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 二人の後をつけながら、緊張で息があがりそうになる。

 本職の兄ならもっとうまく尾行できるのだろうか。気高い兄が犯罪幇助なんかするはずないのに、何度やってもうまくできない尾行に気持ちが淀む。きっと傍から見たら俺の姿は挙動不審で滑稽だろう。

 俺は虎鉄とは違って小心者だ。こんなこと慣れるはずがない。

 聞き慣れた電子音がポケットから聞こえた。取り出したスマホを見ると虎鉄からのメッセージだった。

 この狩りが始まる前に、

「監視がいい加減なホテルは調べてある。以前にも使ったことがあるから大丈夫」

 そんなことを言っていた。そもそも虎鉄は女子高生にしか見えない。入ることができるホテルは監視の甘い場所しかないだろう。本来なら、十八歳以下の人間が入ることは禁じられた場所だ。料金さえ払って貰えれば何をしようが気にしないような、そんなホテルを選んでいる。虎鉄のそんな豪胆でいて用心深いところを恨めしく思う。

 一度補導なりなんなりされた方が良い、という自分とそれに反して捕まって欲しくないと思う自分がいる。本心がどちらなのか、情けないことに自分でもわからない。

「そういう場所に獲物を誘導する。仕留めるのも俺がやる。だから、立花君は来てくれさえすればいい」

 そんなことを言う虎鉄は、唇を皮肉に歪めていた。

 スマホに表示されているのは、部屋番号だけ。

 この駅で虎鉄が狩りをするのを見るのは初めてだけれど、事前に聞いているから二人が入ったホテルは分かっている。

 もしも、自分が行かなかったら虎鉄はどうするのだろう。あの写真を兄貴のところに送るだろうか。そんなことをしても何にもならないのに。

 危険を冒すつもりはないので、高校の制服で後を追うことはできず、少しは年上に見えるように兄貴の服を借りて着てきた。高校生の制服で堂々とこんな場所に入る虎鉄と俺は何もかもが違う。服の持ち主に恥じながら、防犯カメラにも写りたくなくて目深にキャップを被って、虎鉄達の入っていったホテルに入る。場所によっては一人客は断られたり、質問を受けたりするそうだが、部屋を選ぶためのパネルが明るく無人の狭い小さなロビーを照らしているだけだった。

 ふぅ、と息を吐く。

 虎鉄に指示された部屋の隣のボタンを押すと、チンっと安っぽい音がしてエレベーターの扉が開いた。それに乗り込むと、申し込んだ部屋のある階に誘導される。

 ガタガタと揺れる古いエレベーターには俺一人しか居ない。薄暗く狭い室内に不安になるが、逃げ出す気にはなれなかった。虎鉄に何かあったら、たぶん俺は自分を許せない。自分がどうしたいのかわからないのに、その一点だけは確かだ。

 階数を表す数字を眺める。ゆっくり数字は一つずつ上がっていく。

 やっていることは悪いことで、学校に知られたら処罰を受けるし家族は泣く。兄貴の顔に泥を塗ることになる。それでも、キレた獲物が何をするのかわからないと言った虎鉄の自虐的な笑みには、恐怖を感じた。女子高生に声をかけてこんな場所にやってくるような人間だ。欲望に忠実で、抑制がきかない人間だろう。こちらにだって弱みがある。体格だって虎鉄よりずっと大きい。

 安っぽく軽やかなチン、という音をたててエレベーターが止まり、ドアが開く。

 廊下に出ると暗い廊下の脇にいくつかの部屋が並んでいる空間があった。もう一度、スマホの画面を見て部屋番号を確認する。

「新しいところだと、お金を払わないと外からも入れないし中からも出られないんだけど、そういうところじゃないから」と虎鉄は言っていた。

 彼はどれほど、こういう場所に出入りしているのだろう。同じ年月しか生きていないはずなのに、あまりにも経験も見ている世界も違う。

 廊下の暗さが、この建物の古さを感じさせる。

 どくりどくりと鳴る心臓を、大きく呼吸をしながら落ち着かせて先に進んでいくと,虎鉄が指定した部屋がある。ドアの前に立っても中から音は聞こえてこない。

 ドアノブに手をかけると、あっさりとドアは開いた。

「虎鉄?」

 緊張で震える手でドアを開けながら、小声で呼ぶ。

 部屋の中が見えるところまで開けると、大きなベッドが部屋の大半を占める部屋の狭い床に背広姿の男が倒れていた。その傍らには女子高生姿の虎鉄が佇んでいる。

 白いブラウスの袖が、破れていた。

「立花君。ちゃんと来てくれたね」

 手に持っているのはスタンガン。普通に市販されているものでは、相手を怯ませる程度しか威力が無いからと虎鉄自身が改造したもので、あてどころ間違えたらヤバいことになる、らしい。話を聞いた後、ネットで調べてみたら心臓近くに充てると心配停止の危険があると書いてあって震えた。男を注意深く観察すると、息をしていることはわかったので胸をなで下ろす。

 狩りは成功したようだ。

 俺の顔を見て安心したのか、少し青い顔をしていた虎鉄の頬に赤みが差して、こちらに向けて花の咲くような笑みを浮かべる。

 悪びれた様子はどこにもなく、本当に嬉しそうに。

「そいつ、すぐに、眼を覚ますぞ」

「うん」

 後ろ手に、ドアを閉じて鍵をかける。

 ウサギが跳ねるように虎鉄が軽やかに短いスカートを揺らして大きな鞄の元に行く。持っていたバッグに付いている大きなマスコットのぬいぐるみにはマイクとカメラが仕掛けられている。万が一、準備を終える前に獲物が眼を覚ました時に脅しに使うためだ。

 背広を着ていると、少し大きく見えるのだろうか。担ぎ上げた男は随分軽かった。背広を剥ぎ取って、ワイシャツ姿にしてから椅子に座らせると、意識が戻りつつあるのかうめき声をあげる。

 虎鉄が慌てて走ってきて男の胴に縄をかけて椅子にくくりつける。そんな弱い力で締めたところで、すぐに抜け出せるだろう。腕や手を見ても女生徒と見まごうような細さだ。

「貸せ。虎鉄は足を頼む」

 場所を変わるように言うと、驚いたような顔をした後にんまり笑う。

「立花君、もしかして楽しみ?」

 そんなわけがない。

 こんなことしたくない。

「とっとと終わらせたいだけだ」

「そりゃそうか」

 からからと笑って、虎鉄が離れていき、おもちゃの手錠を持ってきて男の足とを繋ぐ。ぐっと力を入れると縄がミシっという音をたてて、男の身に食い込むのがわかった。すみません、と心の中で謝ってまだ気を失ったままのサラリーマンをできるだけ強く椅子に縛り付ける。念のため、もう三周縄を回してから、さらに締め上げる。

 男の瞼が震えた。

 今、誰かがこの様子を見たら警察に通報されそうだ。この男も通報されたら困るだろうが。落ちている背広を拾い上げて、内ポケットから財布を出す。思った通り、名刺と免許証が入っていた。名刺を一枚失敬して、免許証は写真に撮る。

「シャワー浴びてくるね」

 虎鉄がガラス張りのシャワー室に向かったのを見て、財布を背広に戻してからハンガーにかける。

 部屋の中に荒れた様子もないし、この男の服もそこまで乱れてはいなが虎鉄のブラウスの袖が破けていたから抵抗にはあったのだろう。慌てたのか普段なら直接肌にあてて証拠は残さない虎鉄らしくなく、男のワイシャツの一部が焦げていた。

 年齢は四十代後半。課長補佐。この男の社会的地位がどれほどのものかわからないけどそれなりの金額が財布には入っていた。

 眼を覚ました男が自分がおかれた状況を見て悲鳴をあげる。

「大人しくしていてくれたら、何もしないよ。そこで見ててよ。それだけでいいから」

 バスタオル一枚だけ羽織って、シャワー室から出てきた虎鉄が男に向かって邪気の無い笑顔を浮かべる。

 男? と眼を向くサラリーマンに向かって笑い声を上げてから、俺に抱きついてきた。

「ごめんね、巻き込んで」

 謝った先は、俺ではなく椅子にくくりつけられた男。

「俺もシャワーを……」

 真っ白な肌から眼をそらして、虎鉄をひきなはそうとすると逆に力を込めて体重をかけてきた。そのままベッドの上に押し倒される。弱い力、軽い体重。抵抗しようと思えばできるのに、そういう気はなぜか、いつも起きない。。

「ダメ」

 部屋の古さと廊下の暗さとは反対に、ベッドのシーツは真っ白でノリがきいていていかにも清潔でほっとした。アイロンをかけた糊の香りがする。

「俺、見られながらするのが好きなんだよ。だけど、こいつしか抱きたくないから。声かけてくれたのに、ゴメンね」

 虎鉄がサラリーマンに説明しながら虎鉄が俺のシャツをたくしあげる。言うだけ言って、心底安心したように息を吐き、俺の顔をじっと見る。

「俺はね、楽しみにしてた。計画たてている時からずっーっとね」

 ねっとりとした、その視線を受け止めた。繊細で色の薄い髪からシャワーを浴びたばかりの水滴が落ちてくる。

「優しすぎるんだよ、立花君は。女の子に人気あるの、自覚無いでしょ。やたら頼み事されるのってあの子達がお近づきになりたくて下心からやってることなんだよ? わかってる? そういうの見せつけられる身にもなってよ」

 むき出しになった腹の上を柔らかくて熱い手が滑って行く。

 少し、震えていた。

 そういえば、ブラウスが破けていた。怖いめにもあったのかもしれない。

「お前だって……」

 どちらかといえばクラスで女子の近くにいるのは虎鉄の方だ。

「俺は違う。害がないと思われているから話しかけてくるだけだよ、あいつらは。立花君に彼女がいるかとか、何が好きかとかそういう話、僕がどれだけ聞かれたと思う?」

 耳元で囁かれる声は鋭くい。

「俺のもの、なのに」

 唇を塞がれる。

 何度もキスを繰り返される。

 ガタガタという男が暴れる音がする。虎鉄にも聞こえているのだろう。ふふふと口が不気味に弧を描く。内蔵に電流が流れたからだろう、気持ちが悪い、吐かせて欲しいと懇願しているが、虎鉄はそれを無視する。

「観客が五月蠅いね。でも、必要だ。だって、君は僕の共犯者だって証言してくれる人だからね」

 台詞は挑発的なのに、どこか懺悔をするような許しを請うような苦しさを込めた声。

 時々、虎鉄はこんな顔をする。決まって俺を抱こうとする時だ。きっとだから、俺はこいつを憎めない。

 だから、自分を覆うように乗っている細くて白い裸体を抱き寄せてキスをした。

 こんなことはさっさと終わらせたいのだから。

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幇助犯 うたこ @utako0426

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