ぶっちゃけ
植原翠/授賞&重版
視点A:言えなかったけど明日言う
「あっちー」
顔を手でぱたぱた扇ぎながら、校門へと走る。門の横で待機してきたふたり分の影が、俺の方を向いた。
「昌平、やっと来た」
「遅い! 待ってた私らはもっと暑かったっつうの」
不機嫌づらで眼鏡を押し上げる拓真と、ジャージにスカートのスタイルの美波。俺を待っていたふたりは、額に汗を滲ませていた。
彼らに駆け寄りながら、俺は両手を突き合わせて拝む。
「ごめんごめん。でも走ってきた俺だって、もっともっと暑い」
「うるせー。遅れたの、課題出てなくて先生に捕まったからだろ。お前が悪い」
「待たせたんだからアイス奢って」
ふたりは可笑しそうににやりと笑い、俺を帰路にいざなった。
俺、こと栄川昌平と、日々井拓真、椎名美波は、小学生の頃からの腐れ縁である。
近所の公園で遊んでいる者同士で仲良くなって、学校でも一緒にいるようになって、中学でもそのままで、偶然にも同じ高校を受験して、三人とも受かって、しかも同じクラスだ。
小学生の頃は、帰りの会が終わると同時に三人でグラウンドへ飛び出して、かけっこしながら帰った。高校生になった今は、俺はバスケ部、拓真はプログラミング部、美波はテニス部でそこはバラバラなのだけれど、それでもなんやかんやで、今でも一緒に帰る。
夏休み目前の蒸し暑い日。今日も三人一緒の帰り道で、俺たちは真っ青な空の下を歩いていた。
「私たち、小さい頃からなんにも変わらないね」
そう言って笑う美波の、うなじに汗が光る。快活な彼女のポニーテールが、日差しをきらきら反射させ、揺れる。
「高校行ったら、もっといろいろ変わると思ってた」
「いろいろって?」
拓真が問うと、美波はうーんと唸って宙を仰いだ。
「上手く言えないけど。誰かひとりくらい、恋人ができたりして、一緒に帰るのも難しくなったりするのかなって」
そう言う彼女を横目に、俺は思わず返事に詰まった。反対隣の拓真に目をやると、彼は俺のように動揺を見せたりせず、にこにこしていた。
「たしかに。それは全然、誰ひとり兆しがないね」
こんなことを言っているが、拓真は本当は知っている。俺が美波に、密かに想いを寄せていると。
*
それは中学の頃、ある日の放課後のことだった。俺と拓真は、美波の委員会が終わるのを教室で待っていた。拓真自身が、なんの脈絡もなく俺に問いかけてきたのである。
「昌平、美波のこと好きだろ」
「へ!?」
あまりにも唐突に、しかもしれっと言うから、俺はどう反応すればいいのか分からなくて十秒くらい固まった覚えがある。
「見てりゃ分かるんだよ。美波は気づいてなさそうだけど。で、告白すんの?」
拓真は俺の回答を待つより先に、話を進めた。俺はここでようやく硬直が解けて、ぶんぶん首を振った。
「言えるわけないだろ! 振られたら最悪だし!」
「なんで振られる前提なんだよ。あいつ、お前と一緒に帰ってるくらいなんだから少なくとも嫌われてはいないだろ」
「そうかもしれないけど、それと付き合えるかどうかは別というか、友達としか見られてないというか……」
狼狽する俺に対し、拓真は至って落ち着いていた。
「告白したら意識変わるかもしんないだろ。さっさとしろよ」
「お前、他人事だと思って!」
俺はくしゃくしゃと頭を掻いて、それから机に突っ伏した。
「告白して……上手くいかなかったら、もう友達にすら戻れないんだよ。逆に上手くいったとしても、もう今までどおりじゃなくなる」
拓真は黙って聞いていた。
「どっちに転んだとしても、もう“三人で”いられなくなるだろ」
自分でも情けなくなるような、弱々しい声が出る。ちらりと拓真の顔を伺うと、彼は眉を寄せていた。
「……俺に気をつかってんの?」
「気をつかってるんじゃない。俺が嫌なんだよ。今の、三人でいられるのが楽しいから。変わりたくないんだよ」
俺はまた顔を伏せ、大きくため息をついた。
「言えるわけないだろ……」
*
結局そのあと美波本人が教室に戻ってきて、俺と拓真はこの話題を切り上げた。それ以来、拓真は俺に恋の話を振ってこないし、俺もなにも言わなかった。もちろん、告白もしていない。
高校生になった今も、俺たちはなにも変わらず三人で下校する。
なんて思った途端、拓真が仕掛けてきた。
「誰かひとりくらい、ねえ。そういう美波は好きな人いないのか?」
俺は全身を強ばらせて絶句した。これまで一切触れてこなかったから、油断していた。拓真が美波に、こんな決定的な質問をするとは。
そんな俺の緊張をよそに、美波はへらへら笑っていた。
「らしくない質問してくるねえ。恋人が云々っていうのはひとつのたとえだよ。他の理由もさ、部活やらバイトやらが忙しいとか、行きたい大学があって勉強に集中したいとか。高校行って行動範囲が広がれば、それだけ事情も増えるって意味ね」
ちょっと期待したのに、美波の好きな人についてはあっさり流されてしまった。美波はどうも、こんなふうに飄々としている。わざと話を逸らしているのではなく、素でこうなのだ。
かと思えば、突然爆弾発言を投下するから油断ならない。
「あっ、そうだ。私、夏休みに引っ越すから」
「は?」
「へ」
俺と拓真が同時に美波に顔を向ける。美波はこくこく頷いた。
「部屋の片付けめんどいなー。夏休みはゆっくりだらけたかったわ」
彼女はそう言うと、いつも別れる曲がり角で手を振った。
「じゃあ私はここで。あっ、昌平にアイス奢らせんの忘れてた。また明日でいいや。バイバイ」
俺たちがなんのコメントもする前に、美波は自宅のアパートの方へと駆け出していく。曲がり角に取り残された俺と拓真は、数秒間、そこで立ち止まったままだった。
雷で打たれたような衝撃だった。
美波が引っ越す? ここからいなくなる?
もう一緒に帰れなくなる?
呆然と立ち尽くす俺の肩が、ガシッと掴まれた。拓真の手が、俺の両肩を押さえている。
「『言えない』なんて言ってる場合じゃねえぞ」
拓真の眼鏡の奥の強い眼差しに、俺はびくっと怯んだ。
「でも……」
「告白したところで離れたら一緒にいられないとか、最後に気まずくなりたくないとか、言い訳はいくらでもできるだろうけどな。伝えるチャンスはもうないんだよ」
彼の言葉で、固まっていた俺の頭が急激に動きだした。
もしかして美波は、遠くへ引っ越したら三人で帰れなくなるから、あんな話題を振ったのか。感傷的になりたくないから、別れ際に、しかも明るく投げかけてきたのか。
そう考えれば考えるほど、事実を実感していく。
導き出した結論は、無意識のうちに口からまろびでていた。
「俺、告白する」
「当たり前だ!」
拓真は手のひらでバシッと俺の肩を引っぱたいた。
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