014『カラオケ襲撃3』
「……はぁッ……はぁッ……も、もう無理……」
走り出して数秒ほど。見つけた階段を降りている途中の踊り場で、早くも僕は力尽きていた。プルプル震える細腕はついに星川を支えきれなくなり、僕はなかば落とすような勢いで星川を床に下ろす。僕はどちらかと言えば文化系のモヤシ男だ。どうやら火事場の馬鹿力の効果時間は短く設定されていたらしい。
勢いよく尻餅をつかされた星川が「きゃんっ!?」と小さな悲鳴をあげた。
「痛っ……! ちょっと、乱暴にしないでよ! てか、限界来るの早すぎでしょ!? それでも男!?」
うるせーな! 仕方ないだろ! 人一人抱えて走ったことなんてねぇんだよ! 大体、お前が自力で走らないせいだろ!
と言いたいのが正直なところだったが、それを言えないのが辛い立場。
「……ごめん……」
素直に謝ると、言い返ししてくることを想定していたらしい星川は、反論のためにすでに開けていた口を数度パクパクさせる。そうかと思うと、ため息をつきながらそっぽを向いてポソリと言った。
「……謝るとか、キモ……マジ、意味わかんない……」
えぇ……理不尽すぎないですか? ならどうすりゃよかったんですか? リア充こぇー……女心分からねぇ……。
「お二人共。今は無駄口をたたいている暇はありませんよ」
不条理な現実に呆然としていた僕の意識を、カエシアが横から引き上げてくれた。
そうだった。今はこんなことをしている場合ではないのだった。
「……あ、ああ。そうだったな。先を急ごう」
僕は気を取り直して立ち上がり、星川に手を差し伸べた。
がしかし、星川は僕の手をスルーして自分で立ち上がると、
「……ふん……」
何が気に入らないのかすれ違い際に僕をひと睨みしながら一人で先に行ってしまった。
流石に頬が引き攣るのを感じた。ちょっと顔が良いからって調子に乗りやがって。
「マスター、我々も行きましょう」
「……ああ……」
***
階段を駆け降りていく。
降りて、降りて、また降りていく。新しいフロアに到着しても、さらに降りていく。また新しいフロアが来て、さらに新しいフロアが来ても、再度降りて――そんなことをすでに五回ほど繰り返したところで、星川が立ち止まった。
「あーもう! 意味わかんない! どうなってんの!?」
僕らが通されたカラオケルームは三階の大部屋だ。だというのに、どれだけ新しいフロアがやってきても、一階が一向にやってこないのだ。
色褪せた壁にそろりと目を向ける。そこには剥がれかけのペンキで〝3F〟と書かれていた。現実逃避気味に何かの勘違いだろうと目をこすってみたが、やはり〝3F〟の文字は変わらなかった。
「……マスター」
そろりと近寄ってきたカエシアが星川に聞こえないようにそっと声をかけてきた。
「我々は、おそらく……」
「ああ。囚われているようだな」
空間を歪ませてループさせているのか、あるいは独自の閉鎖空間を作って閉じ込めているのか――おそらくはそういった空間魔術の類だろう。
自慢ではないが、重度の中二病を患ったことのある人間ならこれぐらいはすぐに察する。だって、空間魔術って特別な感じがして格好良いし。深淵ノ理の〝潜淵踏破〟も、そういう理由で生まれたものだし。
「――なんだ、気が付いてなかったんだ……優れた魔術師なら当然見抜いているだろう思って警戒してたのに。無意味に逃げ回るからおかしいと思った」
不意に頭上から、何の脈絡もなく、友達に向けるかのような軽い口調が飛んできて、僕は反射的に見上げた。すると、そこにはまるで最初からその場いたかのような自然さで、仮面のあいつが立っていた。
僕とほぼ同時に気が付いたカエシアが、咄嗟に先ほどと同じように火種を起こしながら前に出るが、唐突に地面が液状化して足を取られてしまった。
「……ッ!?」
バランスを崩した彼女はそのまま前に倒れ込み、両手を地面についてしまう。両手も足と同じように床に沈んでいく――火種と一緒に。
カエシアは慌てて手を引き抜こうとするが、その時にはすでに床は固いコンクリに戻ってしまっていてビクともしない。
「くっ……」
「ふんっ……そんな子供だまし、二度も通用するわけないでしょ」
仮面のあいつが腰に手を当てて前屈みになりながら、小馬鹿にしたように言った。
その声から分かるのは若い女だということ。多分、僕らと同い年ぐらい、あるいは年下かもしれない。小生意気な子供っぽい雰囲気が仮面越しにも透けて見えている。
「――で? もう一人、仲間がいるってことだけど、それってお前よね?」
仮面の少女が、今度はこっちを向いて言った。星川の方には目もくれず僕に向けて。
僕が仲間だってバレてる……何でだ!? この前の戦いで仲間が男だっていう情報が共有されてた――としても、男は竜崎も浅間もいるのに!
「……何のことだ?」
「誤魔化しても無駄なんだから。お前はそれで隠せているつもりなのかもしれないけど、体から魔力が漏れ出ているのが私の目には見えているもの」
ええ!? そうなの!? 僕って魔力が漏れ出てるの!?
「まぁ、微量過ぎてほぼ無いに等しいから、私じゃなかったら隠しきれていたかもね。ふふんっ、残念だったわね」
いや、隠してなんかないんですが。隠してなくて無いに等しいんですが。
実は秘められた強大な魔力が僕に――とか考えた数秒前の自分が恥ずかしい。
「なるほど、な……やるじゃないか」
本当のことを言えるはずもなく僕が空気を読むと、仮面の少女は「ふふん」と得意げに鼻を鳴らし、深く腰を落として剣を構えた。
「じゃあ――行くわよ。千堂さんを退けた実力がどんなものか、見せてみなさいッ!」
中二病時代に捨てた〝黒歴史ノート〟が本物になって帰ってきた。 法螺依存 @horaison
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