第2話 秋の章

「ここ」のアシナ原(ぬめりを含むアシナ草で覆われた草原。30平方メートル程度)を滑るように走る落人(地球からきた人間。まれに「ここ」へと現れる事がある。原則として殺されるが、女性の場合はアシギに成りすます事も可能。)がいた。

空腹のあまり周囲の生物を貪り食う落人の姿をみて(アシギは点滴により栄養を含む為歯が無い)アシギは30の班を用いて落人を2日のあまり探していた。

落人は走りながら地上に生えたアシナ草を口に入れたが、ぬめりと味(食感も味わいを例えるなら一ヶ月放置した三角コーナーに似ている)から吐き出し、なおも走り続けた。

身体中からは汗が噴き出ていた(かなり高い気温だがアシギは汗、尿などの排泄物を全てクイに消化させ、熱を吸収させている)。額の汗を拭うと、遥か向こうからアシギの声が聞こえた。

それまでよりさらに早く走ろうと動き出した瞬間、傾斜に気づいた。

アシナ草の出すぬめりも相まって、落人は数メートルを転がりに転がった。

顔面を覆うぬめりを拭き取り、見回すと、

そこは闇の中だった。

瞬きして見回す。周囲には光を遮るようなものは何もなかった。だが自分の少し周りには闇が広がっていた。

ちょっと手を出すと、光に当たる。

夜に光る街灯が、逆になったようだ。

落人は、闇の中が心地よく感じた。

「ここ」に来てからというものの、夜というものがなかった。光と熱が延々に照らされることは落人にとっては拷問のようだった。

闇の中では光も熱もなく、すっきりと涼しかった。

何が何だか分からないが、少し休憩して行ってもいいだろう。アシギの連中の出す声も遠くなった気がする。

そう思った後、落人はものすごいスピードの秋の代行者に吹き飛ばされ、肉塊となった。


キシドニウリは飛び交うパイオギ音(口笛を鳴らすことで取る伝達手段。二十四代統率班長パイオギが発明し、非常時の時のみ使われる)の中で目を覚ました。

筋肉痛から考えるに昨日のアマシャラ(くすぐったい感覚の触楽)パーティーの疲れは抜けていないようだ。そっと聖母貝から降りて、異変に気づく。

死にぞこないのアシギがいない。

「おーい、どこにいった?」

他の貝の蓋を開けるが、いないようだった。

キシドニウリはおでこを人差し指でたたく(拒絶・思考に関するポーズ)と、蛹家の壁を割いて代日兵(時期によって兵の役割を与えられたアシギ。特徴として目の部分にクイを巻きつけているが、視線によって行動、心理を読みとられるのを防ぐ為である)が現れた。兵らしくクイの素材もタイトだ。

「澱みなく流れん事を」

「何の騒ぎだ?パイオギが五月蝿くておちおち眠れない」

「落人が迷い込んだ。何をするか分からない」

「落人は自分から熱と光のない場所へ行くってな。ほっといてやれよ」

「あなたも探さなくてはならない」

「ごめんだね」

「あなたは優秀な交渉人だろう?」

「落人は代行者じゃない。それに人を探してるんでね」

代日兵が言い返そうとしたところを、パイオギ音が聞こえた。

高音で3回。「集合」の合図だ。

「ほら行こう」代日兵はアシギの腕を取り走り出す。

キシドニウリはかぶりをふる。「待ちなよ」

代日兵が振り返ると既にキシドニウリはダグチョグ・らくだのまつ毛号に乗り込んでいた。

「もっと速く着く」


パクフルー(最大でも80cmに満たない木。枯れると香辛料に似た匂いを放つ)林を進むとアシナ原が見えてきた。パイオギ音が鳴り響く中をキシドニウリと代日兵はダグチョグに乗り進んでいた。

こんな湿地帯もものともせず進むダグチョグに代日兵は感心しながら前を見据える。パイオギ音はどんどん近づいていく。

「さっき人を探しているといったが、誰の事だ?」

「連れさ。」

「どこの班にいるんだ?名は?」

「自分の名前も名乗らずにかい」

代日兵はむっとしながら、

「アリマ」とそっけなく言った。

「名前はついてない」

「ついてないだって?」

「死に損ないなんだ」

アリマは呆れたような顔を浮かべる

「そんな草織らず(ことわざ。チギリマをうまく織れないことから役に立たない人物の意)と連れ立ってるのか?」

「似たようなもんさ。」

ダグチョグは人だかりの中にたどり着いた。


死に損ないのアシギは発泡ガス(さわやかな味のついたパチパチとはじけるガス。嗜好品として用いられる)を吸った後、何回かプッシュして空なことに気づき、ポイ捨てした。

さて、どこに行くか。

まったく当てがなかった。

また「そっち」に行こうか。

それ以外道はないように思えた。

だがそこに行く方法も分からない。先が思いやられる。道路にへたり込んだ。

腰に何か当たる。

鳴門蟹(蟹と言う名前だがロブスターに似た生物。体長40cmほど。全身に渦が巻いている。)だった。目を充血させ、威嚇している。

「そんな事しないでいいよ」

鳴門虫を一撫ですると、落ち着いたようだった。

鳴門虫は死に損ないのアシギのクイにしがみつくと、左右の鋏でしっかりしがみついた。傷がついたせいで触楽はメサボルン(吸い付くような触楽)を奏でた。

「ついてきな」

死に損ないのアシギの声は低く、陽震音(人工太陽から出るノイズ)のようだった。


「ひでぇな」

代日兵アリマは落人の腐りかけた肉塊を見ていった。

「あんたらにとっちゃ万々歳だろ。逃げられたら事だ。」

キシドニウリはいかにもだるそうにダグチョグの台座に座り込んで言った。

「こいつをこんな目に合わせた犯人を探さないといけないだろ。あんたの連れのの死に損ないかもしれん」

キシドニウリは面倒臭そうな顔をしていた。

「どいつがやったかはもう分かってるよ。探すのは骨が折れるがね」


死に損ないのアシギは倒れこんでいた。

長い間歩くと疲れてしまうのだ。

鳴門蟹は鋏でむりやり引っ張っていた。

まぶしい。あつい。

熱と陽の当たる場所は、死に損ないのアシギに取って疲れるところでしかなかった。

キシドニウリと名乗る奴は、中々楽しかったが。だが。

行かなければ行けなかった。

行く場所がどこかも分からないが。

鳴門蟹は当てもなくえっちらおっちらアシギを運んでいた。


高音で3回。

キシドニウリとアリマは道端の肉塊を眺めた。

「いよいよ一般のアシギにまで手を出しやがったか」

アシギ達は肉塊の周囲に立ち、悲しみを感受しあっていた。

「犯人の目的がまったく見えんな」

アリマは苛立ちながら発泡ガスを吸い込んだ。

「目的なんてなく、悪戯に脅威を振るう。それが季節だよ」

キシドニウリはつぶやく。

「季節?」

「そろそろパクフルーの花が咲くかもな。クイを強く巻きつけなければ。(冗談の一種。アシギの間のジョークでは、かけ離れた文章を続けて言い、そのギャップがあるほど可笑しいとされる)」

「上手く誤魔化しやがって」


「ほら、今年も整備しといたよ」

軍備倉庫の番をしている中年のアシギは

80cmほどの大きさの太い筒状兵器を差し出した。

キシドニウリは片手でそれを担ぐ。

「弾丸はいつもの倍にしてくれ。被害が出てる」

「あいよぉ」

アミヤは珍しそうに、棚にある兵器を眺めていた。

「溶肉銃(タンパク質分解剤放出装置)、昏倒ネックレス(大きめのビーズのネックレス。逆さに締め上げることで失神させる暗殺兵器)盾針(剣山のついた腕輪。防具用)…。数年前の兵器のコレクションだな」

「その辺のは現役だよ」

中年のアシギが呟く。

「さて」

キシドニウリは椅子に腰掛け、目を瞑り、クイを解き始めた。クイは糸状になり地を張っていく。キシドニウリの筋肉質な体が露わになる。

「おい!?」アミヤが驚きの声を上げる。

「クイは解けばここを10周するほどの長さになる。はぐれたアシギを探してんだろ」

「それより犯人を探してくれよ…」


死に損ないのアシギはへたり込んでいた。

死に損ないであることを知ったアシギによって暴力を振るわれた。溶液もほとんど取っていなかった。

クイによってかろうじて傷口は塞がれていたものの、体力的に限界が近づいていた。

それ以上に気が重いのは、どこに行けばいいか分からないことだった。

「ここ」にはいたくない。「あっち」への戻り方は分からない。

不安な感情だけが胸を締め付けた。

鳴門蟹は困惑してアシギの周りを行ったり来たりしていた。

アシギはひょいとかつぎ、抱きしめた。

鳴門蟹ごしに、闇が見えた。

奇妙なことに、人工太陽の照らす中に球体の闇が浮かんでいた。

アシギは少しの間ぽかんとしていたが、最後の気力を振り絞り、その闇へと近づいた。

闇の中は光を遮って肌寒く、湿り気があった。

アシギは満ち足りた気分を感じた。

できることならいつまでもここにいたかった。

鳴門蟹は一層あわてていたが(鳴門蟹は走光性があった)、アシギは鳴門蟹の青色の甲羅を撫でてやった。

アシギがへたり込むと、だんだんと夜目が効くようになっていった。

最初に見えたのは嘴(くちばし)だった。

黒いくちばし、鋭い眼光、丸い体、太い脚。

自分の姿より大きな鳥を見たのは初めてだった。

それは6メートルほどに大きく翼を広げ、前屈みになった。

こっちへ来る。

アシギがそう思ったその時、アシギの体は宙に浮いた。

秋の代行者が高速で走ろうとするのと交差するように、キシドニウリの乗ったダグチョグがアシギを乗せ、走り去った。


アシギを腕に抱えたアミヤもダグチョグの荷台で振り落とされそうになっていた。

「なんだよあの鳥!」

「秋の代行者、ゲルダ。飛べない鳥でね。いつもはあっちをうろちょろ走り回ってるんだが、たまにここへ迷い込む。そのせいで激突する事故がたまに起きるってわけ」

「あの暗闇は?」

「ゲルダが走った後はあのフェロモンを落として行く。次の季節もそれを頼りに来るってわけさ」

ダグチョグに向かって、ゲルダは砂埃を上げながら追いかけてきた。

「つまり、こうしてやる」

キシドニウリは片手で銃を取り出し、宙へ放つ。銃からは黒いパウダーが放たれ、空中に漂った。ゲルダはそこへと突進していく。

数発撃つごとにゲルダはスピードを上げる。

「飛ばすぞ、つかまっときな」

ダグチョグのキャタピラはさらに高速回転を始めた。

「どこに行く気だよ」アミヤが訊ねる。

「ここらじゃ街中でアシギを巻き込んじまう。あっちへ行く」

「あっち!?あっちって熱と陽の当たらない場所か!?」

「他にあるか?」

「やめろ!降ろせ!」

「降りたきゃ降りていいんだぞ」

「その気があるなら止めろ!!」

アシギは片手で銃を放ちながら、カーブの多い街並みをフルスピードで走り去った。


あっちに入ると、ゲルダは群れと合流した。

アミヤは不気味がって荷台から降りようとしなかった。

「死に損ないのアシギ」

キシドニウリがアシギを呼び出した。

キシドニウリのクイがアシギのクイへと繋がり、感受した。

「やっぱりな。自分が「ここ」にいたままでいいのか心配だったのか」

アシギは不安そうにキシドニウリを見返した。

「問題ない。答えはそのうち見つかる。今日から班を持とう。きっと前いた班よりは楽でいられるはずだ」

アシギは困惑した顔をしていたが、頷いた。

「班にいるからには名前がないと面倒だな。新しい名前をつけよう。そうだな」

キシドニウリは空を流れる緑色の霧を眺めた。

「シウリという名前にしよう。悪くない。」

シウリと名付けられたアシギは、ピンときていないがあんたがそう言うならそれでいいというような顔を見せた。

緑色の霧がキシドニウリ達の元へと押し寄せた。

アミヤはくしゃみをした(緑色の霧はゲルダが体当たりをしてぶつけた8mのキノコ、アリババダケの胞子であり、多くのアシギは胞子花粉症である。)

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春夏秋冬代行者 微糖 @Talkstand_bungeibu

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