蒼き竜神の謎〜その4

フヌケファミリー……もとい、グループ学習メンバーが最初に訪れたのは、祭壇前の蛇像だった。

祭壇を挟んで、灰色の蛇が左右に鎮座している。


「ここにいたのよね?その会長の

「水沢ミチルさんよ……あまり公にできないから、言葉には気をつけて」


蛇像を見ながら問う紀里香に、美乃が目配せで注意を促す。


「……で、あの鳥居に向かって【】を投げてる時に、竜神が飛び出したと……」


「【かまかけ】じゃない。【】だ!なんかになってるぞ」


探偵口調の紀里香の台詞を、学斗が即座に訂正する。


「何よ、えらそうに!アンタだって、さっき『』とか言ってたくせに」

「なんだと!」

「何よ!」


肩をいからせ睨み合う紀里香と学斗。

この二人、相性は最悪のようである。


「やめなさい!二人とも……そんな事より、問題はミチルさんが見たものが何なのかよ」


間に割って入った美乃が、眉をしかめて言った。


「それって、ホントに見たのかしら?」


学斗からプイっと顔をそむけ、紀里香が言い放つ。


「さあ、分からない……でも公衆の面前で、恥ずかしい思いまでして嘘をつくかしら。とてもそんな事をする子には見えなかったけど……」


そう言って、美乃は当時の状況を思い返すように宙を見つめた。


「でもいくら何でも、竜神てのは無理があるわよね」


「まあ統計学的に見ても、何かを見間違えたとしか思えないな。アメリカでは、十万件を越えるUFO目撃情報の六割が飛行機など飛翔物体の誤認、三割が星や雲などの自然現象、残りはデマだと言われている……つまり、竜神など現実にはいないって事だ」


先ほどとは打って変わり、懐疑的な紀里香の言葉に同調する学斗。


「あら、珍しく意見が合ったわね。

「なんだと!」

「何よ!」


再び睨み合う二人。

美乃はため息をつき、放置する事にした。


「でも……ミチルさんは、って言ったんでしょう?そんな正確に色まで言えるって事は、がいたのは確かなんじゃないかしら」


背後でポツリと呟く百合子。

美乃はハッとしたように、その顔を見た。

紀里香と学斗も、言い争いを中断して振り向く。

そして凪は……立ったまま寝ている。


「ちぇいっ!」

「キャンっ!」


美乃の強烈なデコピンに、イヌのような悲鳴をあげるフヌケ大王。

飛び起きると、目をくるくると回した。


「今日は冴えてるわね、百合子。その通りだわ」


額を押さえる凪を横目に、素知らぬ顔で美乃は言った。


「正論だな」

「すっごい!百合子」


学斗と紀里香も称賛の声を上げる。


「いえ、そんな……」


照れ臭そうに顔を赤らめる百合子。

それとなく、凪に視線を向ける。

かつてフヌケ少年と共に謎解きをした経験が、生かされているようだ(『百合子の冒険』エピソードご参照)。


「じゃあとりあえず、今分かっている事を整理してみましょう」


そう言って、美乃は皆の顔を見回した。

頷いて同意を示す面々。


「その一【ミチルさんは鳥居付近で飛翔する何かを目撃した】、そのニ【その何かはで竜に似ていた】、その三【目撃者は今のところである】……」


「会長さんは何て言ってるの?」


美乃の説明を受け、思いついたように尋ねる紀里香。


「分かったから安心しろ……って」


そう言って、美乃は肩をすくめた。


「へえー!?あの堅物会長が否定しなかったんだー」


紀里香は目を丸くして叫んだ。


「よっぽど、そのミチルさんを信用してるのね」

「もしくは、落ち着かせるための方便かも……」


紀里香に続いて、したり顔の学斗が呟く。


「女性のヒステリーは手に負えんからな」

「ちょっとアンタ、それセクハラよ!」


学斗の揚げ足をとり、紀里香が声を荒げる。


「ば、バカな!僕はたんに事実をだな……」

「ほらまた、バカって言った、やーい!セクハラ男ぉ!」

「にゃ、にゃにをひゅーかあ!」


紀里香の揶揄に、しどろもどろになる学斗。


「セ・ク・ハラっ🎵あそれ、セ・ク・ハラ🎵」


期せずして起こる紀里香のセクハラコール。


「や、ヤメロ!……おい、フヌケ君、親友だろ?君も訂正してくれ!」


学斗は助けを求めるように、後ろを振り向く。

凪はぎこちなく頷くと、恥ずかしそうに口を開いた。


「せ、せ〜ハ〜らあ🎵あ〜・セ〜ハ〜らみた〜🎵」

「いや、誰がコールの仕方を訂正しろと言った!?なんか、お経みたいになってるぞ!」

「はっ!?し、しーましぇん!つ、つい……」


慌てて抗議する学斗に、顔を真っ赤にするフヌケ大王。


「ハイハイ。アンタたち、もう気が済んでしょ。そろそろ本題に戻るわよ」


美乃がピシャリと言い放つ。

紀里香はペロっと舌をだし、学斗は憔悴した顔でうつむき、フヌケ大王はまだ小声で(?)ていた。


「そもそも、ここになんか祀られているのかしら?」

「私もそれは気になっていたの。この祭壇の蛇像はだしね……もし、ミチルさんが見たものが竜神に関係したものなら、この島のどこかにがあるかもしれないわね」


いぶかしげに呟く紀里香に、美乃も同意の意を示す。


暫しの沈黙が流れる──


「……それじゃ、まずはそこから探ってみましょうか。手分けして、に関係ありそうなものを探してみましょう」


やがて、思い立ったように美乃が提案する。


「そうね。それがいいと思う」

「さしあたり、それしかないな」

「ほんじゃ、美少女探偵団捜査開始だー!」


百合子、学斗が賛成すると、紀里香が嬉しそうに雄叫びを上げる。


「あ、違った……美少女探偵団プラス・だった」


そう言って、紀里香はチラリと学斗を見た。


「いや、だからそれはヤメロって……君も何か言ってやってくれ!」


たまらず、また凪に助けを求める学斗。


「は、ハイ……か、観音サマは、決してハラミタではありません!」

「そうだ!僕はハラミタじゃ……いや、なんだ、ハラミタって!?」

「セ〜ハ〜らみた〜🎵」

「わー、ヤメロ!やめてくれー!」


耳をふさぐ学斗の横で、フヌケ大王の(?)が続く。


こうして何やかんやしながら、一行の調査は始まったのだった。



************



「ミチルのヤツ……なんで、あんな事を……」


高津川清文はひとり、観光ルートから外れた場所で呟いた。

遠方にが見える。


生徒会活動をしながらも、時折ミチルの事は気にかけていた。

父と彼女の母親との間に何があったのかは知らない。

だが教育委員会の教育長である父の厳しさが、家族にも容赦なく向けられていたのは確かだ。

英才教育を受けて育った清文も、その怖さは身に染みて理解している。


ミチルが中学に上がる時期に離婚したという事は、彼女の進路がその原因となったのかもしれない。

自分同様、ミチルにも英才教育を施そうとする父と、それに反対した母……

見解の相違がエスカレートし、母は彼女を連れて家を出ていくしかなかった……

推測の域は出ないが、あり得る話だ。


正直、清文も父の事は好きでは無かった。

幼少から週のほとんどを家庭教師と過ごし、家族とのコミュニケーションは皆無に等しい。

勿論、父と遊んだ記憶など無い。


それゆえ、ミチルの事は余計不憫ふびんに思えた。

母親と二人の生活は、決して楽なものでは無かったはずだ。

だから、彼女が梁山りょうざん高校に入ったと知った時は、心底驚いたものだ。

そして自分のできる範囲で、陰から力になってやろうと決めた。

二人の関係を公にしなかったのも、そのためだ。

ミチルも再会を喜ぶと共に、清文の考えに同意してくれた。


兄さんの言う事に従います──


そう言って、彼女は嬉しそうに笑った。


小さい頃、いつも後ろについて回っていた──


無表情で睨み返しても、必ず微笑んでいた──


私の……たったひとりの……妹……


清文はこぶしを握り締め、再び鳥居を眺めた。


その瞳には、固い決意の色が浮かんでいた。

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