視点C:言えなかったけどそのうちバレる
私、椎名美波は、ガサツで大雑把で粗忽で、鈍感で、人の気持ちも「言ってくれなきゃ分かんない」ってタイプだ。
だから昌平の気持ちにも、全く気づいてなかった。
「えっ。今、なんて?」
「何度も言わせんな。好きだって言ったんだよ」
いつもどおりの帰り道。夏休み目前の、放課後のことだった。
顔を赤らめて額に汗を滲ませて、昌平は振り絞るように言ったのだ。
「ずっと美波のこと好きだった。言えなかったけど、ずっと、ずっと好きだったんだよ、俺」
昌平が私を恋愛対象として視野に入れているとは思いもしなかった。いや、私自身が、昌平を友達だと認識していて意識していなかったからかもしれないが。やはり私は鈍感だ。言葉にしてくれるまで気づかなかった。
昌平の向こう側では、拓真が口を半開きにしている。
「お前……それ今言うのか。昌平と美波のふたりきりのときに言うもんじゃないのか」
「拓真には、いてほしかったんだよ。俺の背中押してくれたの、拓真だから。見届けてほしかった」
恥ずかしそうに目を伏せる昌平に、拓真は口を覆って呻いた。
「公式からの供給ありがとうございます……おかげで台詞を捏造せずに済む」
拓真に関しては、言葉にしてきてもなにを言っているのかよく分からないときがある。
呆然としてしまう私は、昌平になんて返事をすればいいのか分からなくて、十秒くらい固まった。こういうときどう返すのが正解なのだろう。「私も好き」? いや、私も好きなのか? かといって嫌いではないから「ごめんなさい付き合えない」でもない。想定すらしていなかった事態だから、分からない。そもそも今すぐ返事をしなくてはいけないものだろうか。
それより昌平がそんな気持ちを抱いていたという新事実に吃驚して、私の口からは疑問が先に飛び出した。
「なんで急に?」
「だって美波が、もうすぐ引っ越すっていうから!」
昌平は肩をそびやかして叫んだ。
「昨日の帰り、言ったじゃん。夏休みに引っ越すって」
「えっ、あっ」
私は昨日の自分を振り返って、ハッとした。言った。たしかに言った。夏休み中に、私は今の家を引っ越す。
昌平の声が萎んでいく。
「だから俺、後悔したくなくて。振られるかもしんないし、気まずくなるかもしんない。それでも、自分の気持ちを面と向かって美波に伝えたかった」
昌平が顔を覆って、弱々しい声で言う。
「でも俺、ふたりでいたいわけじゃないんだよ。拓真と美波と三人でいるのが楽しいんだよ。わがままなのは分かってる。でも、今のままで、それでいて俺の気持ちも知ってほしくて」
彼はうう、と喉を鳴らし、自嘲的に笑った。
「なんかもう、どうしたらいいんだろうな。俺も、拓真も、美波も。どうなれば俺は満足するんだろ……」
ああ。私はやはりガサツで大雑把で粗忽だ。言葉にしてもらわないと分からないくらい鈍感だし、自分の発言もテキトーだ。
引っ越すとは言ったけれど、単に今住んでいるアパートに工事が入るから一時的に五百メートル先の別のアパートに移り住むというだけだ。つまり転校するわけではないし、なんなら帰り道も今までと同じだ。
だが、とても言える雰囲気ではない。
私はまた数秒黙って目を泳がせたあと、ひと呼吸置いて、考えた。
説明が足りず昌平に早とちりさせて、その結果衝撃の告白を受けた。なにからどう手をつけていいものか。
「ありがと、昌平」
ひとまず、言えなかった気持ちを勇気を出して吐露してくれた彼に、お礼だけは言っておく。
「とりあえずアイス奢ってよ。昨日約束した分」
「えっ」
戸惑う昌平と無言の拓真を置いて、私は勢いよく駆け出した。
「どうしたらいいかは、三人で考えようよ。これからも一緒に、三人で答えを探していこう」
遠回しにこれからもここにいると言ったつもりだが、多分これでは伝わらない。
引っ越し先についてはそのうち嫌でもバレる。だが、今は言えそうにない。
ぶっちゃけ 植原翠/『おまわりさんと招き猫4』発売 @sui-uehara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます