視点B:言えなかったしこれからも言わない

『昌平、美波のこと好きだろ』

 中学の頃、昌平にそう口走ったのを未だに引きずっている。俺、日々井拓真はあの日盛大にやらかした。

 あのときの昌平の、言葉を失った顔が脳裏に焼き付いている。俺自身も、言葉をなくして固まってしまった。

 なに言ってんだ俺、と。


 そういうのは妄想の中だけに留めておけ! と!


 昌平にも美波にもまだバレていないが、俺は実はオリジナル漫画を描いている。

 幼い頃に公園で出会った少年と少女が、腐れ縁で何年も寄り添い続け、年々美しくなっていく少女に、少年は恋心を自覚していく……という青春ラブストーリーだ。

 言わずもがな、モデルは昌平と美波である。

 本人たちには絶対に言えないが。


 中学の頃。美波を待っていた昌平に、俺は「自カプ最高!」の勢いで、「美波のこと好きだろ」と口走ってしまった。すぐに我に返ったが、時すでに遅しで、昌平は困惑しているし俺はもう取り消せないしでお互い十秒くらい石化した。

 開き直った俺が再度口を開くと、昌平は顔を真っ赤にして「言えるわけないだろ!」なんて言うものだからやはり自カプは最高である。

 いや、それよりもだ。妄想でしかなかった俺の中の恋模様が真実だったことに舞い上がってしまった。興奮したがそれを顔に出したらいよいよ昌平に引かれると思ったので、あくまで冷静を装って告白を促したりしてみたのだけれど。

 あいつは「三人でいられるのが楽しい」などと、かわいいことを抜かすのだ。

 俺を計算にいれてくれる辺りに優しさを感じるし、単純に嬉しいし、それでこそ俺の主人公・昌平なのだが、自分自身が障害物になっているのは厄介だった。俺のせいでストーリーが進まない。やきもきする。だいたい、俺の漫画に俺は登場しない。いない人物が邪魔になっているのでは漫画のネタにもならない。

 とはいえあまりしつこく迫れば今度は俺の方がボロを出しそうだ。ふたりの恋は放っておいても進行するが、迂闊に首を突っ込めば俺の漫画がバレるリスクがある。

 そんなわけで、以来この話題は封印することにした。

 だが俺が思っている以上に、ふたりの恋路は鈍足だった。

 昌平は奥手だし美波は鈍感だしで、全く進展がない。そろそろどうにかならないかと思っていた矢先、美波の口から「恋」の単語が飛び出した。昌平の反応も上々で、気持ちが冷めている様子はない。

 そこで美波の好きな人を聞くなどと出過ぎた真似を承知で突っ込んでみたのだが、鈍感スキルで華麗に躱された。昌平も突っ込まねえし。お前は今こそ動けよ。


 と、そんなときだった。

「あっ、そうだ。私、夏休みに引っ越すから」

 美波が突然、急展開を運んできた。

「は?」

 昌平は間抜けな顔で固まっているし。

「へ」

 俺も変な声が出た。

 それなのに美波ときたら言い逃げで、曲がり角を曲がってさっさと立ち去ってしまうのだ。昌平はまだ固まっているし。追えよ。

 ふたりの後ろ姿を見ているうちに、俺の中の創作根性がふつふつと煮え出した。気がついたら俺は、昌平の肩を引っ掴んで迫っていた。

「『言えない』なんて言ってる場合じゃねえぞ」

 このままなんていけない。こんなところで物語が止まってはいけない。

 ドラマティックでドラスティックでロマンティックな物語を完成させるためにも、俺は昌平の告白を見届けるまで一歩も引けない。

「告白したところで離れたら一緒にいられないとか、最後に気まずくなりたくないとか、言い訳はいくらでもできるだろうけどな。伝えるチャンスはもうないんだよ」

 推しを推したいオタクの壮絶な早口で、昌平を捲し立てる。我ながら必死すぎて気持ち悪い。

 だけれど、焚き付けたおかげで昌平の重い腰が動いた。

「俺、告白する」

 きた!

 俺は堪らず、手のひらでバシッと昌平の肩を引っぱたいた。

「当たり前だ!」

 尚、漫画の中に俺はいないので、昌平が自ら決意したとする。

 ああ、昌平が本気で恋をしているというのに、俺ときたら。こんな身勝手な動機で応援しているだなんて、昌平にも美波にも死んでも言えない。

 漫画のことは、墓まで持っていこうと心に誓った。

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