柵からの解放
銃口が自身を捉えているにも関わらず、春彦様が怯えるようすは無い。
其れどころか奏太郎さんに背を向け、櫻子様に向かって話しかける始末だ。
「さて、次は貴女にお聞きしたい」
「⋯⋯」
「貴女は今の生活に満足しているのかな?」
「⋯⋯⋯⋯」
「嗚呼、因みに私が今聴きたいのは、櫻子様ではなく君自身の言葉だ」
少女は春彦様の言葉に目を見開いた。
「⋯⋯わ、わたし⋯⋯は」
僅かに戸惑いを見せた後、漸く口を開いた少女だったが、その言葉は奏太郎さんに阻まれてしまう。
「何があろうとあの方との契約を守らなければなりません。其れは常盤に生まれた女性の使命なのです、櫻子様」
「あの方⋯⋯?」
「⋯⋯遠い昔に契約を結んだのです。櫻子様が居る限り、我が一族に悠久の栄華を与えると。悪魔との契約は絶対です。今更反故にする訳にはいかない」
「成る程、そういう事ですか。如何やら貴方には人として大切な物が欠落しているようだ。⋯⋯良いですか、奏太郎さん。人は本能的に自由を求める生き物だ。個人の意思は決して踏み躙ってはいけない、尊重されるべき最も尊いものだ。自由とは自己責任であり、一人間に与えられる当然の権利であるべきなのです」
「ハッ⋯⋯! 綺麗事ばかりでは生きては行けないのですよ!」
春彦様はフッと微笑み、目線が合うように腰をかがめて再び少女に向き直る。
「つい先日亡くなった環君は君の弟だね? 彼に仕えていたメイドの女性が今回、私たちに調査を依頼して来たのだ」
「嗚呼⋯⋯最近あの子の姿を見ないと思えば⋯⋯やっぱり⋯⋯」
少女の黒い瞳に深い悲しみの色が浮かぶ。
「これ以上、悲しみの連鎖は続けてはならない。もう1人だって君の弟のような子を出したくはないだろう? 今、君が決断するんだ」
「でも⋯⋯私には、生きる理由なんて⋯⋯」
恐らく、少女は今まで自らの感情を押し殺し、櫻子様を演じて生きてきたのだろう。
僕には、そんな彼女が直ぐに此れからの人生を左右するくらいの大きな決断出来るとは思えなかった。
「言っただろう? 全ては君の自由だ。此の部屋を抜け出し走り出すも、此の
春彦様は俯く少女の細い首に手をかけ、グッと力を入れる。
「⋯⋯っ!!」
ギリギリと力を込めて少女の首を絞める春彦様。少女は酸素を求めて苦しそうに
「は、春彦様!?」
「黙って見てい給え。生きていたくないと言うのなら、今此処で終わらせてやった方がこの子も幸せだろう」
僕は春彦様の奇行に思わず声を荒げる。春彦様は苦しむ少女の顔をじっと見つめるだけで、その手を離そうとはしない。
然し、幸いな事に僕に気を向けた事で一瞬腕の力が緩んだようだ。少女はその隙を見て、春彦様の身体を押し退ける。
そして、ゴホゴホと咳き込み涙を零しながらも強い意思を持った真っ直ぐな瞳で言った。
「⋯⋯い、生きたい! 未だ、死にたくない! 私を此処から出して!!」
ようやっと少女の本音を聞き出した春彦様は、ニッと良い笑顔を見せる。
「ふふっ、その言葉が聞きたかったのだよ。⋯⋯さあ、ニコラ君。共に囚われのお姫様を救い出そうではないか」
「はい、春彦様⋯⋯!」
全ては春彦様の作戦だった訳だ。嗚呼、貴方という人間は本当に恐ろしい。
「うるさい、煩い! 勝手に話を進めるな! 此れは一族代々の習わしなんだ。私の代で途絶えさせる訳にはいかない!!」
激昂した奏太郎さんはそう言って、遂に引鉄に手を掛けた。
————パァン、パァン!
僕は直ぐ様春彦様の元へと走り、自身の身体を盾にして銃弾を受ける。
「春彦様たちは僕の後ろに」
「嗚呼、頼んだよ。ニコラ君!」
「ど、如何いう事だ!?」
傷一つない僕を見た奏太郎さんは動揺を露わにし、震える手で再び引鉄に手をかける。
無尽蔵に飛んでくる銃弾の雨を浴びながら、僕は奏太郎さんへと近づく。
「ヒィッ! ば、化け物! な、何故弾が当たっても倒れない!?」
「ええ、化け物ですとも。何てったって、貴方の大好きな悪魔ですからね!」
「⋯⋯!!」
後ずさる奏太郎さんの鳩尾に大きく振りかぶって蹴りを一発お見舞いしてやる。吹っ飛び、壁に頭を打ち付けた彼は意識を失った。
「済みません、何か紐のようなものはありませんか?」
一瞬の出来事に目をまん丸に見開く少女に、僕は問いかけた。
「えっと⋯⋯帯、なら⋯⋯」
僕が拘束したと同時に、部屋に警察が押し入る。
後は任せようと言う春彦様に従い、僕たちは部屋を出た。
「彼女の身代わりを作っても、愛した女性が蘇らないことは彼自身が一番分かっていた筈だ。少女に恋した悪魔は、形は歪んでいたけれども、ただただ一心に純粋だった。然し、それを利用した人間は欲に塗れ行き過ぎた支配を望んだ。はてさて、真に罪深いのはどちらか」
「⋯⋯⋯⋯」
「いやはや、留まるところの知らない欲望とは恐ろしいね。そうは思わないかい? ニコラ君」
「⋯⋯ええ、全くです」
✳︎✳︎✳︎
見事に真相を暴き、事件を解決した僕たちは涙ぐむ九条さんと少女に見送られ、常盤家の屋敷を後にした。
警察には主犯の奏太郎さんと、事実を知りながらも隠蔽していた東雲さんが連行された。そして、地下室に居た少女はすぐさま病院へと運ばれた。
如何やら、九条さんは少女のメイドとしてこれからも常盤家で働いていくらしい。
どうか、少女たちが残り少ない時間を悔いなく生きられるようにと願うばかりだ。
僕は上機嫌に前を歩く春彦様に声をかける。
「そうだ、春彦様! 今回の事件で悪魔の存在を認めていたじゃないですか! と言うことは、ついに僕の事も信じてくれたのですね!」
「否、君みたいに単純で情に流されやすい子どもは悪魔とは程遠いだろう。然し、君は毒を
「そ、そんなあ⋯⋯」
僕は項垂れた。そんな僕を見て春彦様はクスリと笑う。
「⋯⋯ニコラ君、君は悪魔を名乗るにしては些か優し過ぎるのだよ」
悪魔探偵〜奇才の名探偵ハルヒコと不憫な悪魔助手ニコラの奇妙な事件簿〜 みやこ。@コンテスト3作通過🙇♀️ @miya_koo
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