あなたが嘘をつく理由を、私は知っています。

和三盆

《あなたが嘘をつく理由》

 王国立貴族学院の卒業式の後に行われる、最後のダンスパーティー。


 これが終われば、皆学生ではなくなる。

 明日にはそれぞれのあるべき場所へと巣立ち、役割を担っていくだろう。


 故に、最後とばかりに着飾った学友たちが、胸に飾られたコサージュに触れつつ別れを惜しんでいた。


 そんな寂くも華やかな場で、私の正面に立つこの国の王太子殿下が厳しい表情をしていた。これまで見せてくれた優しい笑顔がまるで嘘だったかのように。


 逡巡は見えた。しかし意を決したのか、血ような色をした赤いワインをあおると、表情以上に冷たい声で強く言い放った。



「婚約は解消させてもらう。君の顔はもう見たくない」



 さほど大きな声ではなかったはずだ。しかしそれは不思議と賑やかなホールに響く。静まり返る会場。突き刺さる生徒たちの視線。


 私たちの仲睦まじさを知る学友たちは、さぞ驚いたであろう。

 当然だけれども、私だって驚いた。


 でも知っている。あなたの言っていることは嘘。


 私たちこれまでどれだけ一緒にいたと思って?

 微妙にずれた視線。それは嘘をつくときのあなたの癖。



「もともと親同士が決めた婚姻だ。私とて本意ではなかった」



 嘘。親同士が婚約を決める前に、幼いあなたが私にかしずいて手を取ってくれたこと、はっきりと覚えている。



「君のわがままに付き合い続けるのはもう疲れた」



 嘘。私にもっとわがままを言って欲しいと、あなたはいつも微笑んでいた。



「私は、ここにいる聖女と婚約を結んだ」



 嘘。私と交わした指輪が、今もあなたの薬指に。



「君がこれまで彼女にしてきた非道な行いも、全て把握している」



 嘘。貧しい平民だった彼女を見つけ、支援し、学ばせ、この学園に導いたのは私。



「これは聖女も認めるところだ」



 嘘。彼女は何も言わないけど、縋るような目を私に向けている。



「私は彼女と、王国の発展に尽くすつもりだ」



 嘘。私は知っている。帝国との戦で、最後の頼みであった隣国との同盟が成り立たず、今や我が国は風前の灯火だということを。



「畏れ多くも聖女への非道。処刑という声も上がったが、御父上の王国へのこれまでの寄与を鑑み国外追放と相成った」



 嘘。追放を口実に、私を戦火から逃がそうとしている。



「このことは我が父である国王陛下はもちろん、君のお父上もご承認だ」



 嘘。国王陛下はもちろん、私の父もそんなこと承認していない。だって、承認済みならこんなパーティーの場で、こんな形で告げるはずがないのだから。



「この夜のうちに国外に出てもらう。この国の繁栄に君は不要だ」



 嘘。敵国の軍が迫っていて、明日にでもこの王都が戦場になると密かに聞いている。



「私は聖女と添い遂げる……君とは、これっきりだ。二度と……二度と会うこともあるまい」



 嘘。優秀で皆からの信頼も厚いなあなたは明日にも前線に立ち、兵を指揮することになっていたのだから。

 それに、その目からこぼれる雫が、真実を語ってしまっている。



「私は……君が、嫌いだ。さっさと出ていってくれ……頼む」



 嘘。あなたはあんなにも私に微笑んでくれた。

 好きだと言ってくれた。愛してくれた。

 いつも誠実で、優しくて、たまに意地悪な嘘はつくけど、どこまでも正直な人。


 でもごめんなさい、私も一つ嘘をついているの。だって私には……



「なんだ、眩暈が……くっ」



 ふらつき膝をつく王太子殿下。私は駆け寄ると、殿下が倒れそうになるところを支え薄く笑った。



「……まさか」



 そう、あなたが無警戒にあおったワイン。そこに仕掛けがあった。

 だって、あなたは責任感が強くて、なによりこの国を、国民を愛しているから。


 ごめんなさい、これも必要なことなの。

 国のため、国民のため、そして私と、まだあなたも知らないこの子のためにも。



 気を失う王太子殿下。

 ここからは計画通り。

 密かに用意した馬車に彼を乗せると、普段着に着替えた私と聖女も乗り込み、真っ暗な古い街道へと馬を走らせた。



「ごめんなさい、付き合わせてしまって」


「いえ、せめて貴女様に恩返しできればと。ですが、殿下があんなことを考えていたなんて。とても愛されていらっしゃるのですね」


「本当に。でも……私は恨まれるでしょうか」


「最初はお怒りになると思います。ですが」


「そうね。この子のためにも」



 戦火が暁となり、東の空を染め上げる。



 城はやがて焼け落ちるだろう。

 国王陛下や私の父は戦死するか、あるいは処刑されるか。

 家族や友人はもちろん、国民も辛い思いをするはずだ。


 でも私たちは悔しくとも、悲しくとも、生き延びねばならない。

 いつか故国を取り戻すため。国王陛下や父の想いを受け止めて。

 

―― たとえ愛するあなたへ、嘘をついてでも。




────────────────────

《あとがき》


お読みいただき、ありがとうございました。


ここではしんみりエンドとなりましたが、彼女らはいつか国を取り戻し、家族そろって幸せな笑顔を浮かべることでしょう。


お楽しみいただけましたら、ぜひ関連情報からの★★★やいいねなどお願いいたします。何卒……(* _ _)


 ◇ ◇ ◇


他にも短編や長編を投稿しておりますので、こちらもぜひご覧ください。


◆短編『魔王が世界の半分をくれるというので快諾しました。取り急ぎ故郷を焼こう。』

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あなたが嘘をつく理由を、私は知っています。 和三盆 @wasanbong

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