第22話 俺と橘
(えっ???)ドアを突き抜けて俺は部屋の外に出された。
(先輩!何やっているんですか? 涼子さんと彼のベッドシーンを ずっと見ているつもりですか?)橘だ!
(いや、見てはいないけど声が… でも、どうして橘がここに? 橘はとっくに
あっちの世界に行ったと思っていたのに…)
(さっき先輩が私の事呼んだでしょ! だから迎えに来たんですよ。)
(いや、別に呼んではいないけど…チョット考えただけだけど…)
(私も課長がどうなるのか やっぱり気になっちゃって、ずっと彷徨っていたんです
でももういいの、先輩、もう涼子さんは大丈夫ですよ。私達もあっちの世界にいきましょう。)
(うん、そうだな、)俺は涼子の部屋に向かって声をかけた。
(涼子、頑張れよ! 俺に似た鈴木さんと上手くやれよ。)
(ほら、先輩、行きますよ。報告したい事がいろいろあるんですよ。木村課長が2審で無罪になった事知っていますか?)
(そうかあ…)
(驚かないんですね、)
(決定的な証拠がないからね。今まで有罪だったのがおかしいんだよ。)
(そうなんですよ、先輩が落ちた所に課長の足跡がないことと、フェンスにも先輩の指紋以外なかった事が決め手になったようです。)
(橘は悔しくないのか?)
(悔しいですよ。でもあんな人を好きになった私がバカだったんです。先輩にしとけば良かった…)
(ええ?)
俺達はフラフラと浮かびながら 涼子のアパートから離れて近くの公園のトイレの
屋根まで行って 端に腰をかけた。
(あの人はこれから生きていくのが随分厳しいと思いますよ。無罪になっても元通りと言う訳にはいかないでしょう…)
(そうだな、俺が「課長!やめてくれ――っ」と、叫んで落ちたのだからな。)
(今でも疑っている人はいますよ。裁判で無罪が確定した後、課長は会社に行って、
復職を訴えたんです。でも、部長に断られていました。「斎藤の件は無罪なのかもしれないが、橘を自殺に追い込んだのはお前だろう、お腹の子はお前の子だろう。それを斉藤のせいにして わしに備品室への配置転換を提言してきたのはお前じゃないか
わしは斉藤には悪い事をしたと後悔しているんだ。お前の言葉を信じたばっかりに、
口車に乗せられて… 何が復職だ!いい加減にしろ!」って言われてました。)
(そっか… 俺、死ぬことなかったのかな…)
(ごめんなさい。先輩を巻き込んでしまって、こんな事になって……)
(いや、俺が弱かったんだ。)
(まだ、続きがあるんですよ。 会社に乗り込んだ時、菅原さんに止められたんですけど、それを振り切って部長室まで押し掛けたんです。だから、菅原さんも部長室まで追いかけて課長を抑えようとしたんですけど、部長に散々言われた課長は部屋から
飛び出して屋上に向かったんです。菅原さんも追いかけたら屋上から飛び降りようとしていて、二人はもみ合いになったようです。菅原さんは柔道の有段者だから、課長は投げられて自殺は失敗、「これ以上会社の評判を 落とさないでください。」と、
言われて諦めたようです。)
(そうか………課長が飛び降りたら3人目と言う事になるよな、社には打撃だろうな。)
(それから、桜井恵の事なんですけど……)
(ん? 桜井がどうかしたか?)
(今、菅原さんと付き合っているんですよ。)
(え――っ 本当?)
(恵は前から菅原さんの事、気になっていて 今度の事で急接近出来たから 恵の方から告白したんです。)
(そうかあ…それで警備室に行く時嬉しそうだったのか、菅原さんも若くて可愛い子
から告られたら そりゃあ嬉しいわな、それにしても二人とも年上好みなんだなあ)
(私の場合はファザコンもあった気がします。恵は年の差16歳ですよ。先輩がキューピットですね。)
(幽霊がキューピットかあ……)
(私達……随分若い身空で死んでしまいましたよね。)
(そうだな、)
(私の恋愛は 全然成就していない。本当に悔しい!)
(橘の気持ち、分かるよ。屋上に現れた時の橘は、まるでメドゥーサみたいに怖かったよ。)
(え――っ、そうですかあー? 恥ずかしい……)
(でも思いとどまったのは いかにも橘らしいと思った。霊になっても橘は橘だ。
殺すなんて出来なかったんだよな。)
(そうですね、でも、課長の見苦しい態度を見ていると この人、殺す価値もないと
思ったんです。)
(そうか………橘はお母さんの所には行ったのか?)
(はい、少しだけ……お母さん元気なかったから私、辛くて……すぐに消えました)
(お母さんには 見えなかったのか?)
(私が見えたら、お母さんはもっと辛くなると思うんです。だから、見えないように
姿は消しました。早く元気になって前向きに生きて欲しいから…… 私も前向きに
なる! 先輩、私の事、恋愛対象として見られませんか?)
(ええ? そんな事、急に言われても……)
(仕方ないか、先輩はまだ涼子さんの事が好きなんだものね。)
(橘…… 俺はお前の期待には応えられないかも知れない。)
(きっと好きにさせて見せます。このままじゃ死んでも死に切れない。)
(フフフ…だからお互い幽霊な……)
(……ですね。)
月は高い位置に上がっていて、ちょうど俺たちの真上あたりだ。一体この世じゃない
あの世って どこにあるんだろう? 死んでも彷徨っていた俺達は迷子のようだ。
取りあえず月に向かって上がってみるか、 俺は橘に手を差し出した。 橘はその手を握ってふたりで空を見上げ、上がって行った。
俺達はどこに行けるのだろうか……。
ーENDー
*涼子に宛てた遺書*
涼子、ごめんな。 自分がこんなに弱虫だったとは思っていなかった。 会社の人達から謂れのない扱いを受けて 俺の心はボロボロだ。もう終わりにしたいんだ。
涼子、今までありがとう。俺みたいな男を愛してくれて、ふたりで幸せになりたかったのに…ごめん…… 俺の事は早く忘れて イイ男を見つけろよ。
涼子なら大丈夫だ。
猫と飛んだ日 @manju70
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