【ショートショート】No hide, No life.【2,000字以内】

石矢天

No hide, No life.


 リモコンがすぐに無くなってしまう。

 かと思えば「なんでこんなところに?」って場所で見つかる。


 それはぜんぶ妖精の仕業だ。


 なぜかって?

 それは僕が、妖精を見つけたことがあるからだ。



 

 あれは冬のはじめのことだった。


 温かい家庭を求めて買った2LDKのマンションにひとりきり。

 妻がココを出て行ってから、もう3ヵ月が経った。


 無駄に広い部屋は体感温度が低い。

 僕はエアコンの温度をあげようとして、リモコンが無いことに気づいた。


「ああ。またか」


 リモコンというやつは、いつだって必要なときに見つからない。そのくせ何でもないときにはヒョイと目の前に出てくる。


 僕は毛布に包まったまま、リモコンを探して部屋をさまよう。

 この姿を初めて見た妻は「毛布オバケ」と僕をからかった。

 

「僕なんか毛布オバケでもなんでもいいから、帰ってきてくれないかなあ」


 僕のつぶやきは、広い部屋の無機質な天井に吸い込まれていった。

 もちろん返事なんか返ってきやしない。


 ため息をつきながら部屋の隅に目をやると、ソファーの下に半分隠れるようにリモコンが転がっているのが見えた。


「なんであんなと……こ……?」


 目の錯覚だろうか。

 先ほどまではリモコンの半分くらいが隠れていたように見えた。

 なのに今はリモコンの3分の2くらいがソファーの下に隠れている。


 目を凝らすと、ソファーの下でなにか小さな影が動いているのが見えた。


 自慢じゃないが、僕は視力検査で2.0を逃したことがない。つまり見間違えなんかではない。


「うわぁ……。ムシとかいたらイヤだなぁ」


 とはいえ、ムシがいるなら早めに退治しておかないと、枕を高くして眠れない。


 そうこうしているうちに、リモコンは5分の4くらいソファーの下に入ってしまった。


 僕は足音を立てないようにユックリとソファーに近づいた。

 そーっとソファーの下を覗くと、小さな人間と目があった。


「「わあああぁぁぁぁ!!」」


 僕の低い大きな声と、彼の高い小さな声が綺麗にハモった。




「まさか、人間に見つかってしまうとは。吾輩は妖精失格である」


 それは自分のことを妖精だと主張する小人だった。


「なんでリモコンを隠すのさ」

「なんで?」


 妖精は、何を訊かれているのかわからないといった表情でこちらを見つめてくる。

 僕、そんなに難しい質問しましたっけ?


「隠すことに理由なんかないさ。強いて言うならそれが吾輩たち妖精の存在証明なのだ、としか言いようがない」


 No hide, No life.


 つまり、そういうことらしい。


「まあ、いいさ。君は吾輩を見つけた。これよりも重要なことは他にな……、ほとんどない……ハズ」


 そこは自信持っていこうぜ、妖精。


「見つけたら、いいことでもあるのか?」

「君がなくしたモノを探してあげよう」

「何でも?」

「君がなくしたモノならね」


 そうか。ならば問題ない。


「じゃあ、妻を探してくれ」

「探してみよう」


 そう言って、妖精は姿を消した。

 再び姿を現した妖精は写真を持ってきた。


 ずいぶん昔に撮ったプリントシールだ。

 もちろん結婚する前のもの。

 僕も妻も、とても若い。


 だけど――。


「これじゃない」

「そうか」


 また妖精は姿を消した。

 再び姿を現した妖精は、指輪を持ってきた。


 いつの間にか無くしてしまった結婚指輪だ。

 妻が怒って3日ほど口を聞いてくれなかった。


 だけど――。


「これじゃない」

「そうか」


 また妖精は姿を消した。

 再び姿を現した妖精は、紙を持ってきた。


 旅行のパンフレットだ。

 妻は大学時代の友達たちと女子旅だと出掛けていった。3ヶ月前のことだ。


 だけど――。


「これじゃない」

「そうか」

「なぜだ。なぜ妻を連れてきてくれない!?」

「それは君が無くしたモノじゃない」


 妻は海外旅行に行ったきり、行方不明になってしまった。事件なのか、事故なのか、本人はおろか手掛かりさえも見つからないまま過ぎ去ってしまった3ヶ月。


 僕はもう限界だった。

 泣き崩れる僕に、妖精は深いため息をついた。


「今日は厄日だな」


 また妖精は姿を消した。

 妖精が再び姿を現すことは無かったが、代わりに声だけが頭に響いた。


「これは君が無くした彼女との時間だ。少しだけしか見つけられなかったがね。探すのは苦労したよ」


 僕の目の前に妻が立っていた。


「おかえり」と言ったら、「ただいま」と返事をしてくれた。

 いつものように、とりとめのない話をしていたら目が覚めた。


 枕元にはプリントシールと、結婚指輪と、パンフレットが綺麗に並んでいた。


 僕は確かに妖精と会ったし、妻は少しだけど我が家に帰ってこれたのだ。




          【了】




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【ショートショート】No hide, No life.【2,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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