さいごの一日
きみどり
さいごの一日
一閃、横薙ぎに振り抜かれた剣身は異形の骨肉を断ち、そのまま弧を描いて、続け様に襲いくる数多の牙をいなした。
どさりと地面に転がった龍の頭を確認する暇などない。相手は多頭龍。巨大な切り株のような身体からは全ての方向に首が伸び、その双眸は己に仇なす男を食い千切らんと燃えている。
「あれれ? 押されてるよ~?」
顔の前で剣を横に構え、
「んなこと、ねえっ!」
障壁ごと四方八方から伸びてきた首を押し返し、無防備にふらついた三本をまとめて切り落とす。男の掌に鱗の砕けるピキピキという感触が伝わってきた。
振り向き様に、大口を開けて飛びかかってきた頭を二枚におろし、その影から新たに躍り出た頭を、潜り込むようにかわして喉元を穿つ。
断末魔が空気を震わせ、血飛沫がサッと大地を汚した。男が剣を捻ると龍の首はぶつりと
さらに背後から這うように迫ってきた頭を脳天から貫き、地面に縫い止める。
如何なる刃も通さぬはずの龍が、まるでバターを切り分けるように屠られていく光景は、尋常ではなかった。
男はそこでやっと溜め息をついて、龍の身体を見やった。残す首は、あと一本。
「ラスボスだってのに、訳無ぇな」
「長かったねえ。ここに来るまでに八十一体相手してきたもんねえ」
再びの茶化すような声。それは確かに、男の剣から発せられている。
「ボクもこの戦いが終われば、神々しい妖精の姿に戻れるわけだ!」
はしゃぐ剣を鼻で笑い、男は
一振りして血を払い、その切っ先を龍に向けると、両者は静かに視線を絡ませた。
長かった、本当に。
男の中を、一瞬にして今までの人生が駆け巡る。
今は剣の形をしている戦の妖精が、突如目の前に現れたのは十五の時。
「世界は君の手にかかっている」
そう言われ、男は迷わず使命を受け入れた。
しかし、その瞬間に日常は一変する。選ばれた優越感、魔法の剣を手に入れた高揚感。そんな青臭いものに浸る間もなく、村には魑魅魍魎が雪崩れ込んできた。
まだ頭でしか使命を理解できていなかった男は萎縮し、愚かにも今まで通り守られようとしてしまった。
化物と己との間に立つ背中。それが最後に見た家族の姿だ。
故郷は壊滅。転々とした村でも同じことが起こり、魔物は己に引寄せられているのだと気づいたのは多大な犠牲の後だった。
やむを得ず、人との関係を断った。がむしゃらに各地に潜む魔王の兄弟を倒して回った。
その孤独を癒やしたのは、皮肉にも己を孤独に突き落とした妖精本人であった。
魔物を葬る旅は自然と男を強くした。そうして身に付いた守る力は、少しだけではあるが、他者との関わりを取り戻させた。
脳裏に浮かぶ、「待ってる」と言ってくれたあの娘の顔。
雄叫びを上げ、男は地面を蹴った。
龍も首をバネのようにして牙を繰り出す。
剣は首の根元へと向かう。切っ先は抵抗なく吸い込まれ、滑らかに首をはねた。
それが地に落ちるよりも早く。男は刃に魔法を纏わせ、龍の身体をたたっ斬った。
肉塊が二つに割れる。そして地響きと共に、男の前に深紅の道が拓かれた。
途端に剣が光の粒子となって飛び散り、再び集まって小さな人の形となった。
「おめでとう! これで全部倒したね!」
「ああ。ようやく使命が果たせた」
「これでボクともお別れってわけだ。フフッ。湿っぽいのは面倒くさい。もう行くよ。バイバーイ!」
「ちょっ、待っ……あーあ。最初から最後までいきなりな奴。……元気でいろよな」
男は相棒の消えた空を見上げた。
その大空でプカプカと寝そべり、妖精は欠伸をひとつ。
「さ~て、後は世界が壊れるのを見届けるだけだな」
独り言ちて、無邪気に笑った。
本当、世界って脆くて面白いよね。この世の理を支える大精霊を皆殺しにすれば、簡単に滅んじゃうんだもん!
パワーに全振りせず、ボクみたいに人の形をとれば別の道もあったかもしれないのに。本能的に
ま、だからこそ精霊はこの世のシステムで、システムを破壊すれば世界も壊れるんだけどね。
「明日からは別の世界だな。あー、次はどんな世界をぶっ壊そうかな~?」
全ての精霊を失い、この世界は急速に病んでいく。栓が抜けたかのように一切合切が零れ落ちていくのみだ。
それを止める手立ては、もう何処にも無い。
さいごの一日 きみどり @kimid0r1
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