(25)まとめ

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 リチャード国王との会談を終えたルーカスは、学校の寮には戻らず藤花と共に新しく手に入れた島に行った。

 至れり尽くせりというか、ご都合主義というべきか、島にはマスターとなりえた者が使えるように、小型船まで用意されていた。

 ヘルミナ曰く、元のマスターがいた時代には普通に使われていたタイプの船で、今の時代の主流になっている帆船とは違う高速船となる。

 浮遊石を利用した動力を使っていることは変わらないのだが、移動速度に特化している時点で帆船とは全く違った造りになっている。

 この高速船だけを見ても、五千年前という時を戻ったとしても決して技術的に劣っていたわけではないことが分かる。

 もしかすると話に聞いた十二の始まりの島から近い分、むしろ技術だけを見れば高い可能性もあり得る。

 浮遊球間の情報のやり取りが代々の継承時に欠落していった結果、失われている技術はかなりのものがありそうだというのがルーカスの現時点での感想だった。

 文明的な発展度で見れば今の方が上かもしれないが、浮遊球や浮遊石を利用した技術は明らかに過去の方が上のように思える。

 

「――どうにか上手く説明できたかな?」

「はい。あれ以上はないでしょう。必要なことは全て話せました。後は国王がどの範囲まで周囲に知らせるかですが、そこは私たちが関知するべき問題ではありません」

「そうだな。肝心なことは隠せたし、リチャード国王を相手にあれ以上を求めるのは求めすぎか」

「星獣を管理して自由に増やすことが出来るなんてことは、知られるわけにはいきませんから」


 ルーカスがヘルミナの島を得て頭を抱えることになったのは、その技術力の高さを知ったからというだけではない。

 一番の問題はかつて島では多くの星獣が飼われていて、その多くが人々の手に渡っていたということだった。

 早い話が、星獣のブリーダーのようなことをやっていたということになる。

 

 王種を管理して浮遊石を得るということは現在いる王族でもやっていることなのでそこまで騒がれるようなことはないのだが、星獣を自由に増やすことが出来ると知られると大騒ぎになるどころではない。

 様々な場面で活躍している星獣を自由に売買できると知られると、今までとは比べ物にならないほどに注目されることになるだろう。

 そもそも星獣であっても生き物であることには違いなく、それをただの道具としてしか見られないような相手に譲るなんてことはあってはならない。

 もし星獣を金儲けの道具としてしか見ない貴族や商人に知られることになれば、前任者に対して申し訳が立たなくなってしまう。

 そうなる未来が高いだろうと判断したルーカと藤花は、その事実だけは隠そうということを決めたというわけだ。

 

「今儀式で送られている星獣も、実は始まりの島とかそれに近い島から送られている可能性がある。――なんてこと知られるわけにはいかないからな」

「少なくともどういう目的があるのか、その事実を知らないで話が広まるとどういう結果になるか予想もつきませんから」

「そもそも十二の島があるかどうかも分からないからなあ。ただの予想でしかない以上は隠しておくのが一番いい」

「私たちの間でもその情報は制限して伝える必要があります。特に中継島では魔族以外の人との繋がりも深いですから」


 中継島では今のところ魔族が表に出て島の管理を行っているので、島に暮らす人と直接的な交流が行われている。

 そのこと自体は良いのだが、今回のように知られてはいけないような事実が出て来た場合には厄介な問題となる。

『人の口には戸が立てられない』ではないが、何かの拍子に知られるわけにはいけない情報が外に流れる可能性もある。

 だからこそ情報の制限を行うという藤花の判断をルーカスも支持している。

 

 端から見れば魔族は結束が強く裏切り者など出ることはないと思われがちだが、個人の感情というものが存在している以上は意見の違いというものも出て来るのは当然だろう。

 穿った言い方をすれば、浮遊球の管理という地位を他の種族に横取りされたりしないように裏切ることがないだけともいえる。

 魔族も数が増えれば当然のようにグループが出来て来るし、そこからさらに発展すれば派閥が形成されることもあり得る。

 ただ他の種族に比べて絶対数が少ないために表面化することが少ないという言い方もできるかもしれない。

 

「――まあ、二つの島で差別化が起こる可能性は今から考えても仕方ないな。一応頭の片隅に入れておいて、起こった時に対処するしかない」

「そうですね。感情が関わる部分になりますから、完全に予測してコントロールできると考える方が間違っています」

「それよりも、今はツクヨミのお相手が出来たことの方を喜ぼうか。どう見ても相方認定しているみたいだからな」

「はい。あとは順調に繁殖をしてくれるかどうかですが、期待しすぎてもいけませんのでのんびり見守りましょう」


 何気に今回の件で一番の収穫だったのは、ツクヨミの相方が見つかったことだとルーカスは考えている。

 幾ら広い島が手に入ったからといっても、それを維持するための浮遊石が手に入らなければ意味がないからだ。

 あれだけの島を維持するための浮遊石をツクヨミだけで手に入れるのは不可能だということは考えなくても分かる。

 そういう意味でも二人目の王種を手に入れることが出来たという事実はかなり有難かった

 

 新しく手に入れた島はしばらく維持するだけで手一杯という分析結果が出ているので、当面は何かすることは無いだろう。

 多少なりとも余裕が出てくれば、以前の持ち主マスターが手掛けていたという星獣の育成にも手を出したいとルーカスは考えている。

 幸いにしてその方面に関する知識は浮遊球のデータベースに欠損することなく残っているので、困ることは無いはずだ。

 いずれは独自に研究を進めて行きたいと考えているルーカスだが、それはしばらく先のことだと分かっている。

 

 これから先にことは、まだまだ何が起こるか分からなくて未知数ではある。

 多分に運の要素も絡んでいるとは思うものの、確実に先に進んでいるという実感がルーカスにはある。

 とにかくこれからも周りに喰われることなく決して油断することなく先に進んで行こうと決意するルーカスであった。

 

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 ~ <『星獣の島』の歴史>より一部抜粋 ~

 

 かつてガルドボーデン王国、ライフバート王国、ハリュワード王国の三つの強国が周辺空域で幅を利かせていた時代。

 現代の我々が『星獣の島』と呼んでいる島が誕生したのは、そんな時代のことだった。

 当時はまだまだ航空技術が発達しておらず、基本的には風の力を使った帆船で空域を移動していた。

『星獣の島』のマスターだったルーカスは、遺失島から知識を得て星獣が誕生する島を作り出したとされている。

 もっともルーカスが『星獣の島』を作る前には、各国の船が立ち寄るための港がある小さい島を運用していたということが知られているので、最初から星獣が暮らす島を作ろうとしていかは定かではない。

 いずれにしても遺失島との邂逅によってルーカスが『星獣の島』を作り始めたことは各種の文献から紛れもない事実だと確認されている。

 

 今でこそ多くの人々が星獣を持ち暮らしの中に溶け込んでいるが、当時は儀式でしか星獣を得ることが出来ず『星獣持ち』は特別な存在だった。

 そんな中で星獣を繁殖させ、他人に譲渡ができると知らしめたルーカスは、まさしく世界の常識を変えた第一人者と言える。

 もっともルーカス自身は、最後まで「遺失島に遺されていた知識を利用しただけ」という態度を貫いていた。

 これは作者の個人的な意見だが、元からある知識を利用したのだとしてもそれをきちんと確立させて一般化できた功績は大きい。

 人々の中には「たまたま過去の知恵を手に入れることが出来た運だけが良い人物」と評する者もいるが、作者も含めた多くはそんなことは考えていないだろう。

 とにかく当たり前のように星獣を手に入れられる環境を用意するために、様々な困難を打ち破ってきたのは間違いないのだ。

 

 そもそもルーカスは星獣の在り方を変える前に、魔族の立ち位置を変えることに尽力したことでも知られている。

 ライフバート王国を除けば多くの国家で魔族との繋がりが切れていた時代に世間にあった彼らへの偏見を無くしたその功績は、現在の魔族たちの態度を見ればよくわかるはずだ。

 少し大げさに言えば、魔族がルーカスのことを神のごとく扱っていることは誰もが知る事実だろう。

 もっともルーカス本人は、魔族からそんな扱いをされることに戸惑っていたというのは有名な話だ。

 

 とにかく、ルーカスが現在の世界の有りように大きな一石を投じることになったことは間違いがない。

 歴史の中でも偉人とされる人物は数多く上げられるだろうが、誰もが名前を上げる人物としてはルーカスが一番といっても大げさではないだろう。

 もっともルーカスと同年代を生きた中で偉人だと評される人物は他の時代と比べても突出しているので、時代の転換点に生きて来た結果だったともいえるかも知れない。

 ルーカス自身も「世界の流れに身を任せた結果」と語っていることで評価を下げる一因にもなっているのだが、どういう意図をもってそんなことを言ったのかは今も良くわかっていない。

 

 (中略)

 

 《補記》

 巷にあふれるルーカスに関する噂の中に、実はまだ生き続けているというものがある。

 さすがに当人が生き残ったままということは作者も無いとは考えているが、悪戯や知名度アップ目的だけでは説明できない数々の証拠があるのも事実である。

 エルフなどの長命種ではないヒューマンを長く生き永らえさせる技術があるとするのであれば、世間が大騒ぎになることは間違いないだろう。

 そんな技術はないというのが一般常識ではあるが、『あのルーカスならもしかして』と思わせることが出来ているのもまた、ルーカスという偉人がそれだけ多くの人々に認知されているということの証明なのかもしれない。




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今話をもって「漂う世界を生きる道」は最終話となります。

ここまでお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

それでは、またどこかのお話でお会いできれば幸いです。


※『木の人』はまだまだ続きますので、そちらも応援いただけるとありがたいです。

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漂う島々の中で生きる道 早秋 @sousyu72

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