お菓子
ハロウィンの夜の町。
近所の家に、子どもたちが“Trick or Treat!”と言っては、まわる。
魔女の格好をしたお姉ちゃんは、積極的にお菓子をもらいに行く。
私は、子どもらしくふるまってお菓子をもらうのが苦手で……。
でも、どうにか。勇気を振り絞って、トリック、オア、トリート、と言いながら、お菓子をもらい続けた。……棒読みだし、カボチャをかぶってるし、そんな子どもにも笑顔でお菓子をくれた近所のひとたちには、感謝しかない……。
お姉ちゃんは私の前を歩いて、ゲットしたお菓子を友達と見せ合ってきゃいきゃい、はしゃいでいる。
お姉ちゃんは、いつでもどこでも友達がいるのだ。
私は、顔見知りの子たちの集団にどうにか入れてもらった。
カボチャの頭の人物に驚く彼女たちに、
……ほんとうは。
子どもどうしの付き合いも、大人にお菓子をもらうことも、どっちも、私には向いていない――疲れることだ。
電灯でふわりと照らされる、夜の町。
前を行くお姉ちゃんの魔女の衣装の裾が、歩くたびにひらひらと舞って、……おひめさまみたいだ。
……はやく帰りたいな。
シュウタと過ごしたい。
そして、児童会のハロウィンイベントが終わって。
お菓子は、それなりに集まった。ウエストポーチが、どうにかいっぱいになるくらいには。
……お姉ちゃんの、私のウエストポーチなんかよりもっと大きいトートバックからは、お菓子があふれそうだったのは――この際、見なかったことにしよう。
私だって。
……私にしては、頑張ったよ。
もともと、こういう行事は苦手。
子どもらしく、いなきゃいけないから。
子どもどうしの付き合いも苦手だし。大人に対して、子どもらしく振る舞って、“Trick or Treat!”なんて言うのも苦手だし――。
でも。
シュウタにお菓子を持って帰りたかったから――頑張れたんだよ。
興奮の余韻、熱気をはらんだ空気のなか。
みんなが少しずつ解散していく。
子どもたちのざわめきに背を向けると、ああ満月が――まるい、とてもまあるい月が、光っている。
私は、空を見上げて。両手をちょっと広げて、静かで、冷え込む空気をからだに取り入れる。
冷気と月あかりを浴びて。私は今日も、自分自身を取り返せたような、やっと呼吸ができるような、そんな気持ちになった。
あとは、シュウタの待っているあたたかいおうちに、……帰るだけ。
家に帰って、お風呂も済ませて、家族がそれぞれに過ごす夜の時間。
お姉ちゃんは部屋で友達か誰かと電話しているようだ。お姉ちゃんの電話は、始まるといつも長い。
お母さんはお風呂に入っていて、お父さんは書斎にいるようだ。
そして私はようやく、リビングのソファでシュウタと過ごせていた。
うちの、いつもの風景。
普段と違うのは、ソファに放り出されたお姉ちゃんの服と、そのとなりに置いたカボチャと、あとはつけっぱなしのテレビから流れる番組がハロウィン特集とかハロウィンスペシャルだとかハロウィンの影響を受けたものばっかり、ってことくらい。
カボチャのかぶりものの隣に置いておいたウエストポーチから、私はごそごそと、ハロウィンでもらった色とりどりのお菓子の包みを取り出した。
私の足もとに座るシュウタは、こちらを見上げた。
「シュウタ。どれがいい?」
チョコの包み。キャンディの包み。マシュマロの包み。
クッキーだって、ビスケットだって、マフィンやヌガー、手作りのカップケーキや、駄菓子なんかもある。
ハロウィン限定のパッケージや、ハロウィンらしくカボチャやお化けをあしらった飾りも多くて、見た目にも鮮やか。
「どれでも、好きなものをあげる」
その柔らかい頭を撫でながら、シュウタに語りかける。
シュウタは戸惑ったように私を見た。犬なのに、気を遣って遠慮していることが私には伝わってくる。
可愛いな、そう思ってくすっと笑ってしまう。
「だいじょうぶだよ、私も好きなの食べるから。でも、このお菓子、シュウタのためにもらってきたの。だから、最初にシュウタが選んで?」
シュウタはやっぱり遠慮していたようだけれど……。
おずおずと顔を近づけてきて。私の手のひらに載ったキャンディの包みを、包みごと、ぱくりと口にした。
「キャンディがいいの?」
うなずく代わりに、キャンディを口にしたシュウタはまっすぐ明るい瞳で私を見つめてきた。
「いいけど、キャンディだとすぐにおなかいっぱいにならないよ。チョコやマシュマロを食べたあとでも、いいんだよ?」
シュウタは人間のお菓子のなかでは、キャンディが好きだ。
理由は、わかっている。キャンディは、口のなかに長く残るからだ。普段ドッグフードを食べているシュウタは、なかなか甘いものを食べる機会がない。
ドックフードを食べたあとにもおなかが空いて、歯みがきガムをいつまでもいつまでもガジガジ噛んでいることも多くって――もっとシュウタのごはんを増やしたらどうかって、私はずっとお父さんやお母さんに言っているのだけれど。
『生きるのに充分な量や栄養は与えているし、あんまり甘やかしてはいけないよ』
いつも、優しく諭されてしまうのだ。
でもかわいそうで、私はむかしからこっそり……シュウタの口にそっと含ませるように、キャンディをあげている。
だから、シュウタはいまでもキャンディが好きなんだと思う。
チョコやマシュマロを食べたほうが、おなかはいっぱいになるんだけれどな……犬だから、やっぱりそのあたりはわからないのかもしれない。
キャンディの包みを口で持ったまま、開けて開けてと言わんばかりに見上げてくるシュウタが可愛くって。
こうなったら、負け、もう、私の根負けだ。
「そっか、シュウタはキャンディがいいんだよね、じゃあいま包みを開けてあげようね、舐めさせてあげるからね」
シュウタの口から、キャンディの包みを取り出す。
口の、そんなに深いところではくわえていなかったはずだけれど、袋の端は少しだけ唾液で湿っていた。
「そんなにキャンディがよかったの」
笑いながら言うと、シュウタは急に照れたような、大人びた顔をした。
私は、立ちどまるかのように、……はっとしまう。
シュウタの表情。なんて言ったらいいんだろう……まるで中学生のお兄さんとかが、小さな子のいたずらや、誤解を優しく許すような。
……シュウタはまだ仔犬のはずだけれど、いつ、大人の犬になるのかな。
そんなことを、思った。
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