蒼き竜神の謎〜その5
効率を考え、一行は二手に分かれる事にした。
美乃、紀里香、百合子の組と、凪、学斗の組だ。
観光ポイントである
集合場所である竜神拝所に戻った時は、すでに二時間ほど経っていた。
「どう?何か見つかった?」
美乃が凪に尋ねる。
「は……ゼイ……な……ゼイ……も……ゼイ……」
「えっ……何だって?」
美乃は耳を近づけ、眉をひそめた。
ゼイゼイ言うばかりで、全く言葉になっていない。
「参道の階段を何往復もしたから、疲れたようだ」
額の汗を
「フーちゃん、ほら、水、みず!」
紀里香がペットボトルを凪に渡す。
さっと受け取り、一気に飲み干すフヌケ大王。
「がっ!……ぐっ!……げっ!」
「わっ!ふ、フーちゃん、しっかり!」
水を喉に詰まらす凪の背中を、紀里香が慌てて叩く。
程なく、ふーっというため息と共に咳がおさまった。
「気分はどう?」
「ファイトぉぉっ!いっぱぁぁぁっ!」
紀里香の問いに、某CMよろしく吠える凪。
ニヤリと笑う口元がキラリと光る。
あたりが水を打ったように静まり返った。
フヌケ大王の顔が真っ赤に染まる。
「それで成果は?」
何事も無かったように、美乃は学斗に尋ねた。
「ダメだな。竜神に関係したものは幾つか見つけたが、どれも色が違っている……そっちは?」
学斗の問いに、美乃も肩をすくめ首を振る。
「ご同様よ」
一同は残念そうに顔を曇らせながら、改めて調査結果を整合した。
絵馬に描かれた竜神は緑色──
展示物の歌舞伎絵に描かれた竜神は金色──
お土産やグッズにも、青い竜が描かれたものは無い。
念のため社務所で確認したが、心当たりは無いようだった。
「てことは、この島に
顎に手を当てた美乃が、感慨深げに呟いた。
「別の……竜神……?」
百合子もポツリと反復する。
竜神拝所で目撃した以上、それはこの
だが、ミチルの言う青い竜神に関するものは、島のどこにもない。
もし彼女の言う事が真実なら、それは何の竜神なのだろう?
「彼女……一体、何を見たのかしら?」
今度は紀里香が、誰とは無しに問いかける。
だが、それに答えられる者はいなかった。
短い沈黙があたりを包む。
「……さて、これからどうするんだ?今のところ何の手掛かりも無いし……こう言っちゃ何だが、やはり彼女の誤認と考えるのが最も合理的だ。単に、我々の思い過ごしなんじゃないか?」
憮然とした口調で言い放つ学斗。
その言葉に、誰も言い返す事ができない。
皆の胸中にも、一瞬同じ思いがよぎったからだ。
その時、遠方で女性の悲鳴のようなものが湧き起こった。
咄嗟に振り向いた美乃らの目に、路上の人だかりが映った。
皆、怪訝そうな顔で一点を見つめている。
そこには……
硬直したように立ち尽くす、一人の少女の姿があった。
「竜神よぉ!ほら、あそこ……竜神よぉ!」
************
天を仰ぎ叫んでいたミチルは、やがて崩れるようにしゃがみ込んでしまった。
美乃らが駆け寄った時には、青ざめた顔でただ震えるばかりだった。
物珍しげに眺めていた野次馬も、次第に散らばっていく。
「大丈夫?ミチルさん」
そう言って、美乃は震える肩に手を置いた。
恐る恐る顔を上げるミチル。
「り、竜神が……竜……じん……」
「ええ、分かったから……とにかく、落ち着いて」
ポロポロと涙をこぼすミチルに、美乃は優しく頷いてみせた。
紀里香と百合子も心配そうに見つめ、凪と学斗は上空を何度も眺め回した。
「どうだ、フヌケ君……何か見えるかい?」
「はぁ……鳥以外は何も……」
「鳥?……ああ、あの黒い点みたいなやつか?」
「あの毛並みは、恐らくニュウナイスズメかと」
「ほほぉ、よく分かったな」
「口に咥えてるのは、コバネイナゴっす」
「いや、詳し過ぎだろ!てか、どんな視力してんねん!」
呆れる学斗に、フヌケ大王はヘラっと笑いを浮かべた。
「なんだ!?何があった?」
叫び声に振り向くと、駆けて来る高津川会長と榊愛美の姿が見えた。
二人とも、顔がこわばっている。
「大丈夫か!?ミチル」
そう言って、清文はミチルの顔を覗き込んだ。
兄の存在に気付いた途端、少女の嗚咽は激しさを増した。
「とにかく、あそこの水色のベンチに座りましょう」
愛美が路肩を指差して言った。
見ると、木目調の硬そうなベンチの間に、水色のやや低いベンチが置かれている。
「立てるか?」
微かに頷く妹の体を、清文は支え起こした。
そのままゆっくりと路肩に歩を進める。
他の面々も後に続いた。
「こっちだ。ミチル」
フラフラと木目調のベンチに座りかけたミチルの腕を、清文は掴んで引き寄せた。
そのまま、水色のベンチの方に座らせる。
ミチルの横には愛美が座り、心配そうに背中をさすった。
二人を取り囲む形で、全員がその様子を眺める。
「また……見えたのか?」
口を開いたのは清文だった。
その問いに、ぎこちなく頷くミチル。
「今度も、青い竜神か?」
さらに念を押す清文。
唇を噛み締め、ミチルは再び首を振った。
涙で赤く充血した瞳は、下を向いたままだ。
「……そうか」
それ以上追求する事無く、清文も視線をそらす。
重苦しい沈黙が流れた。
「……とりあえず、私が彼女をクラス担任のもとへ連れて行きます。ひとりでは心配だし……」
そう切り出したのは愛美だった。
生徒会役員の責務だと言わんばかりの力強い口調だった。
「そうだな……頼む」
苦悩の表情を浮かべたまま相槌を打つ清文。
愛美は黙って頷くと、ミチルの肩に手を置き促した。
特に抵抗する事無く立ち上がると、ミチルは歩き始めた。
まるで人形のように……
その間、一度も兄と目を合わそうとはしなかった。
妹と愛美の後ろ姿を見送りながら、清文は大きくため息をついた。
威厳に満ちた能面が、今は苦しげに歪んでいる。
皆、そんな会長の姿を見るのは初めてだった。
「私には……ミチルの真意が理解できない」
やがて、清文が絞り出すように呟いた。
「彼女がナゼ、あんな事を言いだしたのか……一体、彼女に何が起こっているのか、全く分からない……ただ、一つの事を除いては……」
「一つの事?」
その意味深な台詞に反応したのは美乃だった。
「高津川会長、それは一体何ですか?」
瞳を光らせ問いかける美乃。
「それは……」
清文は、ハッとしたように美乃を見返した。
その顔に、一瞬後悔の色が走る。
だが、すぐさま思い直したように頭を振った。
「……そうだな。隠しても仕方ない。彼女は……ミチルは……」
その目に決意の光を宿し、清文は語り始めた。
「本当は竜神など見てはいないという事だ」
清文のその言葉に、全員が思わず息を呑んだのだった。
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