もどかしさ、切なさ

 ……つけっぱなしだったテレビが、ふと時刻を告げる。

 深夜、十一時半……もうそんな時間なんだ。さすがに寝ないと。


 私は、テレビを消した。

 ……しん、と急に沈黙がしみる。


「シュウタ、そろそろ寝よっか……あ、そういえば、衣装も片づけなくっちゃ」


 魔女の衣装と、カボチャの被りもの。私が片づけておくって、お母さんに言っておいたんだった。

 忘れていた。

 どっちにしろ、寝る前にやるつもりだったからいいのだけれど。


「シュウタ、ちょっと待っててね。片づけてきちゃうからね」


 私はシュウタに言い聞かせて、立ち上がって魔女の衣装とカボチャの被りものを手にする。


 ……なんとなく。

 ほんとうになんとなくなんだけど、魔女の衣装を広げて持ってみた。

 お店で、試着をする前に、鏡の前で服を合わせてみるかのように……。


 小さな赤いリボンがアクセントになった、大きな魔女の帽子。黒いワンピースの胸元には、帽子のリボンと対になった大きめのリボン。

 シンプルだけれど、とっても可愛い……。


 でも、わかっている。これはお姉ちゃんのような華やかな女の子だから、似合うんだって。

 地味な私が、似合うわけ、ないんだってこと。


 ……なに、やってるのかな、私。

 小さくため息をついて、衣装をきれいに畳もうとしたのだけれど――。


 ……足首が、もぞもぞしたと思ったら。

 シュウタが私の足首を舐めて、こちらを見上げている。


「どうしたの。シュウタ」


 問いかけると、シュウタは後ろ足の膝をついて立って、私のおなかのあたりを前足で何度もひっかいた――なにかを、訴えかけている。それも、強く。


「衣装、気になるの? だめだよ。これから、しまいに行くんだから」


 持ち上げるような動きをすると、シュウタは思い切ったように――ジャンプするかのような動きを見せて、その口に、魔女の衣装をくわえてしまった。

 すばやい。

 私の頬は、自然と緩んでしまった。


「もう……」


 遊びたいのかな。

 衣装、しまわなきゃいけないんだけど……私の頬は、自然とゆるんでしまう。


「じゃあ、すこしだけだよ?」


 私はソファにもう一度座って、床にいるシュウタに、魔女の衣装を膝に置くようにして差し出した……のだけれど、シュウタは噛みついてこなかった。

 ボールや私の服で遊んでいるときみたいに、喜んで、食いついてくると思ったのだけれど……。


「遊ばないの?」


 シュウタは、衣装をつまむように口で持ち上げてはひらひらさせて、なにかを懸命に訴えている。

 私も手で服をつまみ上げてみたり、シュウタの頭を撫でてみたり、最後には衣装で遊びたいわけじゃなかったのかなってボールを取り出したり、いろいろしてみたのだけれど……どれも、違ったようだった。


 言いたいことが伝わらないのがもどかしいのか悲しいのか、シュウタは複雑そうな顔をする。


 わからない……。

 私は、ソファに座った。


 手を放した隙に、魔女の衣装がはらりと床に落ちて。

 でも、なおも、シュウタは口で衣装を持ち上げつづける。


「よしよし、よしよし、ごめんね、なにが言いたいの?」


 シュウタは口を使って、必死に服を持ち上げて、ひらひらさせている。

 ひらひら……ひらひらと……。


 夜の町。

 前を行くお姉ちゃんの魔女の服も、ひらひらと舞っていた。


 私には、けっして似合わない衣装。

 いつか着てみたいと、夢見るように思って、でも、……そんな夢は私にはふさわしくないって、自分でもわかっている。


「……ねえ、シュウタ。もう、しまってもいい? ……あのね」


 私は、小さく笑顔をつくる。


「その衣装を見てるとね、私には……こんな可愛い服は似合わないだろうなって、ちょっとだけ……切なくなるの」


 シュウタには。……私の可愛い仔犬には。

 本音を言える。

 シュウタだけには……。


 魔女の衣装をシュウタの口からそっと外すように取り上げると、シュウタは、きゅうんと鳴いた。


「慰めてくれてるの? ありがとうね」


 私はそのまま、衣装をしまって――10月31日、ハロウィンの夜は、今年も終わったのだった。

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