽く足を蹴ってやれば、簡単に転んだ。


 ふむ、今の感じコイツら雑魚だな。


 まぁマナみたいな弱そうな相手にこんだけ集団で来るような奴らだ。


 強い方がむしろ驚きだな。


「さて、転んだ奴から死んじゃうデスゲーム行きますか」


 後ろを見ると、先程倒れた男がサイクロプスに殴られ絶命していた。


 もし仮に、コイツらでなくマナが悪い側だった場合取り返しつかんなこりゃ。


 でも、状況的にどう考えてもコイツらアウトよりな臭いがするんだよな。


 ダンジョンっていう何が起きても合法な空間でマナに襲いかかろうとしていた。


 この時点でかなり黒いのに、あって間もないが心優しいはずのマナが死んでいく相手をジッと見つめている。


 その覚悟を決めた目を、俺は信じてみたいと思った。


「まだまだ行くぞ、マナ」

「……はい!!それと……すみません。こんな私情に巻き込んでしまって」


 マナは申し訳なさそうにそう言う。


 その言葉に、俺はつい笑ってしまった。


「な、なんで笑うんですか!!」

「いや悪い悪い。あんまりにも可笑しくってな」


 本当におかしな話だ。


 だって


「最初に巻き込んだのは俺だ。それに、俺はマナに恩があるからな」

「恩……ですか?」

「ああ」


 これはあくまで推測だが


「俺が死んだら悪魔、倒せるんだろ?」

「……はい」


 お、当たった。


 でもやっぱそうか。


 となると……いや、これはまだいいか。


 どちらにせよ今は


「だから俺は勝手ながら恩を感じてたりするし、それに悪魔の件も助けてもらう気満々だ。勝手に恩を感じてるから助ける。それじゃあダメか?」

「どう……なんでしょう。私には分かりません」

「そうか。ならもっとシンプルな答えをくれてやろう」


 道行く悪党共を蹴散らし高らかに叫ぶ。


「俺はただ、敵をぶっ倒したいだけなんだぜおらぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

「台無しですね……」


 とか言いつつ


「でも、そうですね」


 彼女は明るい瞳で前を向く。


「そっちの方が案外、楽そうです」


 するとさすがにコチラの動きに気付き、反撃する奴らが現れる。


 躱しつつ接近するも、避けきれず風魔法を足に食らう。


「お、腱切れた。ヤベェかも」


 そのまま電池が切れたかにように動かなくなる足だったが、数秒もしない内に


「お?」

「治しました。軽傷だったようです」

「……そか。サンキュー」


 なるほど、これがあいつらがマナを狙う理由かと納得する。


 さっきまでは悪魔に気付く力の方と思っていたが、この感じ魔法の方だな。


 擦り傷程度ならレイラとかも一瞬で治せるが、これだけの傷を瞬時に治すなんて例えゲーム世界だろうと普通じゃない。


 この力があれば、一攫千金なんて余裕も余裕だろうな。


 だが、金なんて俺からしたらどうでもいいことだ。


 瞬時に傷を治すヒーラーがいる。


 ならば!!


「玉砕大歓迎ってやつか!!」


 急所以外への攻撃は全て無視。


 腕が折れようと、腹に穴が開こうと、とめどない血が流れようと


「関係なしだ!!」

「あなた本当に頭がおかしいんですね!!」


 壊れては治し、目の前の敵を倒す。


 壊して、治して、倒し続ける。


 何度かマナにも攻撃が当たっているはずなのに、彼女はうめき声は上げるも、やめようとは一度も言わなかった。


 その熱が、事情すら知らない俺すらも湧き上がらせる。


「あぁ……」


 いい。


 まさに今、俺は


「戦いの中に……生きている……」

「く、来るな化け物ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 叫ぶ男の頭を蹴り飛ばす。


 きっとコイツにも家族がいるのかもしれない。


 何か事情があるのかもしれない。


 救えない奴じゃないかもしれない。


 そんな思いを込め、蹴る。


「何なんだ……何なんだお前は!!」


 既に戦意を失ったそいつは尋ねる。


 だから俺は律儀に答えてやるのだ。


「ただの主人公様だ」


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ギャルゲーをダンジョン系RPGと勘違いした男の冒険譚 @NEET0Tk

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