第11話 地下の秘密実験室

 こう言う場合、意外とセオリーと反対を選ぶ方が正解だったりする。この時の俺はそんな天邪鬼な思考に支配されていた。普通と逆と言う事で、俺は地下に降りる方を選ぶ。


「地下は3階までか。じゃあ3階だ!」


 化け物が徘徊する建物で地下に降りると言う事は、更なる深淵に臨むと言う事と同義だ。どんな危険が待ち構えているか分からない。そのはずなのに、俺はかなりテンションが高くなっていた。この選択が絶対に正解だと強く確信したのだ。特に何の根拠もなく。

 そして、エレベーターは最下層の地下3階に辿り着いた。ゆっくりと扉が開く。


「さあ、大冒険の始まりだぜ!」


 俺はバールをしっかり握ると、エレベーターの外に向かって一歩踏み出す。地下3階は電気が生きていて、廊下の照明もハッキリ点いていた。相変わらず人の気配はなかったけれど。

 俺はキョロキョロと周りを警戒しながら、ゆっくりと探索を始めた。


 ここは地上1階と違って広い部屋が多い。入れる部屋は多くなかったものの、外から中を覗く事が出来たため、それでどんな部屋かを把握出来た。


「何かの実験室……なのか?」


 それらの部屋の多くは、アニメでよく見るマッドサイエンティストの研究室で目にするような設備が並んでいた。SFの人工冬眠用に使うみたいな、等身大のカプセルの並ぶ部屋もある。

 俺は1階で見た緑の化け物が、ここで作られていたものなのではないかと推測した。


「偶然入っただけだけど、こんな研究施設が街の中にあるってヤバいな……」


 目にした全ての部屋に入れないまま、俺はこの階の一番奥の部屋にまで到達する。すると、目の前の扉が勝手に開いた。これは誘われていると言う事なのだろうか。

 この謎の挑戦に戸惑ったものの、俺は意を決して中に入っていく。


「毒を食らわば皿までだ!」

「シャアアア!」


 部屋に入った途端、あの緑の化け物が襲ってきた。この展開を想定していた俺は、すぐにバールで応戦する。まずは野球選手のようにフルスイング! 俺からの攻撃を予想出来ていなかったのか、化け物はそのまま一気に壁まで吹き飛んだ。

 ここで手を抜いたらやられると思った俺は、すぐに壁にまで接近してバールで何度も本気で殴ってとどめを刺す。


「オラオラオラオラオラオラァ~ッ!」


 化け物が完全に沈黙したところで俺は正気に戻り、自分のした残虐行為に戦慄を覚えた。


「あ、あああ……。や、やっちまった……」


 相手が化け物だったとは言え、この俺の行為は正解だったのだろうか。化け物は相手にならないくらい弱かった。殴り殺すほどの事はなかったのかも知れない。

 過剰防衛で俺のメンタルが破壊されてしまいそうになったところで、更に奥の部屋のドアが開く。二重扉方式になっていたようだ。俺は半分抜け殻の精神状態のまま、ふらふらとその奥の部屋に入った。


「ようこそ侵入者さん。僕は君達がここに入ってきてからずっと見ていたよ」

「あ……え?」


 このビルに入って初めて他人の声を聞いた。現れたのはヘアスタイルが爆発している丸眼鏡の白衣の男だ。背は高く痩せていて、如何にもな雰囲気を醸し出していた。


「まずは自己紹介が必要かな? 僕の名前ははざま 幹安みきやす。この研究室の主任だ。そして唯一の生き残りでもある」

「俺は吉川ハルト。このビルは一体何なんだ?」

「ああ、順番に説明しよう」


 幹安によれば、このビルは上の階のダミー会社と地下階の研究施設で成り立っているらしい。地下では様々な研究者がそれぞれ好き勝手に法で縛られない研究をしていて、その成果が闇社会に流れていくのだとか。


「何故あなただけがここに?」

「僕はね、ついに異世界に通じるゲートを完成させたんだ。そこまでは良かったんだけど、出てきたのは化け物ばかり。どうやら繋げる世界を間違えてしまったらしい」


 それで、さっき俺が倒したゴブリンモドキとかが大暴れして他の研究員は逃げ出して、逃げ遅れた人は食べられてしまったのだとか。ゲート自体はすぐに閉じられ、もう新たな化け物が現れる事はないとの事。


「ゲートを閉じた後、僕は運良くこのシェルターに逃げ込めてね。それで助かったのさ」


 そう話す彼の目は正気を失っているようにも見えた。マッドサイエンティストの目だ。俺はこの騒ぎの元凶に返す言葉が見当たらない。


「そうそう、君達を閉じ込めたのも僕だよ。このビルの事を知られる訳には行かないからね。ゴブリンモドキに処分してもらおうと思ったんだ。ごめんね」

「な……っ! じゃあ、スマホが圏外になったのも!」

「そうだよ。でも君はバールでアイツを倒した。で、考えを改めたんだ。君なら勝てるかも知れない」


 幹安はそう言うと、俺に何かを手渡してきた。色はシルバーで長さが20センチくらいの握りやすい短い棒だ。いきなり謎アイテムを渡されて、俺は困惑する。


「これは?」

「それはあの化け物に対抗する武器だ。振ると1メートルに伸びる。そいつでしばけばゲートから現れた化け物に効果てきめんなのさ。君は彼女を助けようとここに来たんだろう。あの子は屋上にいるよ。君を背後から襲った別の化け物と一緒にね。そのロッドで助けるといい」

「ど、どもっす……」


 彼の話によれば、マイはそいつ――タコ頭の化け物らしい――に屋上に連れ去られたらしい。部屋にある監視カメラの映像も見せてもらった。確かにそこにはタコ頭の化け物と、そいつに抱えられた彼女の姿が映っている。


「このタコ頭は屋上で一体何を?」

「さあ? 何かを待っているのかも知れないねえ。まだ彼女は無事だよ。急いだ方がいい」

「じゃあ、これ貰っときます!」

「ああ、行っといで」


 俺はヤバい科学者に見送られながら、エレベーターに向かって走った。このエレベーターは最上階まではいけるものの、屋上までは続いていない。屋上へは階段を使って上がらなければいけなかった。

 ただ、幸運な事に俺の邪魔をする者は誰も現れず、何とか無事に屋上に辿り着く事が出来た。


「ハァハァ……。何とかここまでは……」


 俺は呼吸を整えて、心を落ち着かせてからドアを開ける。そこに広がっていたのは外の景色だった。既に太陽は沈んでいて、残照が床を染めている。屋上は平坦ではなく、いくつかの障害物が立ちはだかっている。それがいい目くらましにもなっていた。

 俺は息を殺しながら慎重に障害物に張り付いてその奥の様子を確認する。そうっと首を伸ばすと、確かに話の通りにタコ頭の化け物とマイの姿が視界に飛び込んできた。タコ頭はじっと屋上の床を見つめていて、マイの方は心ここにあらずといった雰囲気だ。


「あのタコ頭、何かを待っているのか?」


 嫌な予感を感じた俺は、すぐに貰ったロッドを振って伸ばす。こうしてみると、軽くて丈夫な棒だ。確かにこれならバールよりは役に立ちそうな気がする。

 専用の武器を手にして気が大きくなった俺は、すぐに行動を開始した。


「うおおおおおお!」

「!?」


 ロッドを振りかぶる俺に気付いたタコ頭が触手が伸ばしてくる。俺はそれを薙ぎ払った。その瞬間、タコ足はちぎれて消滅。この結果にタコ頭は怯んで後退りする。

 逆に俺は今こそが勝機と確信して更に踏み込んだ。ロッドの間合いに入ったところで、俺はめちゃくちゃこの化け物をしばく。格闘技も剣術も身に着けていない俺に出来るのは、無我夢中でとにかく殴り続ける事だけだ。


 タコ頭も反撃しようとするものの、伸ばした触手はロッドによって消滅していく。すべての触手を消したところで、タコ頭は身体を蒸発させて自滅した。


「やった! 勝ったどー!」


 俺は両手を上げて勝利に酔いしれる。こんなに達成感を得たのは生まれて初めてかも知れない。タコ頭の自滅で、ぼうっとしていたマイも正気に戻った。


「あれ? 私……」

「良かった! 戻ったんだ」


 俺は思わずマイを抱きしめる。彼女の方は、まだ現状が把握出来ないのか戸惑っているようだった。俺も流石に抱きついたのはやりすぎかなと思って体を離そうとしたところで――。


 ビルが大爆発を起こした。


「うわああああ!」

「キャアアアア!」


 屋上にいた俺達は見事に吹き飛ばされる。俺はマイだけでも守ろともう一度強く抱きしめた。ここまで来てこんな最後かよと思っていると、彼女の体から謎の光が発生する。

 その光に守られて、俺達はダメージを受ける事なくゆっくりと地面に着地した。


「え? これって……?」

「私、何でこんな力を?」


 どうやらマイも自分の力の事を知らなかったらしい。窮地に陥った事で覚醒したのだろうか。漫画とかではよくあるパターンだ。

 とにかくこうして俺達は無事に生還に成功する。安心した俺は大きくため息を吐き出した。


「ちょ、もう離して欲しいんだけど」

「あっ、ごめ……」


 彼女の言葉で、俺はずっと抱きしめている事に気付いてすぐに離れる。気恥ずかしくて周囲に微妙な空気が流れた。

 しかし、そんなラブコメな雰囲気はすぐに吹き飛ばされる事になる。何故なら、地上にはアイツらがいたからだ。そう、腐った死体、ゾンビ達。どうやらさっきの爆発騒ぎで集まってきたようだ。


「やばい……。囲まれた?」

「はぁ、一難去ってまた一難かよ」


 俺達とゾンビ達との距離はまだ開いている。ゾンビ達も集まり始めたばかりなのか、そこまで密集してはいない。今ならゾンビ集団から逃げ出せるかも知れない。



 ゾンビを倒す

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649104991093

 逃げる

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330649104903154

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