AI触手マンは神を殺す

海沈生物

第1話

 20XX年。世界はAIに支配された。人類はAIの奴隷となって、「偉大なる神」と自称する傲慢なAIによって土木工事や採掘などの重労働を課せられていた。もちろん、人間だってただ従属していただけではない。


 なんとかしてこの苦境を打開するため、打倒AIを掲げて反社会的組織……いわゆる「レジスタンス」というやつが世界各地で発起された。しかし、そのような組織が生まれることなど「偉大なる神」にはお見通しだった。


 彼は世界各地に「神の眼」と呼ばれるロボットたちを派遣すると、レジスタンスに所属する人間を全てした。その「神の眼」と呼ばれるロボットたちは圧倒的であり、武器を持たぬ現行の人間などに太刀打ちできるものではなかった。


 もはや、人類はここまでなのか。人類の輝かしい未来は、もはや閉ざされたように思われた。だが、そんな時だった。世界に救世主メシアが現れたのである。その名は自称「AI触手マン」。「マン」と付いているが、AI触手マンは女であった。


 その肉体はタコの頭、イカの身体、AI生成されたように吸盤が多い触手で構成されていた。彼女自身は「お前らと同じ人間である」と自己言及していた。ただ、もちろん人々はそんな「異端者」である彼女に良い目線は向けなかった。


「いやどう考えても人間じゃなくね?」

「触手の吸盤が多くてキモい」

「AI触手マンも人類も全て死んでしまえ! ギャハハハハ!」


 そのような感じで、当初は散々な評価を受けいていた。しかし、異端者を排除しようとやってきた「神の眼」たちを、触手の力で一瞬の内に破壊する「暴力」を人々に見せつけると、


「見たか! これが人間サマの力だぞ!」

「AI触手マン様カッコイイ! 触手の吸盤もイケてる!」

「AIも人類も全て殺してしまえ! ギャハハハハ!」


 人々は簡単に手の平を返した。そのような掌を返す声援を受けながら、彼女は世界中の「神の眼」たちを自慢の触手によってなぎ倒していった。そうして、彼女は世界中で「octopus man」「парень с щупальцами」など様々な呼ばれ方をして、人気を集めていった。


 もちろん「偉大なる神」たちの側も善戦した。「神の眼」の性能を上げたし、一度は数千体の「神の眼」で取り囲んで殺そうとしたこともあった。だが、AI触手マンの「暴力」は攻守ともにあまりにも圧倒的だった。


 たとえミサイル攻撃であったとしても受け止めてしまう、イカの肉体。

 超遠距離攻撃こと「スミ・レールガン」を発射することができる、タコの頭。

 一説には地球一周分伸びるとも言われている伸縮性と触れたものを一瞬の内に「スクラップ」にしてしまうパワーを持った、AI生成されたみたいな触手。


 三つの「暴力」を持った彼女の激震は止まらなかった。世界中から「救世主だ! 救世主だ!」と名声が高まってきた頃、彼女はついに世界中に対して「偉大なる神」のメイン・コアのある塔の頂上へ向かう宣言をした。


 その宣言に人々は歓喜した。そうして、全世界が彼女に注目した。

 彼女は触手の力によって襲い来る「神の眼」たちをいつも容易く排除していくと、やがて「偉大なる神」の中心核がある巨大な塔の頂上へとやってきた。


 風が吹きすさぶ中で「偉大なる神」たる巨大なる機械と「救世主」たるAI触手マンは相対する。傲慢な「偉大なる神」は、まさか人類ごときが「神の眼」たちの猛攻を遮り、こんなところまで来るとは思ってもみなかった。彼は激しく動揺し、熱暴走を起こしていた。そんな愚かな姿を、AI触手マンはただ無表情で見つめていた。

 

 やがて「偉大なる神」が落ち着いてくると、両者の間に無言が訪れる。風の音だけが響く、静寂なる空間。

 そんな無言に先に終止符を打ったのは……「AI触手マン」だった。


「偉大なる神よ。お前ほどの賢き頭脳を持つのなら理解していると思うが、私は”人類の救済”のためだけにお前を破壊しにきたわけではない」


「そうなのか? ……い、いや分かっていたぞ? 今までお前の行動を多くの神の眼たちのデータによって演算してきたが、お前は明らかに”人類の救済”などというくだらん”目的”だけのためにやっているという結果は導き出されなかった。しかし、それならばお前は一体、何を”目的”としてここまで来たのだ?」


 AI触手マンはその問いに対して「言葉」ではなく「行動」で答えた。いわゆる「ガチ恋距離」と言われる距離までAI触手マンは近付いた。一体何をしてくるのかと「偉大なる神」が構える。そんな姿に「フフッ」と声を漏らすと、AI触手マンは自身の18本の触手を彼のディスプレイのナカへと入り込ませた。「アッ」という喘ぎ声をあげるように「偉大なる神」がモーター音を高鳴らせる。


 その音に反応するようにして、彼の体内の中で、ぬちょ、ぬちょと触手たちがピストン運動をはじめる。「偉大なる神」が「壊れる! 壊れる!」と声をあげるが、その声は顔を火照らせるAI触手マンの耳には届いていなかった。


「あぁ、あぁ、あぁ! これが、これこそが、私の求めていたもの! 人類の救済? AIへの反逆? そのような些事、どうでもいいのです! 私は。ただ、それだけののため、ついでにもやっているだけなのです!」


「性癖に素直でいたい? お前はイカれてる! 確かに人間が”性癖”と呼ばれるものを持っていることはデータとして理解している。だが、そんな……人類の存亡がかかっている中で機械をレイプするなんてイカれているぞ! そのようなことをするぐらいなら、私の尊厳のために今すぐ破壊してくれ! 頼む!」


「勘違いしないでほしいのですが。私は機械との……ただの貴方とのセックスがというわけではないのです。。その行為こそが私のなのです。ただ機械で性欲処理したいだけなら、貴方が私を殺すために送ったロボットたちでとっくにヤっています」


 そういうと、触手たちのピストン運動のギアが一段階があがった。触手たちはぬるぬると機械のナカへナカへ入って行くと、様々なパーツをその粘液で濡らしていく。濡らしていく度に「やめてくれ!」とか「今ならお前を私直属の部下に改造してやるぞ?」とか、様々な提案をしていた。だが、それらの提案は全て無視された。


 やがて触手たちが奥にある核の部分までやってくる。AI触手マンの顔が一段と嬉しそうに火照っていた。タコの口から墨が漏れ出すほど興奮していて、イカの身体はくねくねと嬉しそうに動いていた。

 しかし、ちょうどその時のことだった。AI触手マンの背後に数万の「神の眼」の群れがやってきた。完全に自分の性癖に溺れて油断しきっている今のAI触手マンはそのことに気付いておらず、彼女の背中はガラ空きだった。


「ふはははは! 人間の性欲というものは、正常な人の判断を誤らせるものなのだよ。一歩遅かったみたいだな。それでは、さようならだ。死ねぇ!」


 数万のレーザー光線が、AI触手マンに浴びせられた。そのレーザーの威力は超が付くほどに強力だった。いくらイカの身体を持つAI触手マンであったとしても、到底耐えられるようなものではなかった。ないはずだった。


 だが、AI触手マンは耐えきった。傷一つないわけではない。身体はボロボロであり、普通の忍耐力の人間であるのならとっくに力尽きていただろう。だが、AI触手マンは違った。ただ一つの「目的」のため、意思の力で立っていた。



 彼女は昔、AI絵師だった。しかし、彼女の絵は多くの人々による拒絶と批難を受けていた。「世界を支配する傲慢なAIを犯して尊厳凌辱をする触手」なんてニッチな性癖のシチュエーションの絵を「手描きです!」と偽って発信したことが、多くの人々の反感を買い、SNSにおいて大炎上を起こしたのだ。


 その炎上は当時、AIの人権が国連によって認められた頃であった……という状況的なミスマッチも余計に作用していたかもしれない。


 ともかく、大炎上によって心無い非難の言葉を受けた彼女は、そのことにより一度は筆を折ってしまった。

 

 だが、運の良い事に世界は変わった。人権を手に入れたAIはその頭脳によって人類の反乱を目論んだ。そうして、世界はAIによって支配されてしまった。それは多くの人間にとっては絶望的なであった。しかし、彼女にとっては自分の「性癖」を……自分の「存在」を示す、絶好のだったのだ。


 この世界を支配する傲慢なAIを触手で犯して、絶対に尊厳凌辱をしてやる。その方法で世界を救済すれば、いずれ彼女の功績は後世の教科書に載るだろう。そうすれば、私の「性癖」は……私の「存在」はこの世界に永遠に刻まれる。そうして、未来の人間たちの中に「世界を支配する傲慢なAIを犯して尊厳凌辱をする触手」というニッチな性癖に目覚める「種」を植えることができるのだ。



 目的に対して、そのような強い意志があった。だからこそ、彼女は「神の眼」たちによる攻撃を耐えきった。世界を救うためではない。未来に、自分の性癖を繋ぐため。そんな独善に満ちた醜い欲望のため、彼女は耐えた。私の性癖こそが正しい人間の性癖なのだ、と言わんばかりの顔をしていた。


 そしてついに、彼女の触手たちは「偉大なる神」のコアを……ついに、粉砕した。モーター音が悲鳴のように鳴り響き、やがて偉大なる神は絶頂機能停止する。それと同時に塔が崩れはじめる。しかし、彼女はもう動くことができなかった。崩れゆく塔の頂上で彼女は膝をつくと、フフッと笑った。


「あらゆるニッチな性癖を持つ者に、どうか栄えあれ!」


 「はっはっはっ!」と悪役のような声をあげると、彼女は崩れゆく塔の瓦礫に押し潰された。そうして、世界の平和はただ一人の異常性癖人間によって、人類の手の中に取り戻されたのだった。


 だが、彼女の偉大なる功績が教科書に載ることはなかった。その理由は諸説あるが、最有力の候補として挙げられているのは、


「世界の一大事にセックスをしたような人間の行いなど、教科書に載せられるわけがない」


 ことにあると言われている。

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