第13話 様子を見てみよう
神域はとても静かだ。ここにいればきっと安全だと思う。ただ、確認していない安全は小さな不安の種を生み、やがてそれが大きく成長していく。このマイナスの増殖を止めるには、安全を確認するしかなかった。
そう言う結論に達した俺は立ち上がって、隣のマイの顔を見る。
「ちょっと様子を見てくるよ」
「え? でも……」
「大丈夫。ちょっと確認するだけだから」
俺は軽く笑うと、参道を外に向かって歩き出した。石段に近付くにつれて不穏な気配が強くなってくる。それをただの錯覚だと振り切って、俺は一歩一歩に力を込めて石段まで辿り着いた。ここから見下ろして、何もないのを確認すれば終わり。それは、何て事のない簡単なミッション――の、はずだった。
俺は、下界の様子を見ようと額に手を当てて恐る恐る首を伸ばす。
「えーっと……」
この時、いきなり視界に飛び込んできたのは、石段をぞろぞろと登ってくる腐った死体達だった。さっきまで気配がなかったのはここが神域だったからじゃなくて、単に見失っていただけだったのか。ヤツらはついにこの神社に目をつけてやってきたんだ。
俺はすぐに踵を返して本殿で休んでいる彼女のもとに走る。ゾンビは足が遅いから、まだ十分間に合うはずだ。
「マイさん、ヤバい、ここも嗅ぎつかれた! 逃げうがあああ!」
俺が走りながら訴えていたところで、突然背中に激痛が走る。動きが遅いと思っていたゾンビに噛みつかれてしまったのだ。まさか、ゾンビがここまで素早く動けるだなんて……。襲われて前のめりに倒された俺は、その後も次々にゾンビ達の攻撃を受けてしまった。
ダメだ……痛すぎてもう何も考えられない。感覚も何もない。彼女は大丈夫だろうか……うぅ……。
「キャアアアア!」
薄れゆく意識の中で女子の悲鳴が境内に響き渡る。ああ、間に合わなかったんだ。ちょっと休んでまたすぐに逃げ出せば良かったんだ。どうしてそう言う考えが思いつかなかったんだろう。ああ、全ては後の祭りだ……。ここまで頑張ったのに。
もう、何もかも分からない。暗闇で無音、無痛覚の無の世界がやってきた。これが死ってやつか……無念。
完全に闇に取り込まれてどれくらいだっただろうか。一度途切れた意識が再起動する。人間の体と意識のまま復活した訳じゃない。そんな都合のいい話はない。
「あぐ?」
そう、俺はゾンビになったのだ。知能指数はガクンと下がったものの、もう襲われないと言う事実と仲間がいると言う安心感がオレの心を軽くハイにさせる。
ゾンビに目覚めてすぐに周囲を見渡すと、目の前には同じくゾンビになったマイがいた。
「ぐあ?」
「あぐあぐ」
俺達はお互いを確認しまう。ゾンビになっただけあって可愛かった彼女も今では青白くて生気を失った別人の顔だ。この時点の俺達はお互いにまだ自我があったものの、やがてそう言うのもなくなるだろう。俺達はゾンビだ。個であり群れ、群れであり個。集団の中で集団の意思で動く。つまり何も考えなくていい。
ああ、何て素晴らしいのだろう。もう何も悩みなんてない。ゾンビも悪くないな。
油断してゾンビになったエンド
もう一度最初から
https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330648990233938
このエピソードの最初から
https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649068856685
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