エピソード2

「人助けをしましょう。そうしたら、神様があなたに祝福を授けてくれますよ」

「はい!!」


 その言葉を信じた少女は、まるで導かれるように善意を重ねていった。


「大丈夫ですか?どこかお辛いのですか?」

「ちょっとダンジョンでしくじっちまっただけだ。嬢ちゃんに心配かけさせる程じゃねーよ」

「……そうですか。ならせめて、お祈りだけでもさせて下さい」

「はは、そりゃいい。頼むぜ」


 少女は願う。


 どうか目の前で苦しむ人が少しでも楽になって欲しいと。


 すると


「おいおい、こりゃどういうことだ」

「これからも頑張って下さい」

「お、おう」


 そう言って去っていく少女と、かなり深かったはずの傷が治っている男。


「ありゃー女神様の生き写しだったんじゃねーか?」


 そんな噂がチラリと世間に広がり始めた。


「私が女神様の生まれ変わり……ですか?」

「あくまで噂ですよ。でも、マナみたいな可愛い子なら本当かもですね」

「えへへ、ですが女神様を名乗るなんて不敬、私には出来ません。せいぜい私には祈ることだけしか出来ないのですから」

「今日も外に?」

「はい。未熟者の私には、こうして努力する以外方法はありませんから」


 そう言って、少女は今日も走り出す。


「マナが未熟者なら、私達はどうなっちゃうんですか、全く」


 シスターは誰もいない部屋で静かに呟いた。



 ◇◆◇◆



 日々奮闘する少女の活躍は徐々に、だが確実に人々の間で伝播する。


「お!!今日も女神様が走ってやがる」

「あ、こんにちはです。それと私は女神様ではなく見習いシスターですよ」

「アッハッハ、そういうことにしといてやるよ」

「本当ですから!!」


 女神と称してはいるが、そんな冗談を言い合えるくらい少女と人々との仲は良好であった。


 そう、であったのだ。


「今日もダンジョンですか?」

「ああ。なんだ?女神様も来てみるか?」

「い、いいんですか?」

「おうとも。安心しろ、俺達が守ってやるから」

「はい!!」


 例え少女が致命傷すら治せる魔法の使い手だとしても、例え少女が悪魔すらも脅かす存在だったとしても、少女は間違いなく少女であった。


「おい、なんか変じゃねーか」

「こんなに進んでモンスター一匹出ない……か。異常だな」


 ダンジョンに入った人々はその異変さに気付く。


「どうかしたのですか?」


 しかし、少女にはそれを知る由はない。


「……いや、気のせいだろ」

「おいおい冒険者の鉄則を忘れたのか。嫌な予感がしたらなりふり構わず逃げろ。それを守れねーでどうすんだ」

「だが女神様の初ダンジョンだぜ?このままってわけにもいかねーだろ」


 ダンジョンの中で議論し合う冒険者一向。


 それは慣れ故の怠慢か、もしくは今まで助けてくれたマナへのお礼かは定かではない。


 ただ一つだけ言えることは


「み、皆さん。何か来てます」

「何かって……ハハ、やっちまったなこりゃ」


 暗闇の奥から近付いてくる巨大な影。


 高まる緊張と共に、一つの目玉がギョロリとこちらを覗き込む。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」

「サイクロプスだ!!逃げるぞ!!」

「女神様失礼」


 呆然と立つ少女を一人が抱え、一斉に走り出す。


「ウッヒョー、死んだかこれは」

「縁起でもないこと言うなよ」

「お前らの無駄口のせいで女神様ビビってんじゃねーか。安心してくれ、そう簡単に死ぬことはねぇから」


 そう言いつつも、少女は悟った。


 皆の顔に浮かぶ苦渋、それは今がどれだけ言える危機的状況なのかを。


「速いな」

「このままだと間違いなく追いつかれる」

「いちいち面倒な奴らだな。囮が必要って素直に言えよ」


 その言葉に少女の意識は覚醒する。


「ダ、ダメですよ!!みんなで生き残るんです!!」

「カー!!こりゃ一本取られたぜ」

「その通りだな」

「よしお前ら、全員生きて帰れってよ」


 全員が笑い出す。


 その様子が少女にとっては不思議で仕方がなかったが、それと同時に安心感を覚えた。


「皆さんなら大丈夫ですよね」

「「「おうよ!!」」」


 その言葉と同時に、冒険者は合図も無しに少女に向かって魔法を構える。


「え?」


 そんな言葉と共に、少女の意識は途絶えた。


 最後に彼女が見た光景は


「武勇伝は頼んだぜ!!」

「墓には酒をありったけぶっかけろよ!!」


 そう言って残っていく冒険者の姿であった。



 ◇◆◇◆



 目が覚めると、そこはいつも過ごしている教会であった。


 あれは夢だったのだろうか?


 そんな淡い期待が少女の脳裏を巡った。


「起きましたかマナ。どこか痛む場所などは」

「皆さんは……どこですか」

「……」

「会わせて下さい。怪我をしているなら私が治します。治してみせます!!ですので何処にいるのか」

「落ち着いて」


 起き上がろうとした少女をシスターはソッとベットに戻す。


「今、戻られた冒険者の方と一緒にダンジョンを調査中だそうです。発見されらサイクロプスは無事に倒されました。ですが、行方不明の彼らの捜索は今も続いています。私達に出来ることは、祈るだけなのです」

「祈……る」

「はい」

「そうしたら……皆さんは……戻ってきますか?」

「……」


 シスターは押し黙る。


「わ、私が未熟だからですか?もっと人を助けたなら神様が助けて下さいますか?私が」

「マナ」

「私……が……」

「待ちましょう」

「私……が……私の……せいで……」


 少女は泣いた。


 泣いて泣いて泣いて


 遂に涙が止まった頃には、彼女は以前の彼女とは少し違っていた。


「今日も外には?」

「はい。未熟者の私には、こうして努力する以外方法はありませんから」


 そう言って少女は机の上に向かって視線を戻す。


 あの日以降、彼女が外に出ることは早々無くなってしまった。


 用事がある時ならまだしも、以前のように元気に走り回り、人々と触れ合うことは無くなってしまったのだ。


「あ、そういえばマナ。冒険者さんが今日も来てくれましたよ」

「……そうですか」

「はい。一度会ってはどうです?」

「……いえ、そこまで厚顔無恥になった覚えはありません。元気ですとだけ、お伝え下さい」

「……分かりました。ではその前に伝言を」


 シスターは優しげに微笑み


「俺達はいつでも女神様が来るのを待ってるぜ」

「…………」

「では行ってきますね」

「お願い……します」


 シスターが部屋から去った後


「私は……私は……」


 少女は今日もまた、祈り続けるのだった。



 ◇◆◇◆



「学園ですか?」

「マナは成績優秀ですので、後学の為にも良いのでは?」


 ある日、シスターに学園に通うことを勧められる。


 だがその顔は浮かないものであった。


「一応ですが、それなりに魔法も使えますし勉強でも躓くことはありません。戦うならまだしも、シスターの私が学園に通う必要はあるのでしょうか?」

「正論過ぎて耳が痛いです」


 ちょっと困った顔で微笑むシスター。


 その表情から学園に通う理由をなんとなく察した少女は、静かに心を曇らせる。


「いつも心配して下さりありがとうございます。ですが私は大丈夫ですよ」

「大丈夫じゃない人はいつでもそう言うんですよ」

「え、あの」

「行ってくれませんか?」

「ですから私は」

「行ってくれませんか??」

「えっと……その……」

「行ってくれますよね???」

「あ、はい」


 こうして少女は学園に通うことになった。


 直ぐに話題は駆け回った。


 あの水の女神が学園に通う。


 しかもアルカード王子と同じタイミングともなれば、その話題が学園が始まるまで尽きることはなかった。


(まさか同じクラスにアルカード様やかの有名なエリ様がいるなんて……しかも)


 少女はどこか緊張を抱きつつも、いつも通り、何事もなく過ごそうと心に決めた。


 しかし


「やぁこんにちは。どこか調子が悪そうだけど大丈夫かい?」

「へ?」


 声を掛けてきたのは金髪のイケメン。


 そう、アルカード王子その人であった。


「い、いえ!!大丈夫です!!アルカード王子に手を煩わせる程ではありません!!」

「ん?そうか?元気が無さそうに見えたが……気のせいならそれでいいんだ」


 そう言って爽やかな笑顔で別の女性へと声を掛ける。


 その相手もまた、どこか少女と似たような雰囲気を醸し出していた。


「良い人……なんでしょうね」


 そんな小さな気持ちは、後に大きく彼女の人生を変えることになる。



 ◇◆◇◆



 その日はなんとかつつがなく学園が終わった。


 もしあの時アルカードに話かけられていなければ、少女は体調不良を理由に医務室に向かっていただろう。


 だがそんな結果にはならずに済んだ。


 それが良いか悪いかは別として


「意外と学園も悪くないかもですね」


 久しぶりに感じた人との触れ合い。


 あの日のトラウマがどこか緩和された気がしたことに、少女は安堵する。


 そして


「よぉ嬢ちゃん」


 事件は起きた。


「冒険者……さん?」


 初めて少女を女神と呼び、そして彼女と共にダンジョンから逃げ切った唯一の生き残り。


 そんな彼が話掛けてきたのだ。


「ダンジョンに行かねぇか?」


 話掛けてきたのだ。


「お、お久しぶりです。それよりダンジョンというのは?」

「ん?ん?あぁ、ダンジョン行こうぜ。ダンジョンはいいぜぇ」

「冒険者さん?」


 明らかな挙動不審。


 普通じゃない状況に、少女は警戒する。


「すみません。一度教会に来て下さいませんか?」

「うーん?うん、いいぜ。ダンジョンに行ったらな」

「いえ、ダメです。その前に」

「あ?」

「ひっ!!」


 前は安心感を覚えていた彼が、今ではむしろ恐怖のみを少女に与えていた。


 それはまるで、あの日現れたモンスターかのようで


「なぁ嬢ちゃん頼むよ。ダンジョンの入り口に来るだけでいいんだ。な?」

「……」


 迷う。


 周囲を見渡す限り、不自然に人がいない。


 無理矢理連れて行くという選択は不可能だ。


 相手は歴戦の冒険者であり、自身はただの見習いシスター。


 その戦闘力には雲泥の差がある。


 では応援を呼びに行った場合、果たしてもう一度目の前にいる人物に会うことが出来るのか。


 少女はなんとなくだが、それは二度と叶わないということが分かった。


 理由は説明出来ない。


 だが、そうなのだ。


「分かりました。ダンジョンまで行けば、教会に来て下さるのですね?」

「おうとも!!」


 罠、そう考える他ない。


 でも、少女は思ってしまった。


 あの優しかった冒険者が、自分を守ってくれたこの人が、裏切るはずはないと。


 そうしてダンジョンへと向かった二人。


「あの……そろそろ着きますよ」

「そろそろだぁ」

「どうしてダンジョンに来たのか理由をお聞かせください」

「理由?理由……んなもん決まってるだろ」


 冒険者はニッと笑い


「あれを貰うために決まってんだろ!!」

「ほれわんちゃん、その欲しいものはここだ」

「あぁ!!やっとか!!」


 茂みから現れた黒いバンダナを付けた男の方に冒険者は走り出す。


 そして何かを手に取ると、勢いよくそれを


「……麻薬ですか」

「一応合法だぜ。多少中身を弄ってはいるが、教会に行けば一発で治るぜ。ま、治す気があるかは別だけどな」


 ニヤニヤと笑う男に対し、少女は逃げの一手を選ぼうとするも


「無駄だ。罠にかかったくらいわかんだろ?」

「……こんなことをして、ただで済むと?」

「思うんだなぁそれが。何故ならあんたは今日、行方不明になるんだ。ダンジョンに挑み、モンスターによって行方不明にな」

「!!!!」


 少女の脳裏に加速度的に流れる過去の映像。


 そして導き出されるもしもの可能性。


「まさか!!」

「いやぁ失敗失敗。前回は冒険者が思ってた以上に優秀でな。それに女神様は教会から出なくなるしで、ここまで苦労したんだぜ」

「あなた達の……あなた達のせいで!!」


 マナは走り出す。


 だが拳は空を切り、そしてその美しい髪を無造作に掴まれる。


「ッ!!」

「あぁ、遂にだ。遂に女神様をこの手にできた。これで金はもちろん、毎日飽きない生活の始まりだ」


 醜悪塗まみれる笑い声が響く。


 その瞬間、少女は悟った。


 もう逃げられないのだと。


 もうおしまいなのだと。


 頼みの綱である冒険者も今は既に……


「あぁ……」


 少女は思う。


 どこで間違えたのかと。


 努力が足りなかったのか?


 祈りが足りなかった?


 ダンジョンに向かわなければよかった?


 それとも魔法を使えることがバレなければ?


 それとも人を、助けていなければ……


 そんな疑問や思いが入り混じる。


 どうしようもない絶望が胸を締め上げる。


 そしてまた、あの日のように泣いた。


「まさか、水の女神の涙が見れるなんて、こりゃ縁起がいいな」


 もう枯れたと思っていた涙が溢れ出した。


 だからだろうか。


 あの日誰にも言えなかった小さな声が、溢れ出た。


「誰か……助けて」


 そして


「ああ、分かった」


 金色の髪を持った青年が、現れた。

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