後編

「この辺か」

「なにここ」


 かなり入り組んだ細い路地を通った先に、蔓が建物全面を覆った、西洋の城型の建物が唐突に現われた。


「随分前に廃業したラブホテルだと。城みてえだから隠れた観光名所だっつう話だ」

「こんなみすぼらしいのになんで壊されないわけ?」

「知らねえよ。土地の権利者が行方不明とかなんだろ」

「あるあるね」

「じゃ、調査課に報告っと」

「あれ、調べるんじゃないの?」

「どう考えても調査課の仕事だろうが」


 空間妖力が濃いなら怪しいのはちげえねえからな、と言って、水卜は現場の写真を撮って『怪取局』の調査課へ送信した。


「さて、タクシー拾わねえとな」

「もう待たせてあるわ」

「お、気が――」


 携帯をユウリにしまってさあ帰ろう、としたところで廃墟はいきょから黒い竜巻が突如噴き上がった。


「なんだぁこりゃ」

「とりあえず私は人払いするからアンタは局へ要請かけて!」

「あいよ。こりゃ日付変わるまでに帰れるか……?」

「ついてないねー」

「全くだ」


 流音が術をかけている間に、水卜は後ろからユウリに抱き寄せられつつ局に応援要請をかけた。


「ひなっちー、ちょっと離れた方がいいんじゃない?」

「だな。流音、かけたら一旦引くぞ」

「今終わったわ。了解」


 水卜がちょっと頭痛そうにしている事を察したユウリの提案で、水卜は流音に呼びかけて路地から離れる事にした。


「ちょ、まって。アレ、こっち来てない?」

「きてるてるー」


 それと同時に、黒い竜巻が3人の方へとグングンと迫ってきた。


「マジかよ! 洒落しゃれにならねえぞオイ!」


 焦って逃げようとしたが、前も後ろもゴチャゴチャした道のため、直線で追いかけてくる竜巻から逃げるのは至難の業であるのは明白だった。


「とりあえず屋根の上行くぞ!」

「おまかセー」

「後処理が面倒ね!」


 当然のように、3人は建物の上に跳び上がった。


「山にぶつかった位で止まるのアレ!」

「知らねえけど、街中で暴れられるよかマシだろ」


 流音は屋根を飛び移り、水卜は怪異体のユウリの手に包まれた状態で一直線に山がある方へ逃げる。


「ひなっチー、なんカ枝分かれシたヨー」

「えっ、本当だ何あれッ」

「つーことは、アレか根元に本体がいるんだな」

「そーみタイ」

「言ってる場合じゃないでしょ! というか乗せて貰えるッ?」

「おう。ユウリ頼む」

「はーイ。手ー」

「ありが――あっ、えっちょっとッ!」


 かなり余裕のある2人に対し汗だくの流音を見て、即座にユウリに手を差し出させたが、飛び移ろうとした流音を横向きに迫っていた竜巻が吸い込んでしまった。


 竜巻は流音の悲鳴と共に、大元が出てきた方向へ帰っていった。


「流音ッ! ユウリ引き返せッ!」

「無理だヨー。ひなっちノ具合悪くなっチャウじゃン」

「……。えいくそッ!」


 ユウリは止まって振り返ったが、水卜にそう指示されてもそれ以上近づこうとはしなかった。


「お? なんじゃ、宇佐美の小娘は非番かの?」

くすのき! 先に行かないで――あ、水卜さんどうも」


 ギリ、と歯ぎしりをした水卜の目の前に、作務衣の上に半纏はんてんを着ている一課の新人である狐二宮静こにみやしずと、松葉色の巫女装束の楠が下から上がってきて現われた。


「お前ら、どっちか魔除け札持ってねえか」

「楠、頼める?」

「うむ。任せるがよい」


 空中浮遊術で浮かぶ狐二宮の指示で、楠は本家の本尊直伝の魔除け札を水卜に手渡した。


「あんがとよ。よし行くぞユウリ」

「あいあイー」

「あっ、ちょっと水卜さん!」


 それを胸部に張り付けると、水卜たちは即座に廃墟の方へと突き進んでいき、狐二宮達が慌ててついてくる。


「応援を待った方が……」

「んな時間ねえんだよ! てかお前ら違うのか?」

「妾たちは緊急出動じゃ。まったく、せーっかく静と鍋を突いておったのに……」


 脂汗を額に滲ませ、顔に珍しく焦りの色が見える水卜の問いに、楠は心底がっかりした様子で答えた。


「個人的なこと言ってる場合じゃないでしょ。空気読んで」

「うむ……。静や、この頃わらわの扱いがちとなおざりではないかの?」

「威厳も無しにぐうたらしてるから悪い」

「ぬ。申し開きのしようもないのう……」

「熟年夫婦か?」


 口を尖らせて抗議するも、狐二宮にジト目で見られつつそう言われ、思い当たることが多すぎる楠はシュンと黙り込む。


「さて、流音はどこに……。ってかなりヤバそうだなありゃ! ユウリ突っこめ!」

「りょーカイ!」


 廃墟に戻ってきた水卜が中を核透視で覗くと、中央の一室で流音の周りに小さい核が大量に群がっている様子が見え、現状保存をかなぐり捨ててユウリに突撃させた。


「うう……」


 予想は的中していて、打撲痕だらけで服を引き裂かれた状態の流音が、血管の様な物が浮いた、アゲハチョウの幼虫に似た低位霊に群がられて床に押し倒されていた。


「全部食え!」

「はーイ」


 ユウリは瞬時に水卜の乗っている手以外をもやにして、流音に襲いかかっていた低位霊を全て食い尽くした。


「流音!」


 水卜は床に降りるとユウリから毛布を取りだして、半身を起こして自分の身体を抱きしめていた彼女にかけた。


「大丈夫……、まだ、殴られただけ……」

「そうか……」


 自身の記憶が頭をよぎって、身を震わせながら険しい表情をする水卜だが、流音本人の申告と霊・妖力カウンターで確認して大きく息を吐いた。


「宇佐美さんご無事ですかッ」

「なるほどのう。人間の欲望がここに溜まってこやつらのエサとなり、変質した状態で大量に増え、あの竜巻になっていたようじゃの」


 ユウリの開けた穴から狐二宮と共に後から降りてきた楠は、危険を感じて逃げおおせた低位霊を全て捕まえ、手のひらの上で球状にした物から読み取った事を言葉でだけ伝えた。


「悪い……」

「良いわよ。アンタが責任感じることないわ。助けてくれたしね」


 珍しくストレートに謝る水卜へ、流音は気丈にそう言った。



                    *



 現場は表向き竜巻が発生して建物に被害が出た、というカバーストーリーで隠蔽いんぺいし、廃墟は『怪取局』が用意した嘘の地権者によって取り壊される事になった。


 消えた被害者については、建物内に肉や皮が全て剥ぎ取られた白骨遺体が発見され、順次カバーストリーをつけて発見されたことにする措置がとられた。


 衛生院病院で治療を受けた流音は、心理的影響を鑑みてしばらく休暇になり、水卜達が病院施設から帰る付き添いで、そのまま流音の自宅マンションに泊まることになった。


「別に、アンタ達まで休暇取らなくてもいいのに」

「やかましい」

「ひなっち、誰かいた方が良いからって言ってたよー」

「バラすなっ」

「そう。そんなに心配してくれてありがとうね」

「言うまでもねえよ。一応同期なんだからな」


 真っ直ぐに感謝を伝えて微笑んでくる流音へ、水卜はプイと顔を逸らしてテレ顔をごまかした。

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繁華街竜巻怪異事件 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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