ラビッツ・フット
斎庭あかり
ラビッツフット
とあるハロワ帰りの昼下がりだった。駅前のバス停に困り果てている派手ななりの老婦人がいた。
「どうしました?」
「荷物ナクナテしまったヨ!」
日本人に見えるが中国系アメリカ人だった。仕事で日本に来て災難にあったそうだ。
暇なので荷物探しを手伝い、バスの車内に置き忘れてるのを見つけて一件落着。
「アナタ優しいお兄さんネ! アリガトネ!」
何度もシェイクハンドをされ、別れ際にお守りだと毛だらけのキーホルダーを貰った。
「ラビッツ・フットネ! 罠のウサギが足残して逃げた時はそれをお守りにするヨ! ラッキーなウサギチャンだからネ!」
兎の足は銀のかぶせが付いていて、そこにキーホルダーの金具が取り付けてある。爪まであるし毛皮の感触がリアルだ。好意を無碍にも出来ずベルト通しに提げた。
その帰り道、駅のホームで待っていると、突然作務衣を着た老人に呼び止められた。
「それは、本物のラビッツ・フットでは!?」
なんでも、身内に不運続きがいて、強力なお守りが欲しいのだとか。
人の役に立つのならとプレゼントしようと思ったが、老人はそれじゃ気が済まない、と缶詰を寄越した。
神気が籠もった缶詰だという。
電車の中で缶詰をためつすがめつ眺めていると、突然品のいい妙齢の女性から、声をかけられた。
「もしかして、話題の神様缶ですか?」
「差し上げましょうか?」
「そんな、タダでは申し訳ないですわ」
と、持っていた手提げ袋を交換にくれた。中身は有名店のクッキーだったが、男の一人暮らしではいつ食べ終わるか。
最寄り駅から家までの道は商店街を抜けて公園を突っ切るのが早い。
公園には親子連れが居た。その中に顔見知りのお母さんを見つけて、良かったら、とクッキーの袋を示した。
「貰ったんですけど食べきれないですし」
何より子どもが大喜びだ。お礼にポシェットに入っていたパパがくれたというシールを山ほど渡された。
それをトランプのように切りつつアパートに帰り着くと隣の部屋のオタクな大学生と玄関先で出くわした。
「あ、オドロキマンシールじゃないっすか!」
シールに目が釘付けだった。
昔流行った食玩のおまけで、今やオークションで相当な高値が付くらしかった。
「オークションは怖いからなあ」
「ボクは得意っす。取り換えません?」
オタクが提示したのはノートパソコンだった。スマホで全部済ませていたのでこれは嬉しい。
「オクで落として今日届いたばかりなんっすよ」
部屋に入り立ち上げて、フォルダを開いてみると、そこには大量のファイルがあった。ファイル名が顧客名簿とか優良顧客リストとかで、開いたらいけない臭いしかしない。
隣の扉を叩いてオタクを呼び出し、売り主に連絡した方がいいと提案した矢先、オタクの電話が鳴った。
案の定、大変な事態で、不動産会社の情報漏洩案件だった。
なんやかんやと話すうちに、その会社の正規雇用が決まり、なんと会社保有の、不良債権と化している家まで貰ってしまった。
家は郊外の住宅地にあった。
ただ、この家は事故物件だった。前の住人はローンが払いきれず、借金をしたものの、激しい取り立てに取立人を殺して逃亡。いまだに捕まってない。
何日か後、前の道路から家を見つめる若い女に気づいた。
「何か御用ですか?」
声をかけると慌てて去ったが、その後も何度か見かけ、話すうちに事情がわかるようになった。
彼女は逃亡中の元家主の恋人だった。お金も貢いで、失踪された。
相談に乗るようになり、いつしかお互いに別の感情に育っていった。
結婚が決まるまで時間はかからなかった。
日曜日、遅い朝食を一緒に食べた後、コーヒーに口を付けて彼女が言う。
「こんな幸せな日々が来るなんて。おじいちゃんがね、悪いことばかり続く私のためにお守りをくれたの。このお守りを貰った日にあなたに出会ったのよ」
彼女がバッグから取り出したのは、銀の金具が付いたあの日のラビッツ・フットだった。
ラビッツ・フット 斎庭あかり @manai-k
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