蒼き竜神の謎〜その8
「それでは、証拠をお見せします」
美乃は肩をすくめると、ポケットから何かを取り出した。
それは、一枚の【かわらけ】だった。
「これは、アナタが隠し持っていたミチルさんの【かわらけ】です」
そう言って、美乃はそれを愛美の顔に近付けた。
「何を、バカな事を……」
吐き捨てるように呟く愛美。
だが、その【かわらけ】に書かれた文字を目にした途端、見る見る表情が青ざめる。
そこには、こう書かれていた。
『いつか兄さんと結ばれますように』
「ええっ!?」
「まさかっ!?」
紀里香、百合子、学斗が一斉に声を上げる。
しかし、一番驚いた表情を見せたのは愛美だった。
「え……な、なんで!?」
愛美は絶句すると、慌ててショルダーバックの口を開けた。
手を差し入れ、せわしなく中を確認する。
やがて、困惑した表情で何かを掴み上げた。
「これは……一体、どういう……?」
両手に持つ【かわらけ】を交互に見て、愛美は声を震わせた。
二枚のそれに記された文章は、全く同じものだった。
「やはり、持っておられたんですね……ミチルさんの【かわらけ】を」
美乃が勝ち誇ったように言った。
その言葉で、ハッと我に返る愛美。
しまったとばかりに、唇を噛み締める。
「今お渡しした【かわらけ】は、今朝ミチルさんに書いてもらったものです。昨日のものと同じ箇所に、同じ文章で……」
「……私を……
そう言って、愛美は悔しそうに睨みつける。
美乃は、軽く肩をすくめてみせた。
「ここにいる全員が、今のアナタの行為を目撃しました。もう、言い逃れは無駄だと思います。どうでしょう……そろそろ、本当の事を話してもらえませんか?」
「…………」
抑揚の無い声で促す美乃に、愛美はなおも無言を貫く。
美乃は小さくため息をつくと、首を左右に振った。
「そうですか……では仕方ありません。この事を高津川会長に話す事にします。会長からは、何か気付いた事があれば報告するよう言われていますので……アナタには、納得のいく説明を求められる事でしょう」
「ま、待って!それだけは……」
途端に、狼狽する愛美。
人一倍、高津川会長を崇拝している彼女にとって、疑惑の目を向けられるのは何より耐え難いはずだ。
その証拠に、鬼の形相が次第に苦痛に歪み始める。
「……分かった。話すわよ……話せばいいんでしょ!」
やがて肩を落とすと、諦めたように言った。
「腹が立ったのよ。あの子が……水沢ミチルが書いた願い事を見て……」
絞り出す声が、微かに震える。
「【かわらけ】のやり方が分からず、困っていた彼女に声をかけたのは本当よ。あの子、驚いて咄嗟に隠そうとしたけど、私には見えてしまった。だから、急いで取り上げたの」
「それは、ここに書かれている文章ですね?」
その言葉に、すかさず確認を入れる美乃。
愛美は、黙ったまま頷いた。
「高津川会長とミチルが義兄妹だって事は知ってた。二人が校舎裏で話しているのを、偶然目撃した事があって……『体調には気をつけろよ、ミチル』『はい。お兄様』……そんな会話だったから……だから、あの子が【かわらけ】に書いた願い事を見た時、その相手が会長だとすぐに分かった。彼女は事もあろうに、義兄に対して恋愛感情を抱いているのだと……」
愛美の声色から、苛立ち始めたのが読み取れた。
「ホントに腹が立った。だってそうじゃない!生徒会での高津川会長は、いつも厳しくて、私がどんなに誠心誠意尽くしても、事務的にしか接してくれない。あくまで、一人の書記としてしか見てくれない。それが、あの子に対しては全く違った!体を心配し、優しい言葉をかけたのよ……それが、悔しくて……許せなかった!」
吐き捨てるように叫ぶ愛美。
怒りで、肩が小刻みに震え出す。
「だから私は、彼女が会長から嫌われるようにしてやろうと思ったの。『言う事をきかないと願い事をバラす』と脅かして……不合理な事を何より嫌う会長なら、彼女の言動を見過ごすはずは無いと思った。非現実的な発言を繰り返す彼女を、きっと見放すに違いないと……」
嫉妬──
もしくは強烈な屈辱感が、愛美を一連の犯行に駆り立てたのかもしれない。
高津川会長に最も尽くしている自分が、なぜこんな仕打ちを受けねばならぬのか──
なぜ思いやる対象が、自分では無くミチルなのか──
その理不尽な現実を許容できるほど、愛美は強く無かったのだ。
話しを聴く皆の背に、薄ら寒いものが走る。
そして、誰も何も言えなかった。
「……そこで思いついたのが、竜神の目撃談という訳か……」
やっと口を開いたのは学斗だった。
いつもの彼なら、平然と非難の言葉を並べるところだが、今はそこまでの勇気は無かった。
「だけど会長は呆れるどころか、『安心しろ』と優しい言葉をかけるだけだった。会長のあんな……思いやりに満ちた眼差しは初めて見た。そして、この程度じゃダメだと思ったの。もっと周囲が引くくらいに、変なヤツだと思わせなきゃ……頭がおかしいとアピールしなきゃ……って」
「だからアナタはミチルさんに、もう一度同じ事をさせたんですね?今度は、人通りの多い路上で……」
美乃の問いに頷くと、愛美はそのままベンチに腰を下ろした。
「でもダメだった。やっぱり、会長はミチルの身を案じるばかりで……何をしても、あの人の気持ちを変える事はできなかった。結局、私は……あの子に……勝てなかった……」
精魂尽き果てたと言わんばかりに、ガックリとうなだれる愛美。
「……やっぱり、会長もあの子の事が……」
「そ、それは違うと思います」
愛美の言葉尻を誰かが遮る。
凪だ──
「あ、アナタは会長の最も身近にいながら、何も見えていません」
その言葉に、愛美は不思議そうに凪を見つめた。
我らがフヌケ大王は、それを爛々と輝く瞳で見返す。
「アナタがクラス担任の元へミチルさんを連れて行く際、会長は『頼む』と言って任せました。アナタが不安定なミチルさんをベンチに座らせようとした時、『そうだな』と言って従いました。大切な妹の身の安全を、アナタの判断に委ねたのです」
いつになく穏やかな口調で、凪は語り続けた。
「会長はアナタを、単なる書記として見ている訳ではありません。アナタをひとりの人間として信頼しているんだと思います」
そう言って、凪は楽しげにニッコリ微笑んだ。
「それが、高津川会長という人なのです」
あたりが一瞬静まり返る。
やがて、メンバーの顔にも笑顔が浮かび始めた。
「全く……その通りね」
美乃が、納得したように呟く。
「ホント、ホント!お堅いのか柔らかいのか、よく分からん人だ」
「でも、いつも私たちのために尽力されてます」
紀里香と百合子が後に続く。
「いやぁ、最後にいいとこ持ってったなぁ!フヌケ君」
学斗が、悔しげに凪の肩をドンと叩いた。
「はにゃっ!」
空気の漏れた風船のような声をあげる凪。
反動で、体がコンニャクみたいにクネクネと揺れた。
その様子を眺めていた愛美の顔にも変化が現れる。
呆れたような表情が緩み、思わずプッと吹き出した。
「その通りね。本当に……バカな事をしたわ……」
肩をすくめ、ポツリと呟く愛美。
その目に、もはや
************
竜神拝所に来ていた。
校外学習の最後は、自由時間となっている。
あの後、榊愛美とは【ある約束】をして別れた。
今後一切、水沢ミチルには関わらないという約束だ。
破れば、今回の件を高津川会長に話すと言ってある。
だが、もうそんな気は無いと言っていた。
水沢ミチルにも、その事はきちんと説明した。
『ミチルさんに御免なさいと伝えて』という、愛美の伝言と共に──
ようやく、ミチルにも笑顔が戻った。
今は平静を取り戻し、普通に校外学習に参加している。
勿論、義兄に対する想いは秘めたままで……
高津川会長には、一切報告はしていない。
元に戻った義妹の姿に戸惑いつつも、ひとまず安心した事だろう。
彼がミチルに、事の仔細を問いただすのか、そしてミチルがそれにどう答えるのかは分からない。
ここから先は、兄妹として、あるいは男女として二人が判断すべき内容だ。
ゆえに、これ以上関わる必要は無い。
さて、肝心の校外学習の方だが……
事件は解決したが、学習内容については
やった事と言えば、青い竜神を探し回っただけ。
発表資料もほとんど作れず、美乃は頭を抱えるしかなかった。
「か、観音サマ、またハズれっス!」
「う、うるさい!今のは風の影響だ!そして僕は、観音寺だ!」
凪と学斗の声が竜神拝所に木霊する。
あいも変わらず、【かわらけ】投げに興じている。
「アンタ下手過ぎよ!神様に見放されたんじゃない?」
「何だと!」
「何よ!」
チョッカイを出す紀里香に、応戦する学斗。
こちらも、相変わらずだ。
「凪さん、あの……よろしければ、投げ方教えて頂けませんか?」
「は、ふ、ふぁい!?」
恥ずかしそうに【かわらけ】を差し出す百合子に、フヌケ大王の顔が真っ赤になる。
お、おいおい!
ちょっと待て、百合子!
抜けがけは……
胸中でそう叫んだ瞬間、美乃はある事を思い出した。
慌てて鞄の中を探り、小さな皿を取り出す。
昨日、凪から渡された【かわらけ】だ。
あの後、結局投げる事無く、鞄に放り込んだままだった。
思えば、これが解決の糸口を与えてくれたのだ。
アイツ……ワザとだな……
しばし眺めていた美乃は、ふと何かを思いつき鞄に手を入れる。
一本のマジックを取り出すと、皿に何かを書き始めた。
ミミズの這ったような『なぎ』の字の隣に、小さく追記する。
『よしの』
そして、二つ並んだ名前を見てニッコリ微笑んだ。
「せっかくだから……記念にね」
ポツリと呟き、急いで鞄にしまい込む。
さらに美乃は、『とりいをぬける』と書かれたもう一枚の【かわらけ】にも何か書き記した。
そして、手裏剣投げの構えをとると、精神を集中した。
間合いを見計らい、一気に投げる。
シュッ!
空気抵抗をモノともせず、一直線に飛行した【かわらけ】は、見事鳥居を通過した。
オシッ!!
思わず、ガッツポーズをとる美乃。
晴れ晴れとしたその視線の先には、仲間たちとふざけ合うフヌケ大王の姿があった。
はたして、その【かわらけ】に何が書いてあったのかは……
誰も知らない。
FUNUKEの凪☆S2 マサユキ・K @gfqyp999
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