魚影

川谷パルテノン

街中にて

 車が走っている。私はトランクの中。目隠しされて、手足は縛られて。車が走っている。そんな感じで揺れている。少し前のことだった。男が話しかけてきて、私は手に持ってた氷だけの紙コップから氷を口に含んでそいつに噴きかけた。男は逆上して私のお腹を殴った。一発で気を失いかけたけど堪えた。だけどからだは自由がきかなくて、あれよあれよで縛られて目隠しされて車ん中に放り込まれた。

 私たちはどこへ向かうのだろうか。そもそもどこからやってきたのだろうか。始まりはサカナらしい。サカナは陸にあがってみようとおもった。そのサカナはどれくらい生きたのだろう。おかげ様で私のお腹の痛みはリアルとしてここにある。クソタレがよ、ふざけんじゃねえ。殺されるのかな。なんで。意味わかんない。眠たくなってきた。



 変わりたかった。ただそれだけだった。四十四歳童貞。恋してみたかった。ふらっと出た街で見かけた女。たぶんまだ子供だ。人生初のナンパというやつをやってみた。YouTubeの企画じゃない。人生だ。女は俺を蔑んだ目で見た。俺は負けないぞと思った。女は口の中に入れた水か何かを俺に向かって吐いた。負けないぞ、負けないぞ、負けないぞ。なんで。どうして。いつもそうなんだ。俺は近くに停めてた車に女を隠してその場を走り去った。他人事のようにどうするつもりだと自分自身が聞いてくる。それは途中からさっきの女に変わったり、クソ上司に変わったり、親父やおふくろだったりした。うるせえ、うるせえうるせえうるせえ。どこか遠くへ行こう。そう思った。もう引き返せない場所まで来たってのに。




 わん! わん!わん!わんわんわんわん! 犬は全部を見て全部を見終わった。



 私はたまたま街にいた。たまたま街にいてやべー男も偶然居合わせた。元カレの話な。私を殺すってLINE送ってきてた。鬼ごっこの最中だったってわけ。だけど思わぬとこで捕まった。つうか誰だよお前。でもラッキーだった。お金なかったし逃げる手間はぶけた。ある意味サンキューです。あとこれ以上乱暴しないでくれたら助かります。よろしくでーす。




 ガス欠。どこだここ。潮の香りがする。上京する前、十代を過ごしたクソ田舎とおんなじ。だけどさ、クソはどこ行ったってクソだった。四十越えても俺には何にもない。まあ前科はつくか。どうするかな。死ぬか。もういいだろ。やりたかったこと、何にもできなかったんだから。女はどうしよか。帰してやろう。どうせ、死ぬんだ。悪いやつだけくたばればいい。



 目隠しが取れても暗かった。夜じゃん。ウケる。ぶん殴った。


「痛ッーーーッ何すんだいきなり!」

「テメェだろがジジイ!」

「そだな」

「そだなじゃねえよインポ野郎!」

「勃つよまだ。キミいくつ」

「バカじゃねえの。知ってっけど。なんなんお前」

「しがない中年です。ひどいことしてごめん」

「遅えー。取り返しつかないから。警察呼ぶわ」

「ちょちょちょ大丈夫! やめて! 死ぬから。死んで詫びる」

「ふざけんなって! 死ぬなタコ!」

「え?」

「なんつうか、助かった。あんたがバカで」

「は?」

「いいから生きろ」

「いいんですか?」

「別に。私生きてるから。とにかく私の前では死ぬな。てかずっと私から許されないでいろ」

「警察は……」

「かあーーーーッ だる。もうめんどいからいい! よくないけど許さないけどそっちはもういい。もう喋んな! 家ココ! わかる地図!? 送ってけよ!」

「図々しいお願いなんだけどさ」

「喋んなって!」

「一緒に海眺めてもらっていいすか?」



 サカナは映らない。陸にも上がらない。おなかいたい。バーカ。


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