第9話 路地のその先は

 入った事のないビルに勝手に入ると言うのもマズいだろう。今が緊急事態とは言え、もっと走った先にもっと入りやすい建物があるかも知れない。電気屋さんとか、ドラッグストアか、コンビニとか、ご飯屋さんとか――。

 そう結論を出した俺は、ビルを素通りして路地の方に逃げ込む。


「こっちへ!」

「へっ?」


 そのまま真っすぐ走っていこうとしたマイの手を掴んで、俺達は建物と建物の隙間の細い道に入った。

 ゾンビは単純だから、いきなり進路変更すればすぐには反応出来ない。それが俺の出した結論だ。この目論見は成功し、ゾンビの団体は大通りを走り抜けて行く。俺は計算通りになったと足を止め、ほっと胸をなでおろした。


「何とかなったァ……」

「やるじゃん」


 一息つく事が出来た俺達はハイタッチをする。取り敢えず、ほとぼりが冷めるまでここにいよう。そう思った俺は、ゾンビ達に見つかる可能性を少しでも低くしようと、この路地の奥に向かって歩き始めた。

 ある程度進んだところで、隣を歩いていた彼女が何かにつまずいて盛大に転ぶ。


「あた!」

「大丈夫?」

「うん、何とか。絆創膏持ってない?」


 マイに求められた俺はポケットの中をまさぐる。確か、もしものために3枚くらい絆創膏を持っていたはずだ。俺がそれを探している間に、さっきの騒ぎを1人のゾンビが気付く。


「ルオオオオ?」

「ヤベ!」


 集団で動いているゾンビは、1人が何かに気付くとすぐ軌道修正をする。路地に1人が入り込むと、すぐに他のゾンビが後に続いてきた。狭い路地だ、入り口が塞がったら後は反対方向に逃げるしかない。


「ヤツらが来た!」

「えええっ!」

「とにかく逃げよう。早く!」


 俺はマイの手を握って逃走を再開。狭い道を全速力で駆け抜けた。細い道はどこにも枝分かれせず、唐突に終わりを告げる。


「行き止まりだあ~っ!」

「嘘でしょ~?」


 正直、この展開が予想に入っていなかった訳じゃない。ただ、悪い予感は当たるって話もあったから考えないようにしていたのだ。そして、その最悪が現実のものになってしまった。

 ゾンビは迫ってくる。逃げ場はない。となると選択肢はひとつだ。


「ここで、迎え撃つ!」

「武器とか持ってるの?」

「何もないよ! でも戦う以外ないんだ!」

「絶対負けるよ!」


 マイは俺の袖を引っ張って、何か他の方法がないか一生懸命に急かす。俺だって何か思いついたらその方法を実行したい。でも何も思いつかないんだ。焦ると更に頭の中は空っぽになる。この場を乗り切るナイスなアイディアなんて、そう簡単には思い浮かびはしない。

 そんな感じでグダグダやっている内に、ついにビゾンビが俺達の前にやって来た。お互いに壁を背にしているものの、それが気休めだって事は2人共分かっている。


「くくく、来るならこーい!」

「話し合いましょ、ねえ!」


 俺達2人が取った手段は見事にバラバラだった。そして、ゾンビは普通に馬鹿だった。交渉なんかが成立するはずもなく、次々に飛びかかってきて好き放題に俺達を齧った。

 不思議と痛みは余り感じなかったものの、体の部位がどんどん腐っていくのが分かる。


「嫌だー! ゾンビになんてなりたくなーい!」

「私だってイヤーッ!」

「ああ……頭の中が空っぽになるぅ~」

「アレレ……アハハ……キモチイイ~」


 ゾンビ化した俺は段々難しい事が考えられなくなっていった。それは俺ばかりじゃなくて、共に齧られたマイも同じ症状を発症していた。その内、自ら考える事も出来なくなるのだろう。

 あはは、うふふ……。ゾンビはいいな。学校も試験も何にもない。この素晴らしさをみんなに伝えないといけないな。そうだ、そうしよう……。


「ウヒヒヒヒ……」


 ちらりと横を見ると、同じく齧られた彼女もどんどん腐っていって顔が真っ青になる。更には目の光も消えていた。きっと俺も同じ感じになっているんだろうなあ。


 ああ、どうでもいい……何も……かも……。



 2人は仲良く噛まれて共にゾンビになったエンド




 もう一度最初から

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330648990233938

 このエピソードの最初から

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649068856685

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