サワンの空 🦅

上月くるを

サワンの空 🦅





 読む本がないときとか読み飽きたときの保険としてテレビドラマを録画している。

 徒然の慰みや時間つぶしに観るだけだから、いわゆる感動はほぼ期待していない。


 いつもの習性で腰のストレッチや腹筋をしながら、横目でなんとなく画面を追う。

 ゆえに流れも覚えていないし、犯人がだれだったかすら思い出せないときもある。


 ならばいっそ観なければよさそうなものだが、気分転換の材料が十分に確保されていないと落ち着かないので、抗不安剤の一環として毎週録画の緑色のボタンを押す。




      🌃




 だが、なかにひとつだけ、2000年の放送開始以来、半年に一度の新シリーズはもちろん、何度となく再放送されている過去の回も欠かさず観ているドラマがある。



 ――『相棒』。👥



 四半世紀近いあいだに警視庁特命係・杉下右京こと水谷豊さんの御髪おぐしもかなり後退し(す、すみません💦)たったひとりのパートナーも目まぐるしく入れ替わった。


 でも、唸るほど緻密な作品構成にして人情味に富んだ脚本や演出は一貫しており、おそらく全国に相当数存在すると思われる、熱心なファンの心をとらえて離さない。




      🐢




 ヨウコが好きなのは、霞が関の権力闘争の犠牲になったホームレス歌人が「哀れむな我は孤独になかりけり空が我が家歌が我が友」と詠んだ『うさぎとかめ』の逸話。


 それに、室内で飼われている小さな亀が唯一の目撃者という設定の『光射す』で、引き籠りの息子のため八十歳を過ぎても町工場で働く女性の、血を吐くような呟き。



 ――子どもが不幸なのは自分の責任だと、思わない親はいないだろ? "(-""-)"



 子育ての成否は棺に入るときまで分からないと言われるが、多かれ少なかれ子どもに関する悩みを抱えているはずの親たち、人知れず目を赤くしたのではあるまいか。




      🏫      




 そういうヨウコ自身、夜中のベッドで思わず嗚咽してしまったのは、子どもが高校に行きたくないと言ったとき担任教師に打たれたくさびがいまだに抜けていないから。



 ――おかあさん、家庭に問題があるのではないですか? (ノД`)・゜・。



 一定の級友から甚振りを受けつづけて来た歳月に堪えられなくなった、そう子どもに打ち明けられたので、担任教師の指導の藁に縋りたかったのだが、まったく……。


 母親の捨て身を見ていた子どもはかえって発奮してくれ無事に卒業できたのだが、あの物理研究室で押された「駄目親」の烙印はずっとヨウコを苦しめつづけている。




      🪟




 辣腕刑事たちを前に敢然と言い放つ老母の気概に打たれ、身体中が軋むような痛みに共鳴して震えるヨウコの脳裏をふとよぎってゆく、一羽の鳥の無口な影があった。


 怪我を負って翼を切られた雁が、月の明るい晩、屋根にのぼり、高空を飛ぶ三羽の仲間と懸命に鳴き交わし合う哀切な場面……。(井伏鱒二著『屋根の上のサワン』)


「夜ふけそれ自体が孤独のためにうち負かされてもらす嘆息かとも思われる」遠い声に誘われたサワンは「僚友たちの翼にかかえられ」「かれの季節向きの」旅に出る。


 ヨウコの場合、亡き黒犬が僚友として迎えに来るだろう、そのときこそ、どんなに頑張っても至らなかった「駄目親」の刻印から解放され、心底から楽になるだろう。




      🦘




 ところで、コロナ禍の複合的な状況を因とすると思われる、不登校が急増中とか。

 明治初期以来の学校教育が時代に合わなくなった……その歪みの噴出でもあろう。


 シングルマザーを初め多くの親が、子の将来や現在の経済などに悩む現状がある。

 ひとりの人間に抱えきれない重みに、さらに鉄槌がくだされないよう祈るばかり。


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