蒼き竜神の謎〜その3

竜神拝所奥の休息所に三人の姿はあった。


うつむいて座るミチルの横には、愛美が心配そうに寄り添っている。

二人の前に立つ高津川会長の表情は、なぜか曇っていた。


美乃と凪の気配を悟り、会長が反射的に振り向く。


「……あの、これを」


そう言って差し出した美乃の手には、ミチルの落とした【かわらけ】があった。


それを見たミチルが、ハッとした表情を浮かべる。


「……ああ、届けてくれたのか。ありがとう」


会長は素直に礼を言うと、その小皿を受け取った。

そして、そのままミチルに手渡す。


「ありがとう……ございます」


蚊の鳴くような声で、ミチルが礼を述べる。

だが、その目の焦点は全く合っていなかった。


「それで、その……大丈夫ですか?」


我慢し切れず、つい問いかけてしまう美乃。

会長に任せると決めたものの、生来の好奇心がどうしても顔を出す。


「今やっと落ち着いたところだ。そうだな……良ければ君らも一緒に話を聴いてくれないか」


その声には、どこか懇願するような響きがあった。


珍しいな……


冷静沈着な会長を見慣れている美乃にとっては、それだけで驚きだった。


「はい……分かりました」


美乃は頷くと、会長の横に並んだ。

その後ろに、ペットよろしく凪が付き従う。


「何があったか、話してくれ」


穏やかに促す会長にチラリと目をやると、ミチルはぎこちなく頷いた。


「私……自由行動になったら、やりたい事があって……その……【かわらけ】をやってみたくて……」


うつむいたまま、ポツポツと語り始めるミチル。


「それで、ここに来たんですけど……その……やり方が分からなくて……」


そこで言葉を切ると、ミチルは助けを求めるように愛美を見つめた。


「ああ、それなら私が説明します」


こくりと頷き、愛美が後を続ける。


「生徒らの様子を見回っていた時、ここで彼女を見かけたんです。何やら、困っている風だったので尋ねてみると、やり方が分からないとかで……」


そう言って、愛美は優しい眼差しをミチルに向けた。


「それで、やり方を教えてあげました。たまたま以前にも経験がありましたので……一投目が見事に鳥居を抜けた時は、二人で大喜びしたんです」


にっこり微笑む愛美に、ミチルは小さく頷く。


「それで、続いて投げようとしたら、その……突然、が現れて……」


手に持つ小皿を差し出し、声を震わせるミチル。


「……か!?」


後の台詞を引き継ぐように、会長が呟く。

ミチルは、怯えた目で何度も首を振った。


「鳥居の間から飛び出すように現れて……私の方を一度睨んで……そのまま、湖の中へと消えていきました」

「突然彼女がそう叫んだので、私もすぐ目で追ったのですが……何も見つからなくて……」


ミチルの説明を、愛美は申し訳無さそうに補足した。


「何かの見間違いじゃないのか?たとえば、大きな鳥とか」

「違います!」


怪訝そうな表情で確認する会長に、ミチルは叫ぶように否定した。


「見たんです!私……見たの!……本当に……」


見開いた目は爛々と輝き、肩が小刻みに震えている。

少女の変貌ぶりに、周りの者は思わず息を呑んだ。


「……分かった」


暫しの沈黙の後、会長がいつものバリトンを絞り出す。


「分かったから……安心しろ」


そのひと言に、美乃と愛美が同時に会長の顔を見る。

非現実な事象を何より嫌う人物の言葉とは思えなかった。

いつもなら、「馬鹿馬鹿しい」と一笑するはずだ。

それが、この少女の証言だけは否定しない。


なぜ?


「あの……会長と水沢さんて、どういう?」


さすがに耐えかねた美乃が質問する。

プライベートな事と分かってはいるが、聴かずにはいられなかった。

美乃の問いに、高津川会長は一瞬顔をこわばらせた。


「……そうだな。話しておこう」


会長はすぐに緊張を解くと、穏やかな口調で返した。


「実は、彼女……ミチルは僕の腹違いの妹なんだ」


無表情で言い放つ高津川会長。

その声に潜む苦悩の響きを、美乃は見逃さなかった。


「僕の母親は、僕が生まれてすぐに亡くなってね……その後父は再婚し、ミチルが生まれた。だが彼女の母親は、数年前に彼女を連れて家を出てしまった。厳格な父は、すぐに離婚の手続きをして縁を切った。その後、ミチルは旧姓の水沢を名乗って、ウチの学校に入学してきた……」


そう言って、ミチルに視線を走らせる会長。

それに気付いた少女は、すぐに目を伏せた。


「だが事情が事情だけに、二人の関係は公にしないでおこうと決めたんだ。お互いに過度の接触は避けようと話し合ってね……」


狭い休息所に、歯切れの良い声が朗々と木霊する。

皆、押し黙ったまま耳を傾けていた。



************



「……それで、会長殿から調査を依頼されたと?」


遠方の鳥居を見下ろしながら、紀里香が呟いた。

ワザとらしく、無表情を装っている。


「別に依頼された訳ではないわ。何か気付いた事があれば教えてくれと頼まれただけ」


美乃も、鳥居に目を向けたまま答える。


「会長さんに、そんな事情があるなんて知らなかった」


驚き顔で囁いたのは、朝霧あさぎり百合子ゆりこだった。

空気を察して、皆と同じように鳥居を見つめる。


三人とも顔を合わせず、前を向いたまま内緒話を続けた。

周囲に聴こえぬよう、声も落としている。

まるで、スパイ映画のワンシーンである。

実はこの三人……

今回のグループ学習のメンバーなのだ。


グループの規定人数は五名──


となると、残りの二人は……


「か、観音サマ、またハズれっス!」

「う、うるさい!今のは風の影響だ!そして僕は、観音寺だ!」


鳥居を指差しわめく凪に、観音寺かんのんじ学斗がくとが怒鳴り返す。

二人ともが、両手に何枚もの【かわらけ】を抱えていた。

先ほどから、鳥居抜けの勝負をしているのだ。


「と、統計学的にみても、こんなものが当たる確率は低いに決まっている」

「そんな事言ったら、に怒られます」

「そんなもの迷信に決まってるだろ。それになんだ『竜ちんサマ』って……それを言うなら八大竜王だ!」

「おお……さ、さすが観音!」

「むわっハハ、トーゼンだっ!ぁみたか、フヌケ君!そして僕は観音寺だ!」


美乃たちから、少し離れた場所で大騒ぎする二人。

あまりのレベルの低い会話に、書いてて恥ずかしくなってきた……(筆者)


「アンタたち、いい加減にしなさい!」


さすがに業を煮やした美乃が、げきを飛ばす。

凪と学斗が、叱られた小学生さながらに背筋を伸ばし硬直した。


「それで結局どうすんの?このままには、しておけないっしょ。私たち、ほら……美少女探偵団だし」


そう言って、紀里香が目を輝かせる。

探偵がしたくてしょうがない様子だ。


「でも今回は、高津川会長のプライベートも絡んでるし……」


言葉をにごす美乃。

実のところ、真相を知りたい気持ちは彼女も同じだった。

だが、依頼もされていないのに勝手な事はできない。


「ではいっそのこと、グループ学習の題材にしたらどうかしら。竜神はここの祭神だから、調べても不自然じゃないと思うけど……」

「それよ、それ!ナイスよ、百合子!それでいこ」


遠慮がちな百合子の提案に、紀里香がしたり顔で膝を打つ。

自分を見つめる二人の視線に、美乃は肩をすくめた。

同意するしか無さそうだ。


「アンタたちはどう?それでいいかしら」


美乃は、まだ直立不動の体勢をとっている凪と学斗に尋ねた。


「むぉちろん、賛成だ。僕のプロファイリングで、一気に解決してやるさ!」


鼻息荒く、学斗が吠える。

髪をかき上げ、誰もいない琵琶湖に向かって流し目を送る。


残る一名に全員の視線が集中した。


半分眠りかけていたフヌケ大王が、ハッとしたように顔を赤くする。

ヘラっと笑みを浮かべ、そしてひと言……


「り、竜ちんシャマの……【かわらけ】を……見つけましょう……とか……とか」

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