少女の正体
「おやおや、
そう言って、奏太郎さんは僕たちに銃口を向ける。
「此れは此れは⋯⋯そんな物騒な物を持ってどうしたのです、常盤奏太郎さん」
「白々しい。君たちが僕たちのことを探っているのはとっくに分かっていたんですよ。名探偵の西園寺春彦さん」
「おやあ、バレておりましたか。では、何故私共が常盤家に来たのかも気付いていたのですね」
「大方、其処の櫻子様の事を探りに来たのでしょう。それで⋯⋯真相には辿り着けたのかな、名探偵さん?」
「勿論ですとも。なんならこの場で
春彦様は拳銃を向けられても尚、余裕たっぷりの笑みを浮かべて戯けたようすを見せる。
其れに対し、奏太郎さんはクツクツと含み笑いをした後、挑発するように言った。
「面白い。⋯⋯良いでしょう、夜はまだまだ長いですからね」
「そう来なくては。罪を暴き真相を明らかにする事こそが、探偵の醍醐味なのですから。⋯⋯⋯⋯其れに、私の推理で追い詰められる犯人の顔を見るのも嫌いではないのですよ」
「⋯⋯⋯⋯」
奏太郎さんはゆっくりと此方に向けていた拳銃を下ろした。後ろに居る櫻子様は息を潜めて事の成り行きを見守っている。
「常盤家に関する噂は大きく分けて2つあります。魔女の噂と、呪いの噂」
くるりとコートを翻した春彦様はゴホンと一つ咳払いをしてから、まるで舞台の上に立つ役者のように大仰な動作で部屋の中をゆっくりと歩いて行く。
「結論から言ってしまうと、魔女も呪いも存在しません」
「⋯⋯⋯⋯!!」
春彦様の言葉に、櫻子様が息を呑む。
奏太郎さんはというと、未だ余裕の笑みを浮かべていた。
「当然、根拠は在るのですよね?」
「ええ、勿論です。では、先ず常盤の一族を蝕む呪いの謎から解き明かしましょうか」
「どんな与太話が聴けるか楽しみだ」
「ふふっ、そう焦らずに。⋯⋯現在、常盤家の実権を握っているのは奏太郎さん、貴方だ。そして、貴方は本家の血筋では無く、分家の出身ですね?」
「⋯⋯其れが如何したと言うのです」
「何故、本家の人間では無く、貴方が取り仕切っているのか? 答えは簡単です。本家の人間は皆、病弱で長く生きられないから————。では、何故長く生きられないのでしょう?」
春彦様は奏太郎さんに向き直り、彼を真っ直ぐに見据える。
「其れは————」
皆の視線が一挙に春彦様へと集まり、何処かでごくりと唾を呑む音が聞こえた。
「————余りにも血が濃い為です」
「!!」
「おやあ、図星を突かれて動揺していらっしゃるようだ。“近親相姦”⋯⋯貴方には痛いほどに心当たりがあるはずだ」
「⋯⋯仮にそうだとして何なのです? 世間では
先ほどまでの余裕たっぷりなようすとは打って変わり、表情に焦りを滲ませる奏太郎さんは捲し立てるようにそう言った。
「此れに関しては別に貴方を責めている訳じゃ有りませんよ。近親での交配は両親の持つ共通の劣性遺伝子が子どもに遺伝する可能性が高くなります。それ故に身体が弱く、皆似通った死因となる。近親婚は古来より弊害を知りながらもその家の財や地位を守る為に行われて来たことです。⋯⋯さながら、貴方たち常盤の一族は、現代のハプスブルク家といったところでしょうか」
「⋯⋯黙って話を聴いていれば、貴方の其れは想像に過ぎない。証拠は在るのですよね?」
「勿論ですとも。此れをご覧下さい」
春彦様はそう言って、コートの内ポケットから家系図とアルバムを取り出す。
それを見た途端、奏太郎さんは目を大きく見開き、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「勝手に部屋から持ち出すとは⋯⋯探偵は辞めてコソ泥に転職されては如何です?」
「考えておきましょう。⋯⋯それはさておき、此方の家系図ですが明らかに不審な点があります。——其れは、櫻子さんが生まれてからの記載に穴が有り過ぎることです。と言うよりは一族内で子孫を残していることを隠す為にそこだけ意図的に記載してないのでしょうね。そして、此れはこちらのアルバムと照らし合わせれば自ずと分かることです」
「⋯⋯⋯⋯」
「此のアルバムには常盤の本家の血筋を引いた子どもたちの写真が貼られています。写真の下には、ご丁寧に写真が撮られた日付まで書いてある。此れを元にして家系図を遡っていくと、櫻子さんが生まれて以降に常盤の本家筋で生まれた子どもの数とぴったり当てはまる。そして、此れが魔女の噂を暴く物的証拠となるのです」
奏太郎さんはグッと唇を噛み、押し黙ったままだ。其れは、春彦様の推理が全て真実だという事を物語っていた。
「家系図を見る限りでは、常盤家には女の子が何人も生まれたことになっています。然し、不思議な事に村の誰一人としてその姿を見た者はいない。アルバムの中の写真を確認しても、その女の子たちの写真が貼られているはずの場所には櫻子さんの写真が貼られているだけです。よって、これらの情報より導き出される真実は————」
遂に、春彦様が常盤家が犯した罪を暴く。僕の胸はかつてないほど高まっていた。
自信たっぷりに笑みを深める春彦様はたっぷりと間を置いた後、漸く口を開いた。
「————“櫻子様”は1人ではないのです」
「っ!!⋯⋯な、何の事だか分かりかねますね」
核心を突いた春彦様の言葉に奏太郎さんは視線をうろうろと彷徨わせ、じとりと汗の滲んだ手で拳銃を握りしめた。
「未だシラを切るつもりなのですね? 良いでしょう。魔女の噂についても説明して差し上げます」
「⋯⋯⋯⋯」
「櫻子さんが魔女と言われる所以は、彼女が何百年も姿を変えずに生きている為です。然し、彼女に特別な力は有りません。では、如何やって彼女は何百年もの間、若さを保ちながらもこの世に留まっているのか? それは、櫻子さんが何人も存在していたからです。——そう、このアルバムに写っている女の子の写真の数だけね。⋯⋯只の人間が何百年も生き長らえる事などありえませんから」
「⋯⋯⋯⋯」
「血が濃い故に、皆が他人には見分けも付かないほどに似た顔つきになる。其れが女性は殊更に
奏太郎さんは一言も発さずに俯いて肩を揺らしていた。
「一族が皆短命なのは近親相姦を重ねた故の弊害に過ぎない。そして、それは櫻子様も例外では無く、彼女は密かに、幾度となく代替わりをしている。まあ、それも同一人物と見まごう程の外見あっての事ですが。⋯⋯奏太郎さん、貴方の罪は未だ善悪の区別もつかない幼い子どもたちに其れを強要し、彼らの自由や未来を奪った事だ」
大窓から差し込む満月の光が春彦様の姿を浮かび上がらせる。彼の口元は心底愉快そうに弧を描いていた。
すると、其れ迄口を閉し、俯いていた奏太郎さんがゆっくりと顔を上げる。
「クククッ⋯⋯そこまで暴かれたのは初めてですよ。⋯⋯さて、賢い名探偵さんならお分かりでしょう? この後、僕がどんな行動を取るのかを」
そう言って、奏太郎さんは再び銃を構える。其の銃口は春彦様へと向いていた。
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