そして、魔女の衣装
「えっと……。あれは、怜さんを慰めようとしたわけじゃなくて。怜さんに、魔女の衣装を着てほしかったんだ」
シュウタ本人からじきじきにそんな言葉が聞けたのは、7年後、私たちが高校生になってから。
今日は10月31日、ハロウィンの夜。
同居生活を始めたシュウタと私は、いつも通り近所のコンビニでお菓子や食糧を買い込んで、一緒に食べていた。
ハロウィンのパッケージのお菓子も多くて。そういえば、と。昔話になったのだ。
「今日はそういうわけで、ハロウィンでしょ」
シュウタの言葉に、私はうなずく。
私が、人殺しになった事件。
あの事件のあとはずっと、ハロウィンどころじゃなかった。ハロウィンだけではなくて、季節のなにもかもを感じとれなくなっていた。
でも、こうしてシュウタと暮らし始めてからは、ふたりで季節感も感じられるようになってきている。
「俺、先週ひとりで買いものに行ってきたんだよ」
「えっ、ひとりで? えらいね、頑張ったね」
さらっと言ったけれど、それはシュウタにとってはすごいことだ。
シュウタは事件の影響で、人間としての日常生活さえもままならない時期が長かった。
買いものも、だれかがいっしょについていっていた。私と暮らすようになってからは、基本的に私といっしょに行っていた
けれどもう、シュウタはひとりで買いものくらい行けるんだ――彼の回復に、嬉しくなる。
……なんて思っていたら、シュウタはちょっといたずらっぽい顔をした。
「うん、買いに行きたいものがあったから。……なんだと思う?」
「見て、これ」
シュウタは自分の学生かばんをごそごそ探って、ブランドロゴが入った袋を取り出す。
そのブランドはたしか、最近私たちの世代に人気って、
そして、シュウタが広げた服は――。
あの日にお姉ちゃんが着ていたような、魔女の衣装――ううん、よく見ると、魔女の衣装のようなワンピース。
胸もとには、小ぶりの、子どもっぽすぎない赤いリボン型のブローチ。
とっても、可愛い……。
お出かけするときにも、着られそうな。
でも。
私は、こんな可愛い服が、自分のためにあるってやっぱり思えなかった。
「俺、このあいだまで、クラスの男子たちとハンバーガー屋行くって言ってたでしょ? あれ、実はちょっとだけバイトさせてもらってたんだ」
「えっ、そうだったんだ。シュウタ……もうバイトなんてできるの?」
「うん。
えへへ、とシュウタは笑う。
「……だからね、怜さん。受け取って。いまここで……着てみてよ」
「……もし、やだって言ったら?」
「そのときは、いたずらしちゃうから」
「……もう、そういうの、どこで覚えてくるの」
どきどき、している。
そんな気持ちを隠すのに、精いっぱいで……。
「……でも。似合わないよ。私には、こんなの……」
「似合うよ。怜さんはとっても可愛いもん。……俺、何年も前からずっと、怜さんに魔女の衣装を着てほしかったんだよ」
シュウタは、私を見上げてくる。
「……お願い。着てみてよ」
そんなふうに――真剣に、お願いされてしまったら。
……それに。
私だって。ほんとうは――。
「……脱衣所で着替えてくるからっ、ちょっと待ってて」
「――やったあ、着てくれるんだね。怜さん、だいすき。絶対に似合うから」
私は、脱衣所に行く。
内側から、ドアにもたれかかって……シュウタにもらった衣装を胸にかかえたまま、ずり落ちる。
顔が、急に熱をもつ。
心臓が、早鐘のようにうるさい。
私も、ずっとあこがれていた。
魔女の衣装に……可愛い服に。
事件のあとは、おしゃれをする余裕なんて、まったくなかった。
シュウタが、私の、かなえられなかった想いをかなえてくれるなんて。
魔女の衣装を。……こんな、うれしさを。
与えてくれる日が、くるなんて。
「……シュウタ。だいすき」
衣装に顔をうずめると、新品の服の、いい香りがした。
そして。
魔女の衣装に着替えて出ていくと、怜さん可愛い可愛い、めちゃくちゃ可愛い世界一可愛い、すっごく似合う、似合うとシュウタに大騒ぎされたのだった。
ふたりきりの、あたたかい部屋で。
10月31日、ハロウィンの夜は、ゆっくりゆっくり更けていく。
(おわり)
キャンディと魔女 柳なつき @natsuki0710
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
帰りの電車で書く日記/柳なつき
★39 エッセイ・ノンフィクション 完結済 45話
ただの、ただならない、創作日記。 ~総集編~/柳なつき
★63 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1,167話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます