日本画「國の楯」の謎 🎨

上月くるを

日本画「國の楯」の謎 🎨





 万次郎は、もてる。( *´艸`)

 とにかく、もてる。(´ω`*)


 当人がそのことをどれほど認識しているか知らないが、いつもそばに女性がいる。

 賢明な人だから、目にも口にも素振りにも見せないが、もてる事実は揺るがない。


 ただ黙って座って居るだけだが、まわりの女性たちが放っておいてくれず、われ先に酌をしたがったり、オードブルや鍋物のいいところを取ってやったりと煩わしい。


 その手の女たちの目は揃って赤く潤み、いわば触れなば何とやらの風情。万次郎が行くところ自然にハーレムが出来てしまう事態を科学的に証明するのは至難だろう。


 当然、他の男たちの不興を買うところだが、あいにく万次郎は同性にも好かれる。

 わざとらしい、いやらしい、外連味けれんみなどといったものに無縁の稀少な人誑ひとたらしだ。




      🤹‍♂️




 申し忘れたが、小説を執筆し、音曲も能くする万次郎の本業は、日本画家である。

 そこそこに売れているので、夕方になると、結城の着流しで裏町へ出かけてゆく。


 ついでに言えば、二度結婚して二度離婚し、還暦の現在は独身で、俳優の舘ひろしさん似の温顔に、すらりとした立ち姿は、バーでもスナックでもひときわ目に立つ。


 ある夜、万次郎は中年の女将が営む居酒屋に、妙に細長いブツを持って現われた。

 カウンターの奥の席に座ると、いつもの冷酒。ビールなんざ可笑しくて飲めない。


 馴染みの常連客と四方山話をかわすうちに、やおら足もとからブツを取り出した。

 すっと引き抜くと、ギラッ! 刀身が粘っこい光を放ち、一瞬にして店内が凍る。


 ヒェッ! それホンモノ? マジっすか? 竹光じゃないっすよね? ドキドキ!

 け、けど、そんなもの持ち歩いて……じ、じ、銃砲刀剣類所持等違反じゃないの?




      🌳




 常連さんたちのざわめきを聞くヨウコの脳裡を過ぎってゆく、一枚の絵があった。

 同級生たち数人で、郊外の森にある万次郎のアトリエに遊びに行ったときのこと。


 重厚な造り付けの書棚から古めかしい『太平洋戦争名画集 続』(ノーベル書房、1968年)を取り出した万次郎は、付箋を挟んである頁の絵をどう思うかと訊いた。



 ――「國之楯」(1944年 紙本著色 額一面 151.0×208.0cm)



 それは静謐な、これ以上の静謐はあり得ないというほど静謐を極めた世界だった。

 漆黒の闇に、カーキ色の軍服に長靴、サーベルに軍刀を帯びた男が仰臥している。


 ただし、顔には寄せ書きの日章旗がかぶせられているので、表情はうかがえない。

 顔のない胸の上でしっかりと両手を組み、まっすぐ仰向けに棒のように寝ている。


 言いようのない重圧に駆られみんな押し黙っていると、万次郎が説明してくれた。

 従軍画家だった小早川秋聲こばやかわしゅうせいは、太平洋戦争末期の1944年、この絵を描いた。


 当初は「軍神」というタイトルで、背景には桜花が降り積もり、頭の周囲には後光を思わせる金が塗られていたが、制作を依頼した陸軍省には受け入れられなかった。


 同じ従軍画家の藤田嗣二らは日本兵の遺骸を描かなかったのにという理由らしい。

 で、戦犯を覚悟した戦後も1968年になって背景とタイトルを修正したという。

 

 もし再び戦争が起きた場合、自分たち画家は果たして国家に抵抗できるだろうか。

 いつになく生真面目な万次郎の自問自答にその場のだれも答えられなかった……。




      🐊




 それからほどなくして、万次郎は独身の住民票を異界へ移した。

 見た目の男気を裏ぎる病院嫌いが招いた、早すぎる最期だった。


 古武士を思わせる日本画家の自画像が遺影とされた葬儀で、われこそは万次郎画伯の想い者と自認する喪服の女性たちの鍔迫り合いが、あったとかなかったとか……。


 あの夜、家宝の日本刀をなぜ持参したのか、戦争画集との関連は、ありやなしや。

 イケメンにときめかない性質(笑)のヨウコは、聞きそびれたままになっている。




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日本画「國の楯」の謎 🎨 上月くるを @kurutan

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