第8.7話 結局合流
今までいなかったものが突然現れた。これをどう捉えるかで運命が変わる。それは幸運の女神なのか、それとも厄災の使者なのか。俺の勘は後者だと訴えている。実際、前から歩いてく人影は、安心出来るような存在とは到底思えなかった。
「ヤベェ……」
俺はゴクリとツバを飲み込むと踵を返す。そして、すぐにその人影から距離を取ろうと駆け出した。近付きすぎると襲ってくる気がする。根拠はないけど、俺の心の中は既に恐怖で満たされてしまっていた。
ここは逃げるのが正解。そう訴える本能に従うのが一番生存確率が高いハズだ。
こうして、俺は無我夢中で足を動かして大地を蹴る。部活で鍛えていたからだろうか、走り続けても特に疲労は感じない。放課後に疑問を感じながら走っていた経験がこんなところで役に立つとは……。無駄だと思っていても走り込みをしていて良かった。
あの人物は俺が逃げたから追いかけてくるだろうか? ダメだ、怖くて振り返られない。俺は迷いを断ち切ろうと、大声を上げて更にスピードを上げた。
「うおおおおーっ!」
真っすぐ走っているだけじゃ、追いつかれる恐怖は消えやしない。そこで、俺はまた手ありたり次第に目についた道に次々に入っていく。好き勝手に動く事で、この得体の知れない恐怖ごと振り切ってやるんだ。
そんなランダム走行で角を曲がり切ったところで、俺はゾンビに追いかけられていた少女とまた合流する。どんな偶然か分からないけど、振り出しに戻ってしまったようだ。当然のように大量のゾンビを引き連れている。
「や、やあ……」
「……」
一度見捨てて離れた事を根に持っているのか、彼女は俺の挨拶をスルーする。少女は恐怖がそうさせているのか、俺と並んで走っていた。男子と張り合える脚力と言う事は、陸上部にでも入っているのかも知れない。
とは言え、偶然こう言う形になっただけなので上手くコミュニケーションは取れなかった。
気まずいのもあって俺は意識して彼女と顔を合わせなかったものの、やがて向こうの方から視線を向けてきた。
「あなたも、結局何も出来ないんだ……」
「えっ? いや、だって……」
「助けを呼ぶとか……。でも無理か、ゾンビだもんね」
陸上系女子は1人で話を完結させていた。ゾンビに追いかけられるとか、普通はそんな非常事態に適切な行動なんて取れないだろう。アメリカのゾンビ映画なら銃をぶっ放すとかできるんだろうけど、ここは日本で俺は武器的なものを何ひとつ持ってない。警察を頼ろうにも、通報して説明をしている間に襲われてしまうだろう。
この状況の場合の正解は逃げ一択。それしかない。それ以外にある訳がない。だからこそ、彼女も自分の要求を引っ込めたのだ。
走りながらチラチラと背後を確認する。見たところ、ゾンビの勢いは全く衰える様子はないようだ。数こそ増えてはいないものの、多分体力、特に持続力はあっちの方が上だろう。
俺はこの状況を何とか打破出来ないかと情報を求めた。
「でも何でこんな事に?」
「知らない。気が付いたらゾンビが襲ってきた。この街ってこう言う事がよくあるの?」
「よくあったら一緒に逃げてないって! 俺もこんなの初めてだよ!」
「だよね。良かった、こう言うのが普通じゃなくて」
彼女はそう言うと急に笑い出した。俺も同じ状況だと分かって安心したのかも知れない。その笑顔を見て、俺も少しばかり緊張感が弱まった。
「あはは。全然笑える状況じゃないのにね」
「でも恐怖と笑いって紙一重とも言うし……。俺もこの状況、おかしくて笑っちゃうよ」
「私は宮児嶋マイ。あなたは?」
「え? 俺?」
いきなり自己紹介を促されて困惑するものの、この状況が続く限り俺達は協力して逃げ延びなくてはならない。そのためにはお互いの名前を知っておく必要だってあるだろう。そこで、俺も自分の名前を口にする。
「ハルトね、分かった。よろしく!」
「あ、ああ……」
俺はマイの顔をここでハッキリと目に焼き付ける。年齢は近いとは思うものの、やはり初対面だった。そしてかなりの美少女だ。俺は彼女に対する興味がむくむくと湧いてくる。
「俺、16歳なんだけど、君は?」
「私も16歳。高1」
「え? 同級生なんだ。奇遇だね。この辺に住んでんの?」
「この辺っちゃこの辺だけど、私、越してきたばかりなんだ。だからよく分かんない。今日も道に迷っちゃって、それでゾンビが……」
引っ越してきたばかりなら、俺が知らないのも当然だった。しかし災難だよな。新しくやってきた街でいきなりゾンビに襲われるだなんて。こんな恐怖体験はないわ。
もっと色々話したかったものの、ゾンビに追いかけられているこの状況では呑気に雑談もしていられないだろう。
一生懸命に走っていると、俺達の目の前にいい感じのビルが見えてきた。ここに入ってドアに鍵をすればあのゾンビ達をやりすごせそうな気がする。もしくは、その先の路地に逃げ込むと言うのもありかも知れない。
少しの間考えた俺は――。
目についたビルに逃げ込む
https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649103600510
その先の路地に逃げ込む
https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649105390933
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