蒼き竜神の謎〜その7

校外学習二日目の朝、ひと目を避けるように立つ三人の姿があった。


「正直に話してもらえませんか?……ミチルさん」


美乃は、いたわりの込もった口調で言った。

後ろには、凪が背後霊のように立っている。


「一体……何の事ですか?」


ミチルは、下を向いたまま答えた。

憔悴した顔が、緊張で一気に強張こわばる。


「竜神を見たというのは、ウソですね?」


威圧的にならぬよう、さらに音量を下げる美乃。


「アナタが色覚障害だという事は、高津川会長から伺いました。見えるはずの無い【青色】を付け加え、自分の言動がウソだと知らせようとした事も……会長、すごく心配してましたよ」


その言葉に、ピクリと反応するミチル。


「何か言えない理由があるに違いない。だから、自分が何とかしなければ……そうおっしゃってました」


「兄さんが……そんな事を……」


ミチルは、絞り出すような声で呟いた。

肩口が微かに震えている。


「アナタの言えない理由って、もしかしてこれに関係しているのでは無いですか?」


そう言って、美乃はポケットから何やら取り出す。

それは昨日、凪から渡された【かわらけ】だった。


それを見た途端、ミチルの目が大きく見開く。

美乃の言葉が的を射たのは確かだった。


「ミチルさん、私たちを信じてもらえませんか?当然ですが、アナタからお聴きした内容は会長には一切話しません。その上で、アナタの力になると約束します。私たちが必ず……


美乃は目を輝かせ、力強く言い放つ。

あくまで冷静なその口調が、聴く者に不思議な安心感を与えた。


「勿論、何の根拠も無く言っているのではありません。私たちはから、ひとつの仮説を立てました。それを、今からお話しします」


そう言って、美乃は淡々と説明を始めた。


うつむきがちだったミチルの頭が、ゆっくりと持ち上がる。

話が進むにつれ、その目に驚嘆の色が浮かんだ。

美乃が説明し終えると、しばしの沈黙が訪れた。

ミチルの目線は、今はもう下を向いてはいない。

まっすぐ見つめるその先には、自信に満ちた美乃の顔があった。


「……分かりました」


ミチルは小さく頷くと、蚊の鳴くような声で語り始めた。

いつの間にか、肩の震えも収まっていた。



************



「犯人はアナタですね」


参道脇にある休憩所に、美乃の透き通った声が木霊する。

昼休み、ベンチを取り巻くように人影が立ち並んでいた。


美乃と凪、紀里香、百合子、学斗──


そして彼らの中心には、ひとりの人物が立っている。


「ミチルさんが見たという【竜神】……あれは、アナタが彼女にです」


「あら、それはどういう意味かしら?」


美乃の言葉に、その人物──は、顔色一つ変えず答えた。


「実は昨日、私は【かわらけ】をやってみました。観光の記念にと思って……でも、その時、ふとある事を思い出したんです」


愛美の反応を想定していたかのように、美乃は続けた。

それは先程、ミチルに話して聴かせた内容だった。


「ある事?」


隣にいる紀里香が、不思議そうに呟く。

凪以外のメンバーは、初めて耳にする内容だった。

美乃は小さく頷くと、再び視線を愛美に戻した。


「最初に竜神を見たと言った日、私はミチルさんの落とした【かわらけ】を拾いました。そこには、……覚えておられますか?」


美乃の問いに、愛美は肩をすくめ肯定の意を示した。


「それを休憩所に届けに行った際、アナタはこんな説明されました。『ミチルさんに【かわらけ】のやり方を教えてあげた』と。そして、こうも付け加えました。『一投目が鳥居を抜けた時には二人で喜んだ』と……」


「そうよ。それのどこが問題なのかしら?」


あざけるように言い放つ愛美。

それには答えず、美乃は凪の方を振り向いた。


「凪。アンタ、昨日私に【かわらけ】のやり方を教えてくれたわよね。もう一度、話してくれる?」

「……え!?ふ、ふぁい!」


突然のご指名に、飛び上がる凪。

慌てて目をこすったところを見ると、立ったまま寝ていたようだ。


「ひ、◯◯◯が、◯◯◯なので、◯◯◯れす!」

「何だ?◯ばかりで分からんぞ。日本語を話したまえ!」


混乱して意味不明言語を発するフヌケ大王に、学斗のげきが飛ぶ。


「はぁ、え、えと……始めに名前を書いた方を投げ、次に願い事を書いたものを投げます。二枚とも鳥居を抜けたら願いが叶います……です」


凪に軽く会釈すると、美乃は愛美の目を覗き込んだ。


「おかしくないですか?」


抑揚の無い声で問いかける美乃。

キラリと目が輝く。


「おかしい?……どこが?」


「ミチルさんの名前が書かれた【かわらけ】が落ちていたという事は、一投目に投げたのはという事になります……でも、正式にはを先に投げるべきです……なぜ、のでしょう?」


愛美の言葉尻をとらえ、美乃は畳み掛ける。


「そ、それは……うっかり間違えて……」


想定外の質問に、思わず言葉を詰まらせる愛美。


「しかしあの時、アナタはこうも言いました。『自分には経験がある』と。自信たっぷりに……」


返事に窮し、苦悶の表情を浮かべる愛美。


「その光景を思い出した私は、アナタの話がウソだと確信しました。アナタとミチルさんは、実際は【かわらけ】を。アナタ方二人は、何らかの理由で口裏を合わせたのだと」


その場の空気が、ピンと張り詰める。

当の愛美は勿論、誰もが衝撃で口を開く事ができなかった。


「ここからは推測ですが……彼女が【かわらけ】に書いたを、アナタは偶然見てしまった。そしてそれを使って、彼女を脅迫しようと考えた。彼女を脅して、わざとあんな突拍子も無い事を言わせたのです……違いますか?」


美乃の問いに、無言で返す愛美。

やや青ざめた顔が、能面のように硬直している。

睨みつけた美乃の眼光が、さらに輝きを増した。


「そこには、一体何が書いてあったんですか?今もアナタが持っておられるんですよね?ミチルさんを脅す切り札ですから、常に身に着けているはずです」


「知らないわよ!そんなもの」


ここで、愛美は憤慨したように声を荒げた。

能面の表情が、わなわなと震える。


「言いがかりもはなはだしいわ。さっきも言ったように、【かわらけ】は間違えただけ……そんなの大した事じゃない」


そう叫ぶと、愛美は皆をぐるりと見回した。


「私がミチルさんを脅した?竜神を見たと言わせた?全く、馬鹿馬鹿しいにもほどがある……何もかも、単なるアナタの想像じゃない。証拠も無しに、人を愚弄ぐろうしないでちょうだい!」


愛美は、嘲笑まじりの怒声を浴びせた。

腰に手を当て、勝ち誇ったように胸を張る。


「証拠……ですか……」


そう呟いた美乃の口元が、僅かにゆるむ。

そして背後に立つ凪も、ニッコリ笑みを浮かべた。

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