甘やかす
キャンディの包みを開ける。
包みこそ、ハロウィンっぽくカボチャの描かれたデザインだったけれど、中身はふつうのイチゴ味だ。
「シュウタ。まて」
私は手のひらをシュウタの頭上にかざして、命令する。
シュウタはおすわりの体勢で、大人しく健気に、まて、を実行する。
その澄んだ瞳としばらく見つめ合うかのように、まて、をして。
私はちょっと経ったら、すぐに言う。
「いいよ」
シュウタは首を動かして私を見上げて、口を開けた。
私はその口にキャンディを入れてあげる――そっと、含ませるように。
キャンディを舐めるシュウタ。
とっても、とっても、嬉しそう。
キャンディの甘みを、噛みしめるかのように――。
「おいしいんだね。よかったね」
私がそう言ってシュウタの頭を撫でると、シュウタはなにか言いたそうに私をじっと見た。
「おいで」
あごを撫でて促すと、シュウタはおずおずとソファの上にのぼってくる。
そして、いつもそうしているように、私の膝の上に顔を載せて、伏せた。……私はその背中を、やっぱりいつもそうしているように、柔らかく、なんども撫でる。
テレビでは、ハロウィンのスイーツ特集が流れている。
シュウタはふいに、私の手を舐めた――犬はしゃべれないから、ひとを舐めることで喜びや感謝を伝えることがあるんだよ、とお父さんとお母さんに教わった。
そして、それは、その通りなんだと思う。
「嬉しいの? そんなに美味しいの?」
私の右手を舐め続けながら、シュウタはちらりと、もの言いたげな瞳で私を見上げてきた。
シュウタは嬉しそうにはにかむと、ちょっと遠慮がちに身体を伸ばして私のあごのあたりを舐めはじめた。
さっきよりもすこしだけ激しくなったその舌の動きが、そうだよ、そうなんだよって言ってるみたいで。
当たり、だったみたいだ。
シュウタは、いつもまっすぐに喜んでくれる。
……私にとって、シュウタだけが。
まっすぐに、気持ちを通わせることのできる、相手だ。
「キャンディ、喜んでくれてよかった」
私よりも大きくなってきたシュウタの身体をぎゅっと受け止めるように抱き締めると、わん、とシュウタはまるで人間の言葉がわかっているかのように、鳴いた。
テレビでは、ハロウィンのスイーツ特集が流れ続けていて。
おいしそうだねえ、すごいねえ、とシュウタに話しかけていたら、お母さんがお風呂から上がってきた。
「またシュウタに話しかけてる。犬なんだから、わかるわけないのに」
言葉こそちょっとだけ強めだけれど、お母さんはご機嫌で、シュウタを膝に載せている私に穏やかな表情を向けてくれる。
「シュウタはわかってるよ」
「ふうん、そう。ところで、
「お姉ちゃんなら、ずっと電話してるけど」
「凛はまた、荷物も出しっぱなしで片づけないで」
お母さんの視線が向くのは、ソファの上に置かれたままの魔女の衣装。
「いいよ、私が片づけておくよ。どっちにしろカボチャも片づけなきゃだし。押し入れの棚の、上から三番目に入れておけばいい?」
「そんな、いいのよ、魔女の衣装はお姉ちゃんが出したものなんだからお姉ちゃんに片づけさせないと」
「でもお姉ちゃん、電話中に話しかけたらまたきっといろいろ言うよ」
最近のお姉ちゃんは噂に聞く反抗期なのか、お父さんやお母さんからなにかを言われるといちいち反抗する。
お姉ちゃんが夜遅くに大声でお父さんやお母さんとやりとりするのを聞くのは、楽しいこととは言えない。
寝る前くらい、シュウタと遊んであげたりしながら、ゆっくり過ごしたい……。
お姉ちゃんの大きな声が聞こえてくると、シュウタもびくっとしちゃうし。
「それも、そうねえ。怜、いつも悪いわね。妹のあなたが本当はそこまでする必要、ないのよ」
「いいの。好きでやってるから」
私はあくまで、自分の時間の平和を保つために、片づけひとつくらいなら引き受けるってだけだ。
「じゃあ、悪いけどお願いするわね。お母さんは、二階に行くから。あとはよろしくね。今日はハロウィンだから特別に、この時間でもちょっとならもらったお菓子、食べてていいけど、ちゃんと歯磨きして寝るのよ。……あと、シュウタをあまり甘やかしすぎないこと!」
バレてた。お菓子、あげてたこと。
でも、お母さんの表情は穏やかなままだ。
「ほどほどにするのよ」
それは、ほどほどならいいってことだ――なんだかんだで理解のあるお母さんに、内心感謝しながら、私はおやすみと言った。
おやすみなさい、とお母さんは親らしく静かに返してきた。
私はそのあと、シュウタといっしょに過ごした。
いつものことだ。これと言ってなにをするでもなく、ただいっしょにテレビを見たり、撫でながら本を読んだり、時には小さなボールを取ってこさせて遊んだりする。
シュウタは寂しがり屋なところがある。夜はお留守番のときとおなじで、ケージに入れてひと晩過ごさせるのだけれど、それがけっこう苦手みたいだ。
もっと小さかったころほどではなくなったけれど……いまでも毎晩、私が寝ようとすると寂しそうな顔をする。
だから、いつしか私は家族のだれよりも遅くまでリビングにいて、眠くなるまではできるかぎりシュウタといっしょに過ごしてあげるのが習慣になった。
よくそこまでシュウタにつきあってられるね、とお姉ちゃんには言われるのだけれど……私は、シュウタを放ってはおけなくて。
それに、私はやっぱり……シュウタと過ごす時間が、好きだから。
お菓子は、ほどほどにしておいた。
といっても、シュウタには、けっこうあげてしまった。
キャンディをひとつ舐め終わって、もういちど、どれがいい? って見せたらシュウタは遠慮していた。けれど、けっきょく最後はまたキャンディをほしがって、舐め終わったあとにもまた遠慮していたから、可愛くて……チョコやらマシュマロやらを口に持っていってあげると、おずおずと、でも食べてくれるものだから、やっぱり可愛くて可愛くて仕方なくなって、けっきょく……けっこういっぱい、お菓子をあげてしまったのだ。
これが、甘やかしてるってことなんだろうな。
でも……シュウタの、お菓子をもらって申し訳なさそうな、だけどやっぱり嬉しそうな、……ちょっととろけるような表情を見ていると、まあ、いいか、と思えるのだった。
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