人狼ゲーム同好会

植原翠/『浅倉さん、怪異です!』発売

人狼ゲーム同好会

「人狼ゲーム、ですか」

「オーナーも参加しますか?」

 真夏の真ん中、とある孤島にある、小さな民宿。私はここのオーナーとして、今日も六人の宿泊客を迎えた。到着して数分もすると、彼らは談話室でテーブルゲームを始めた。

 客のひとりである青年、日野くんは、『人狼ゲーム』なるゲームのカードのパッケージを手渡してきた。

 プレイヤーはとある村の村人となり、その中に人狼が混ざる。夜になると、村人がひとり人狼に食べられてしまう。村人は昼の間に話し合いをして、誰が人狼か探り合う――というゲームらしい。

「ふむ。私は会社を定年退職し、こんなしょぼくれた民宿を経営しているおじいちゃんですよ。些かルールが難しい。ここは遠慮して、夕食の支度をしておりますね」

「そうですか。人数がもう少しいたほうが楽しいんだけど……」

 残念がる日野くんの隣で、彼より十歳は若いであろう女の子が元気よく手を上げた。

「それじゃ、興味湧いたら参加してよ! ルールはあたしたちが教えてあげる!」

『人狼ゲーム同好会』。本日の宿泊客たちは、そんな名前で予約を入れてきた。

 彼らはオンラインのテーブルゲームで知り合ったネット友達。オンラインだけでは飽き足らず、実物のテーブルゲームを用いて遊ぼうと思い立ち、こうして「オフ会」を開催したのだ。なんと今日、全員が初対面だ。随分と仲が良さそうに見えるが、それは顔を見せずともネット上で一緒にたくさん遊んでいるからなんだとか。……ふむ。やはりおじいちゃんには難しい。

 ふいに、ソファに座っていた明るい茶髪の男がため息をついた。

「火島ちゃんがこんなにかわいいとはなあ」

「ね。私、火島ちゃんのこと草臥れたオッサンだと思ってた」

 同調するのは向かいに座る痩せた女である。火島ちゃんと呼ばれているのは、先程私に声をかけた元気な女の子らしい。彼女はソファのふたりを交互に見比べた。

「あたしだって、水谷さんはきれいなお姉さんだと思ってたし、木下さんのことキモオタだと思ってたよ」

「まあテーブルゲームってプレイヤーを騙してなんぼのゲーム、結構あるからな。人狼だってそうだろ。俺たちは役者なんだよ」

 そう言っている水谷さんは、きれいなお姉さんだと思われていたらしいが、実物は日焼けした背の高い男性である。

 今日が初対面という彼らは、全員が全員、ネットで話していて思い込んでいたキャラとまるで別人なのだそうだ。

 ネット上ではおバカキャラだった日野くんは、実際には有名大学を卒業して有名商社に勤める聡明なエリートサラリーマン、弱音を吐いてばかりで落ち込みやすい火島さんは明るく元気な女子高校生。大人のお姉さんとして皆をまとめていた水谷さんはチャラ男の美容師で、ネットスラングを連発しキモオタを自称していた木下さんは勝ち気で凛とした女性会社員。無邪気な言動から弟分扱いでかわいがられていた金澤さんは、筋肉質なプロの格闘家。逆に頼れる兄貴だと思われていた土屋くんは、物静かで大人しい大学生だった。

「とはいっても、別に、キャラを演じてたわけじゃないよ。ネット上のキャラは、あくまで俺の内面みたいなもので……」

 金澤さんが照れ笑いをする横で、土屋くんもこくこくと頷く。もしかしたらネット上の姿が彼らの内面を曝け出した素の姿で、実物の人間は社会の中で生きていく上で演じている人格なのかもしれない……と、私は思った。

 談話室の様子は、キッチンから見える。年齢も性別もバラバラなのに、そんなのも関係なく楽しそうに遊んでいる彼らの様子を、私は微笑ましく眺めていた。ネット上の人格とは随分違ったと言いながらも、こうして打ち解けて仲良く遊んでいる。

 この民宿は、本州から連絡船で二時間の島の端っこに、ぽつんと建っている。客室の数は八つしかなく、そのうちひとつは空調が壊れてしまい今は貸し出していない。

 人狼ゲーム同好会の彼らは、それぞれひと部屋ずつ寝室として借りているが、本人たち曰く夜通し談話室でゲームをするつもりらしい。眠たくなったら各自抜けて、部屋で休むのだそうだ。持ち込まれたゲームは人狼ゲーム以外にもあり、人数に応じて遊ぶゲームを切り替えるという。

 現在彼らがやっている人狼ゲームは、ゲームマスターが仕切り、それ以外がプレイヤーとなり村人陣営と人狼陣営に分かれて勝敗を決めるゲームだ。流れとしては、昼の間に話し合いで人狼と疑わしいプレイヤーを吊り、それが人狼であれば退治できる。しかし罪なき村人であれば村人がひとり冤罪で死刑になり、そしてその夜、人狼が別の村人をひとり食い殺す。村人の中には占い師がいて、夜の間にひとりだけ、プレイヤーの誰かを人狼であるか否かを占うことができる。占い師のような特殊な能力を持つプレイヤーは他にもいて、人間役でありながら人狼の味方である狂人、選んだプレイヤーを人狼から守れる狩人などがいる。しかしこれらの「役職」は嘘をついて場を引っ掻き回すこともできるので、例えば狂人が占い師のふりをして、嘘の占い結果で村人を惑わしたりする。

 キッチンから眺める人狼ゲームは、すでに五周目に入っている。彼らはゲームマスターを交代し、人狼や役職を増やしたり減らしたりして、盛り上がっている。

 私は彼らが囲むテーブルの向こう、大きなガラス窓の向こうに目をやった。まだ明るいはずの夏の夕空が、徐々に暗く翳ってきている。今夜から明後日にかけて、大雨の予報だ。そんな重たい空気も、彼らの楽しそうな雰囲気が吹き飛ばす。

 木下さんが長い脚を組み直した。

「あー、楽しい。ツッキーも来れれば良かったのにね」

「それな。てかツッキー主催なのに、ドタキャンとかねえわ」

 水谷さんが頷く。キッチンから見ていた私はつい、口を挟んだ。

「ツッキーというのは、月岡様のことですか?」

「そうです。ハンドルネームがツッキーなんですよ」

 日野くんが私を振り向く。

 月岡沙織さんは、この民宿に予約の連絡を入れてきた張本人である。しかし当日になって体調不良で参加を辞退し、ここにはいない。

「このオフ会を企画して、宿の予約まで手配してくれたのに、本人が来られないなんてね。ツッキー自身もがっかりしてるだろうな」

 残念そうに苦笑して、日野くんは切り替えてゲームに戻った。

 このときはまだ、その夜に起こる惨劇を、彼らの誰も予想できていなかったことだろう。


 *


 翌朝。キッチンで朝食を作っていた私の耳に、絹を割くような悲鳴が届いた。

「キャー! か、火島ちゃんが!」

 何事かと駆けつけると、女子高校生の火島さんが借りていた部屋の前で、細い女性が尻餅をついていた。木下さんである。

「お、オーナー! 火島ちゃんを起こしにきたら……!」

 昨日までの落ち着いた様子はどこへやら、木下さんはガタガタ震えて取り乱している。他の部屋にいた客たちも悲鳴を聞きつけて集まってきた。

 私は恐る恐る、火島さんの部屋を覗いた。

「か……」

 声は、そこで止まった。火島さんが寝そべる布団が、真っ赤に染まっている。そこに横たわる若い女性は、微動だにしない。胸には刃物で刺されたような傷。

 腰を抜かした木下さんの横で、私は立ち尽くし、他の客たちも絶句していた。

 火島さんが、夜の間に何者かに殺された。


 私たちは一旦、談話室に入った。木下さんはまだ泣きじゃくっているし、他の客らも顔面蒼白で呆然としている。

 沈黙を破ったのは、日野くんだった。

「人が亡くなったんです。警察を呼びましょう」

 冷静を取り繕う彼に、私はおずおずと言う。

「それが……この嵐の落雷の影響で、電話が使えないんです」

「なんだって!」

「電波塔がやられているのか、携帯も繋がりません」

「なら直接、島の交番とか、駐在所に行きましょう」

「それも無理なんです。ここと駐在所のある区画を繋ぐ唯一の橋が、これも嵐で落ちてしまって……」

 震えて話す私に、木下さんがヒステリックに叫ぶ。

「こんな大荒れの天気になるのは分かっていたのに、予約を受け付けたの!? 無責任だわ!」

「やめろ。オーナーに八つ当たりするなよ」

 金澤さんが木下さんを制する。私はしょんぼりと頭を下げた。

「すみません……私はご予約前に、危険だとお伝えしたのですが、月岡様がどうしてもこの日程でと仰るので……」

 すると物静かな土屋くんが、急に大声を出した。

「それじゃ、電話が通じるようになるまで待てと言うのか!? この中に……この中に、人殺しがいるのに!」

 彼の言葉に、全員が凍りつく。理解はしていても、考えないようにしていたそれを、土屋くんははっきりと言葉にしてしまった。

「だってそうじゃないか。他の誰かが侵入したんじゃなければ、この中の誰かが火島ちゃんを殺したんだろ! 俺はお前らなんかと一緒にいたくない!」

 喚く土屋くんを宥めたのは、日野くんだった。

「落ち着いてくれ。一緒にいたくないと言ったところで、この嵐じゃ連絡船は欠航してる。帰れないんだよ、僕らは」

 そして彼は、全員の青い顔を見渡した。

「とはいえ、人殺しがいるのなら放ってはおけない。これ以上危険が広がらないように、犯人を取り押さえておかなくちゃならない」

 日野くんの神妙な声が、談話室のじめじめした空気に溶ける。

「つまり……火島ちゃんを殺したのは誰なのか、はっきりさせる必要がある」

 少女を殺したのは誰なのか――。彼らの話し合いが始まった。

 全員の持ち物を検査したが、凶器らしき刃物は見つからない。犯人はこうなることを予測して、先に隠したのだ。日野くんが仕切る。

「今朝、火島ちゃんの部屋の鍵は開いていた。つまり彼女がかけ忘れたのでなければ、誰かが彼女に開けさせ、部屋に入ったということだ」

 木下さんが開けられたのは、鍵がかかっていなかったからだ。

「昨晩の流れを確認しよう。火島ちゃんは、僕らの中で誰より早く眠気に負けてゲームから離脱した。それは皆、覚えているね」

 火島さんは六人の中から抜けて、部屋でひとりになっている。

「その後に抜けたのは土屋くん。火島ちゃんの三十分後くらい。その次は木下さんだ」

 思い出しながら話す日野くんに続き、金澤さんが頷く。

「その直後、『女がいないからつまらない』と言って水谷くんが抜けた。人数が少なくなって遊べなくなったから、俺と日野くんもお開きにした」

「あの……」

 そろりと手を上げたのは、木下さんだ。

「昨晩、私の部屋に水谷さんが来た。そして私を押し倒そうとしたの」

「えっ。そうなのか、水谷さん」

 日野くんが水谷さんを振り向くと、彼はドキッと飛び跳ねた。

「そ、そんなまさか」

「この人は元々、女漁り目的で参加していたのよ。私は拒否して突き飛ばして扉の鍵を閉めたけど……」

 木下さんはそこで、息を詰まらせた。

「私に拒絶されたから、次は火島ちゃんのところへ行ったのね」

「なっ……!」

 身動ぎする水谷さんを振り向き、金澤さんが目を見開く。

「そうだ。水谷は『女がいない』という理由でゲームを抜けたような奴だ」

「違う、俺じゃない!」

 水谷さんが必死に首を横に振る。

「木下さんの部屋に行ったのは本当だ。でもその後は自分の部屋に戻った。火島ちゃんのところへは行ってない!」

「証拠がないわ。あなたがいちばん怪しい!」

 木下さんに指差され、水谷さんは汗を流して固まった。反論できない彼は、やがて闇雲に叫んだ。

「俺じゃない! そうだ、それなら今日は、俺は部屋にずっと篭ってる。これでもしも他の人が殺されたら、俺じゃないって証明になるか!?」

「自分の部屋からなら、自由に出てくるでしょ! それに私、隣の部屋に人殺しがいるなんて嫌!」

 木下さんが即座に拒否した。大声が飛び交う中、日野くんが私に目をやる。

「オーナー、外から鍵がかかって、中から開けられない部屋はありますか?」

「ええ……ひとつ、今は貸し出していない部屋がありますが」

 空調が壊れた、使っていない部屋である。そこはお客様が入ってしまわないように、廊下側から南京錠で厳重に封じている。

「ですが空調が壊れているので、こんな真夏にそこにいたら熱中症になってしまいます。やめましょうよ」

「熱中症くらいなんだよ。こいつは人殺しだ」

 土屋くんが決めつける。水谷さんも、半ば自暴自棄になって吐き捨てた。

「くそ。言ってろ!」

 そうして、「水谷を吊った」形で、その日の昼の話し合いは終結した。


 *


 しかしその晩、惨劇は再び起きた。

「今度は木下さんが……!」

 翌朝になると、木下さんが部屋で殺されていたのだ。火島さんと同じく、刃物で刺されている。日野くんが愕然とする。

「水谷さんじゃなかったんだ。金澤さんか土屋くん……君たちのどちらかが、彼女たちを殺したんだ」

「お、お前かもしれないだろ、日野!」

 土屋くんが叫び、そして私にも顔を向ける。

「それに、オーナーかもしれない」

「私ですか!?」

 素っ頓狂な声を出した私を、金澤さんがフォローした。

「オーナーなわけないだろ! 自分の民宿で人が死んだら、マイナスでしかない」

「とにかく、水谷さんを解放しませんか。彼はなにもしてなかったんですから」

 私が言うと、日野くんがハッとして頷いた。私は南京錠の鍵を持って、水谷さんを閉じ込めた部屋に向かった。念のためにと日野くんたちもついてきている。扉を開けるなり、私たちは固まった。

 水谷さんが、床で伸びている。

「水谷さん!」

 水谷さんは、この蒸し暑い部屋に閉じ込められ、食事も水分すらも摂れず、熱中症で死んでいた。


 私たちは談話室に戻り、話し合いを始めた。真っ先に発言したのは、金澤さんである。

「あの部屋に閉じ込めようと決めたのは土屋だ。オーナーは止めたのに!」

 焦燥からか、彼はかなり感情的になっていた。

「土屋が水谷さんを殺したも同然だ」

「俺のせいじゃない! 水谷を犯人と決めつけたのは、木下さんだった!」

 土屋くんも負けじと声を荒げる。だが体の大きな金澤さんには、迫力で押し負ける。

「その間違った推理をお前が後押ししたから、犯人が野放しになって木下さんも死んでしまっただろ!」

 それに、日野くんが落ち着いた声で同調した。

「うん……疑いの目を自分から背けるために、木下さんのズレた推理に乗っかったとも取れるね」

「そうだ! それに土屋は、さっきオーナーまで巻き込もうとした。こいつがいちばん危険だ」

「じゃ、次は彼を閉じ込める?」

 日野くんが冷たい目で言うと、土屋くんは震え上がった。

「絶対に嫌だ。さっきの水谷を見たろ。あんな死に方したくない」

「だけど、水谷さんをそうしたのは君だよ」

 日野くんは冷徹に言った。金澤さんが立ち上がり、土屋くんの細腕を掴む。

「俺たちだって人殺しにはなりたくない。せめて夜の間だけ、あそこにいてくれ」

「嫌だー!」

 喚く土屋くんを無理やり拘束して、彼らは昼の話し合いを終えた。


 *


 その夜。私が寝泊まりする管理人室に、金澤さんが訪ねてきた。

「土屋を拘束したけれど、日野が犯人である可能性が消えたわけじゃない。もしかしたら今夜、彼は俺かオーナーを殺しにくるかもしれない」

 格闘家のがっちりとした体の大きな影が、私をすっぽり包んでいる。

「そこで……俺とオーナー、ひと晩一緒にいませんか。ひとりでいるより、ふたりで警戒した方が安全だと思うんです」

「たしかにそうだ」

「日野が襲ってくるとしたら、格闘家である俺より、おじいちゃんのオーナーを狙うと思う。俺がオーナーを守ります」

 そう言った金澤さんは、さながら人狼ゲームの「狩人」みたいだった。

「なんて、オーナーが俺を疑ってたら、こんな恐ろしい提案はないですけど」

「まさかそんな。金澤さんはお優しい方だ。ぜひ私にも、守らせてください。私が至らないゆえにこんなことになってしまいましたが、私も、オーナーのプライドで、お客様であるあなたを守りたい」

 この優しく勇敢な金澤さんは人殺しではないと、私は確信していた。

 もちろん、日野くんが犯人だとも、土屋くんだとも思いたくはない。でも今は、金澤さんと結託しておくべきだ。

 雨と風の音が窓を叩く。嵐はまだ、過ぎていきそうにない。夜更けの室内でしばらく世間話をしていた私と金澤さんだったが、私が欠伸をすると、金澤さんは穏やかに言った。

「お疲れでしょう、オーナー。休んでください」

「でも、金澤さんをお守りしたいので」

「交代で寝ましょう。先にオーナーから、おやすみなさい」

 唸る嵐の音の中で、金澤さんの声は安心させてくれる温かみを孕んでいた。


 *


 金澤さんの遺体が見つかったのは、もうすぐ夜が明ける、そんな頃合いだった。

 交代で見張りをしようと話していた金澤さんは、管理人室を出て数メートルの廊下で、背中に刃物が刺さった姿で発見された。

 彼を見下ろして呆然としている私の元へ、日野くんが駆けつけてきたのだった。

「眠れなくて、オーナーの様子を見に行こうと思ったら……これは……」

 日野くんの顔色が変わる。

「土屋があの部屋から脱出したのか!?」

 珍しく慌てる日野くんに、私は言った。

「それはありませんよ。管理室にあるモニターから、監視カメラで観ておりました。土屋くんはつい先程、気が狂って自殺しました」

「は!?」

 水谷さんの遺体や漏れ出した排泄物の匂い、そのせいで嘔吐した自分の吐瀉物、それと猛烈な蒸し暑さの中で、土屋くんは正気を保てなかったようだ。

「いよいよあなたひとりになりましたね、日野くん」

 私は、金澤さんの背中のナイフを抜き取った。ぱたぱたと落ちる血が、廊下を汚す。日野くんが後ずさりする。

「まさか……オーナー、あなたが……」

 金澤さんは素直な人だった。狸寝入りをする私に、簡単に背中を見せた。私が刃物で刺すとようやく気がついて、部屋を逃げ出したけれど、このとおり廊下で絶命した。

「改めまして。私はこの民宿のオーナー」

 火島さんと木下さんは単純だった。オーナーである私がルームサービスだと言えば、あっさりと部屋の扉を開けた。

「そして」

 私は血の滴る刃の先を、日野くんに向けた。

「ハンドルネーム、ツッキーです」

「はあ!? ツッキーは女性のはずじゃ……本名は月岡沙織で……いや……」

 日野くんが、ようやく気づいた。宿の予約をしたのは月岡沙織。それがオーナー自身であれば、名前を偽ることくらい、容易であると。

「人狼ゲーム同好会の皆さんを、私の宿に招待させてもらったんです。狼を見抜けるかどうか、遊んでみたくて」

 オンラインだけでは飽き足らず、実物の彼らで遊ぼうと思い立ち、こうして「オフ会」を開催したのだ。

 日野くんが声を呑み、すくんだ足で逃げようとする。でももう遅い。人狼ゲームは、村人と人狼の数が同じになった時点で、人狼の勝ちなのだ。


 あなた方がネット上と素の自分が別人であるのと同じように、私だって演じていた。気の利く女性ツッキーこと、月岡沙織を。善良な民宿の主人を。

 疑われないように演じて、騙すのです。

 もちろん、読者のあなたをも。

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