蒼き竜神の謎〜その6
「実は彼女には、ある秘密があるんだ」
そう言って、高津川会長は皆を見回した。
「秘密!?」
その場の全員が、口を揃えて驚く。
清文は、黙ってこくりと頷いた。
「ああ、私しか知らない秘密だ。それは……」
「色が見分けられない」
清文の台詞が終わらぬ間に、別の声が後に続いた。
驚いた一同は、反射的に声の主に目を向ける。
一斉に視線を浴びて、声の主──凪の顔が真っ赤になった。
「……驚いたな。どうして分かったんだ?」
信じられないといった顔で、清文が問いかける。
「あ、いや、つい……し、しゅいません」
しまったとばかりに
キョロキョロとあたりを物色する。
どうやら、逃げ場所を探しているようだ。
「逃げても無駄よ!いいから、説明しなさい」
美乃が眉をしかめ、高飛車に言い放つ。
「は、ふぁいっ!」
直立不動で敬礼するフヌケ大王。
まるで、上官に睨まれた下っ端兵である。
「べ、ベンチ……です」
頭を掻きながら、凪は話し始めた。
「ベンチ……?」
清文が首を傾げて繰り返す。
「さ、先ほど榊さんは、ミチルさんに『水色のベンチに座ろうと』提案しました。し、しかし、彼女が座ろうとしたのは木目調のベンチでした。それを見た会長さんは、慌ててミチルさんを水色の方へ引き寄せました。わざわざ、腕を掴んで……」
「え、じゃあ、あれって……!?」
ハッとしたように、美乃が声を上げる
「どれが水色のベンチか、見分けられなかった……?」
美乃の言葉に、紀里香を始めとする皆が唖然となる。
凪は、ブンブンと何度も頷いた。
「なるほど、そうか……確かに、勘の良い者なら気付くかもしれんな……」
そう言って、清文は皮肉な笑みを浮かべた。
「君の推測通りだ。ミチルには……色覚障害の持病があるんだ」
絞り出すように言い放つ清文。
いつものポーカーフェイスが、ほんの少しだけ苦しそうに歪む。
「……と言っても、かなり限定的なものだ。子どもの頃から、なぜか青系統の色だけが判別できない。勿論、水色もその対象範囲だ。それ以外は、問題無く見分けられるんだが……」
まさに想定外の告白だった。
ミチルからは、そのような素振りは微塵も感じられなかったからだ。
長年の体験から、外部に知られないための
「そのミチルが、【青い竜神】を見たと言った。単なる【竜神】では無く、わざわざ【青い】と表現したんだ。その瞬間、私は彼女の発言がウソだと悟った。彼女にそんな識別は不可能だからだ」
話しながら、清文の顔が困惑の色に染まっていく。
「でもミチルさんは、どうしてそんなウソをついたんでしょう?会長には、すぐにバレてしまうのが分かってるはずなのに……」
美乃が、
皆も同意するように頷く。
「恐らくは……助けを求めたんじゃないかと思う」
そう呟くと、清文は視線を落とした。
「ミチルの発言は誰が聴いても、突拍子も無いものだ。竜神を見たなどと言っても、誰も信じないし、逆に頭がおかしいと思われても仕方ない。だが……それでも、彼女は大衆の面前で実行した。それも二度も……」
清文の抑揚の無い声が、朗々とあたりに響く。
誰もが、固唾を飲んで聴き入った。
「恐らく、そうしなければならない訳があったに違いない。異常な発言ではあるが、決して自分の本意では無く、頭はいたって正常である……それをストレートに伝えられないため、敢えて竜神に見えるはずの無い色を付加したのだ。発言自体がウソであると見抜いてもらうために……」
「そうしなければならない訳とは、一体何なんでしょう?」
緊張した面持ちで、百合子が呟く。
胸の前で組んだ手が、微かに震えていた。
「そこが皆目分からないんだ。幾ら考えても、思い当たる節が全く無い……だからと言って、彼女に直接問う訳にもいかない。彼女が理由を話さないのは、何か話せない事情があるからだ。だから私は、自分の力で何とかしようと決めたのだ」
「賢明な判断です」
学斗が、珍しく感心したように口を挟む。
さすがに状況は深刻だと判断したのか、いつになく真面目な顔をしていた。
「だが、今もって何の手掛かりも得ていない。全く……今ほど、自分の非力さを痛感した事は無いよ」
清文は、吐き捨てるように言った。
たったひとりの妹の窮状を救えぬ悔しさが、その声色から滲み出ている。
それに対し、誰も言葉をかける事ができなかった。
************
捜査は暗礁に乗り上げた。
ミチルさんはナゼ、『竜神を見た』などとウソをついたのか──
高津川会長が言うように、本人に尋ねても答えは返って来ないだろう。
どうしても答えられない、何かがあるのだ。
竜神を『青い』と表現し、暗にSOSを発信するのがやっとだったに違いない。
そうまでして、隠さねばならない理由とは……
夕暮れの迫る竜神拝所に
あたりにひと気は無い。
紀里香たち学習チームの面々は、すでに帰路の集合場所へと向かっていた。
クラス委員である彼女は、居残りが無いか見回りの最中だった。
「……よ、美乃さん」
「おわたっ!ビックリした!」
背後からの突然の声に、飛び上がる美乃。
振り向くと、凪がヘラっと笑いながら立っていた。
「だ、だからアンタねー!突然後ろから声かけるのやめなさい!」
胸を押さえて叱咤する美乃。
「し、しーましぇん!」
叱られた凪は、涙目で謝った。
「もーいいから……それで、何?」
「えと……その……こ、これ……」
そう言って、恐る恐る手を差し出すフヌケ大王。
手に何かが乗っている。
見ると、一対の【かわらけ】だった。
「え、な、何?」
【かわらけ】と凪の顔を交互に見ながら、美乃はキョトンとする。
「美乃さん、まだ……一度もやってませんので……」
頭を掻きながら、凪は照れ臭そうに言った。
【かわらけ】か……
確かに、ここに来てから観光らしい観光はしていない。
クラス委員の職務の上に、今回の事件が重なってしまったのだ。
観光どころか、本来の校外学習すらまともにこなせていないのが実情だ。
島の名物を楽しんだり、お土産を見て回る余裕など皆無だった。
「私は、いいわよ」
あきらめたように、首を横に振る美乃。
「ま、まあ、そう言わずに……一回くらい」
いつになく粘る凪は、【かわらけ】を美乃の手に押し付けた。
そのまま、さあ投げろと言わんばかりに、何度も鳥居に目を向ける。
期待に目を輝かす凪に、突き返すのも気が引けた。
「仕方ないわね」
大きくため息をつくと、美乃は手に持つ【かわらけ】に目を落とした。
一枚には、ミミズが這ったような字で、『なぎ』と書いてある。
何で、アンタの名が書いてあんのよ──
やれやれと首を振り、もう一枚を確認する。
そこには、『とりいをぬける』と書かれていた。
それを見た美乃は、思わずプッと吹き出す。
何なのよ?
願い事が『とりいをぬける』って……
美乃は小さく肩をすくめると、【かわらけ】の片方を右手に持ち替えた。
ほんじゃま、一回くらいやっとくか……
そう決心すると、眼下の鳥居に目を向けた。
よっしゃ!せーのー!
心の中で気合いを入れ、手裏剣を投げる体勢で振りかぶる。
シュッ!
……とばかりに飛んで行くはずだったが、そうはならなかった。
美乃が、振りかぶったまま静止したからだ。
見開いた目には、困惑の色が浮かんでいる。
あれ?……ちょっと待って!
頭の中の何かが、彼女の動きを止めたのだ。
すると突然、ミチルと出会ってからの出来事が、連続写真のように脳裏にフラッシュバックした。
おかしい……変だ……
何かが、心に引っ掛かる。
何だろう?……重大な何かを見落としているような……
記憶を
やがて、連続写真のある一枚に意識が止まる。
美乃の表情が、困惑から驚きへと変わり、やがて歓喜に満ちたものへと変化した。
「そうか……そういう事か!」
思わず口ずさみ、何度も頷く美乃。
その様子を、凪はただ嬉しそうに眺めていた。
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