ハロウィンの夜
ハヤシダノリカズ
百鬼夜行
妖精が一人、あっちへフラフラこっちへフラフラと漂うように歩いている。そこは都会の昼間の雑踏、多くの人間が行きかっているが、その妖精を視認できる人間はいない。
そこへ、同等の別の存在が近づいてきて話しかける。
「よぉ、人の世を物見遊山か。面白いのか」
「あぁ、人間たちは相も変わらずバタバタと
「あぁ。つい先日、ポケベルの妖精に会ったが、もう、その存在は消えかけていたよ。人間が新しいナニカを生み出せば、そのナニカを
「奇跡的に
ふぅ、とため息を一つ吐いて、「そう言うあんたは何の妖精なのだ?」と片方が問えば、「ワシは鳩時計の妖精じゃ」ともう片方は答え、「おぬしこそ何の妖精なんじゃ?」「オレはブタの貯金箱の妖精だよ。豚山と言う。よろしくな」「ワシは鳩根じゃ。よろしくの」と、姿形は人からかけ離れている二つの存在は人の様なやり取りをする。
「スマホの妖精ってヤツとこないだ会ったけど、そいつはもう、精霊に格が上がりそうな勢いだったよ。まー、いけ好かない感じだったけどな」
「新参の栄枯盛衰は何度も見て来たからのぉ。好きにすればいいが……。そうそう、ワシが先日会った米の妖精は神格を得ようと涙ぐましい努力をしておったよ。米を司るような古いヤツでさえ、その存在はあやふやじゃ。ブームに乗って調子に乗るのは愚かしい事かも知れんのぉ、そのスマホの妖精とやら」
「そうだな。ポケベルの妖精も一時期はスゴイ勢いで成り上がりかけたらしいが、今や……だもんな」
「あぁ、そうじゃな。ボチボチでええんじゃ」
「あ、そうだ。鳩根さんは今晩、行く?」豚山は唐突に話題を変える。
「なんじゃ、今晩って?」
「今晩はハロウィンとかなんとか言って、人間の若者が仮装してバカ騒ぎをするらしい」
「ハロウィン? 若者が仮装? それがどうしたと言うんじゃ?」
「いやぁ、鳩根さんは人の世を眺めるのが好きみたいだし、そういうのを見に行くのかなと思ってね」
「なるほどの。それじゃあ行ってみるかの」
「うん、それにね、ああいった大人数の人間がバカ騒ぎをする時は独特の力場が生まれて、オレ達の世界と人間達の世界の境界が曖昧になるらしいんだ」
「それがなんじゃ?」
「オレ達が人間に見られる事もあり得るし、もしかしたら、人間と直接話せるかも知れない」
「ほぉ、ワシらのような、非力な上に人間との波長の合わせ方もヘタクソな妖精が、人間と話せるかも知れぬ、と。それは面白いな。それはどこでやるのじゃ?」
鳩根は別れ際に豚山にその場所を聞き、そして、またフラフラと街を彷徨い始める。あてもなく動いているように見えるが、鳩根はちゃんと豚山に聞いた場所へ近づく様に歩いている。
---
豚山に聞いたその中心地なのだという場所に鳩根が近づくに従って、街には日常的ではない衣装に身を包んだ人間の姿が増えだした。かぼちゃのバケモノといった格好をしている者、包帯を全身にぐるぐるに巻いた者、原色のシャツとツナギに帽子とツケヒゲという格好の者……、鳩根は彼らに近づいて行っては興味深げに彼らをじっくりと観察する。「へぇ。面白いもんじゃな。こいつ等はまるで、ワシらと同様の妖精に見える」鳩根は一人、そう呟く。
秋の太陽が沈むのは早い。鳩根が目的地に着いてじっと佇んでいると、あっという間に日は落ちて、まるでそれを合図にしたかのように、まるで夜を待っていたかのように、独特の衣装を着た人間達が街に溢れ出した。
「ねえねえ、オジサンは何のコスプレなの?」という声が耳に入って来て、鳩根がそちらを向いて見ると、一人の青年が鳩根の方をじっと見ている。鳩根はその青年の目を見つめながらゆっくりと自分の顔を指さした。すると、青年は微笑んで頷く。鳩根は驚いて、その拍子に自身の
「鳩時計のコスプレ?変わってるねー。いいね、とても面白い!」
「そういうおぬしは何なのじゃ?」
「僕はスナフキン。どう?見て分からないとはショックだなぁ」
「すまぬ。スナフキンを知らぬのだ」
「そっかー。ま、そういう人もいるよねー」
鳩根はごった返してきた街を見渡す。
あれは妖精だろうか、あれは人間だろうか。
「昔に一度見た百鬼夜行よりも、より百鬼夜行らしいな。これは、面白い」
鳩根はそう一人呟いた。
ハロウィンの夜 ハヤシダノリカズ @norikyo
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