駅から歩いて5年 異世界へ行ったら人生が詰んだ。

久遠 れんり

駅から歩いて5年 異世界へ行ったら人生が詰んだ。

 俺の住んでいるアパートは、ボロいが駅から近い。


 だが、俺は今。

 目の前にある空き地を、ボーゼンと眺めている。


「確かに驚いたよ」


 今朝からの行動を、辿ってみよう。


 朝。いつものように、会社へ行った。


 何事もなく仕事も終わり。帰宅のために電車へ乗った。


 多分そこまでは良い。


 帰宅のラッシュに揉まれ。

 何とか、最寄りの駅へと着いた。


 ごった返す駅のホームを抜け。

 何とか、改札を出る。


 そして、駅から出ると。なぜか、未舗装の道に立っていた。


 慌てて振り返る。

 後ろ側にも、舗装されていない道が続いていた。


「なぜ?」


 ぼーぜんとした俺は、その場でしゃがみ込む。


 考えど、何も浮かばない。


 ここは何処だ? ポケットから、スマホを取り出して画面を見る。

 アンテナも立っていない。Wi-Fiなんか知らねえ状態。


「うん? メールに、1が付いている」


 タップして、開いてみる。


『おめでとうございます。今回。誠に勝手ながら、こちらで抽選を行いまして、厳正なる抽選の結果。あなたが選ばれました。このイベントを、最後までクリアすれば、あなたのスキルを劇的にアップいたします。これから、発生するクエストをこなして、元の世界へと帰ったとき、あなたはきっと驚くでしょう。では、頑張ってください。人々に愛される女神を目指しています。女神見習いより。 追伸:言葉とアイテムボックスは、標準装備となっています』


 当選詐欺? 変なメールだが、添付ファイルやリンクはないな? 返信をしなければ問題ないだろう。


 改めて、周りを見る。

 だがあるのは、道と山。と、言うか。山の中の一本道。


 とりあえず、移動かな? 幾度か振り返ったが、駅に戻ることは無かった。


 とぼとぼと、下りの方へと、歩きはじめる。


 しばらく何も起こらず。

 ただ当てもなく歩いていると、「きゃー」という声が聞こえる。


 おおっ、人間の声がした。しかし、悲鳴だな。

 どうしよう?


 立ち止まり、考えて見る。再び、「助けてぇ。だれかぁー」まあ、行ってみるか。


 変な生き物に囲まれ。頭から血を流した女の子。


 周りには、倒れている男二人と、もう一人女の子。


 無理。

 結構な装備をした連中が、倒されているんだ。

 俺なんかカバンが一つ。

 絶対、助けにも、ならないだろう。


 そんなことを悩んでいると、声を上げていた女の子。その背後に回る、変な生き物。

 どう見ても、刺そうと考えて、ぼろっちい剣を構えた。

 ええい。

 カバンを投げて、こちらへ注意を引こう。


 当然カバンなど、上手からは投げられず。

 ソフトボールの下手からのスローイングで、何とか投げる。

 ゆっくりだが、くるくると回転しながら飛んで行き。

 変な奴の頭へ、ゴンと当たる。


 その瞬間。頭が爆散した。

「へっ? 殺した? なんで?」

 ショックを受けて、動けない俺。


 女の子を襲っていた奴らが、『おう、仲間に何してくれやがる』状態で、こちらへとやって来るのが見える。だが、体が動かない。


 振り上げられる剣。


 駄目だ、やられる。

 とっさにガード。一応、手を顔の前に出して、防御は出来た。

 だが剣と腕、考えれば、どっちが強いかなど当たり前。

 だが、「コン」そんな、軽い音がする。

 うん? 何か当たった? そんな状態の俺。


 よく聞く、切られたときの焼けつくような痛みも、何もない。

 そっと、目を開ける。

 すると、剣がぐにゃっと折れていた。


 なんだ? 俺のジャケット。

 ケブラー繊維で、出来ていたっけ?


 とりあえず、相手の動きは止まっている。

 頭の中で、正当防衛と考えながら、蹴ってみる。


 「パキッ」と音がして、そいつは2つに折れた。

 なんだ? 異状に脆い。


 周りに居た奴らを、殴ってみる。

 力を抜いた、軽いパンチ。


「ぐしゃ」あっ、やっぱり。すごく脆い。


 手加減を探りながら、攻撃をするが、すべて殺してしまった。


 生き物を殺した現実で、手が震える。

 初めて、生き物を殺した、罪悪感。

 そんな感情に、苛まれて、呆然と立っていると。

 声が聞こえる。


「ありがとう、ございます」

 そう言って、頭を下げて来る女の子。


 ああ。さっき、声を上げていた子か。

「怪我は、大丈夫なの? 頭から、血が出ていたけれど」

「先ほど、ポーションを飲みましたので。大丈夫でございます」

 そう言って、頭を下げて来る。


「わたくし、チープ王国。第1王女のソフレと申します。供の者たちが打倒され。私まで殺される所でございました。あの? お名前を伺っても、よろしいでしょうか?」

 上目遣いで、両の手のひらを組み。祈りのポーズ。

 顎の前に持ったまま。

 俺にすり寄るように、お願いをしてくる。


「只野 優斗(ただの ゆうと)と申します。どうして、王女様が。歩きでこんな所に?」

 その瞬間、怪訝そうな顔をする。


「歩かなくては、移動ができませんもの。どうしてそんな事を?」

「いや、馬車とかは無いのですか?」


 どう考えても、周りの状況からして、異世界転移だと。

 思い至った俺だが、馬車と言ってみたが、反応がおかしい。


「馬車とは、何でしょうか?」

「箱形の、人が乗れる乗り物で。馬とかに牽かせるものです。御存じありませんか?」


「馬と言うのは、4つ足の獣ですわね。それに引かせていて、モンスターが出てくれば、馬が逃げまどい。危険では、ありませんでしょうか?」

 なんだか、王女様から、大丈夫かこいつ。みたいな感じが伝わって来る。


「ああ。分かりました。それではこれで」

 そう言って、立ち去ろうとしたが。


「いやそれは。ちょっとお待ちください。先ほどは、大丈夫かこいつと思いましたが。お強いのは間違いありません。城に帰るまで、同行をお願いしたいのですが。お急ぎでしょうが、お願いいたします」

 また、頭は下げて来るから、腰は低いが。


 大丈夫かこいつとは、思ったんだな。

 まあ当てはないし、良いか。無一文だしな。


「まあ、良いでしょう。お供いたします」

 そう言うと、彼女の顔は、一気にぱあっと表情がはれて、にこやかに微笑む。

 こう見ると、可愛いな。さすが王女。

 さっき投げた鞄を拾い。確認するが、壊れた様子もない。


 倒れている人たちを確認するが……。

 一人は駄目だが、他の二人は生きている。

「先ほど言っていた。ポーションの予備は持っていませんか? この2人は、生きています」

「まあ。生きていますの? でも、供にポーションを使うなんて……」

「持っているなら出せ」

 つい、強く言ってしまった。


 その瞬間。雷に打たれたような顔をした王女。

「はひ。お出しいたします。只野様」


 腰に付けたバッグから、ニョロっと出て来た? あれは、マジックバッグ的な物なのか? ともかく、急ごう。ビンを受け取り。2人に飲ませる。


 すると、不思議なことに。切られて開いていた傷口が、逆再生の様に修復する。


 呼吸と脈を確認する。

「うん。大丈夫そうだ」

 姫さんは、真っ赤な顔をして、こちらを見ている。


「2人は助かったようだ。良かったな」

 俺がそう言うと、言葉を返してくる。


「ありがとうございます。どのようなお礼をすればいいか。私、困ってしまいます」

 そう言って、もじもじする。


「いやたまたま、間に合って。あなたの持っていた薬が、二人の命を助けたんだ。礼なんか良い」

 そう言うと、焦ったように言ってくる。


「そんな訳にはまいりません。何なりとお申し付けください。それとソフレと呼んで、口調も先ほどの感じでぜひ」

「先ほどの口調?」

「ええ。お願いいたします」


 こいつ、やばい方の趣味な人か?

「じゃあ、この二人が気が付くまで、ここで待つ。ソフレ待てだ」

「はひ。待ちます」


 こういうの嫌いじゃないが、王女様だけど良いのか?


 出血して、体調は悪そうだが。

 2人とも、そんなに時間を置かず。目を覚ました。


 地面に、転がすのも申し訳ないので、二人は、俺が肩を抱えるようにしていたのだが。じっと待ちながら、ソフレは羨ましそうに見ていた。


 気が付いた瞬間。男の方は状況を把握したようだ。

「あなたに、助けていただいたようだ。ありがとうございます」


 そう言って、頭を下げてきた。

 だが、女の騎士の方はいきなり、「何奴」と言って、飛び起き。ふらついて、こけた。


 先に起きた騎士が、説明する。

 すると、事情が分かったのか、頭を下げて来た。


「怪我は、ソフレから貰ったポーションで治ったが、流した血の量が血の量だ。安静にした方が良い」

 そう伝える。


「なっ。我々に、ポーションを使われたのですか」

 そう言って、2人は片膝をつき。ソフレに頭を下げる。


 ひょっとすると、高いのか?

「まあ。命が助かった。それでいいな。ソフレ」

「はい、只野様の仰る通り」

「姫様を、呼び捨てに」

「良いのです。この、お方は良いのです」


 そう言いながら、さらに症状の進んだ姫様は、うっとりと俺を見ている。

 対して女騎士。ヴァイヒと言うらしいが、こちらを睨む。


 男の騎士は、カームと言うらしい。


「さて、そろそろ大丈夫だろう。行こうか」

 俺がそう言うと、周りに散らばった荷物を探して、一人亡くなった騎士に対して二人が軽く黙とうする。そして、首に下がったタグを取る。

 そして、歩き出そうとするので、

「置いて行くのか?」


 そう聞くと、

「仕事半ばで倒れたものは、打ち捨てるのが、普通でござ……」

 まで言ったところで、俺がソフレを睨む。

「ふああ」と言って、へたり込みやがった。


 さっきの、ふざけたメールが本当なら……。

 収納と考えると、目の前の遺体が消えた。

 ふざけているが、本当だったのか……。


「今のは、魔法でしょうか?」

「ああ。収納魔法だな」

「あなた様は、いったい」

「俺にも、よく分からん」


 後で聞くと、伝説の勇者について、話が伝わっているようだ。

 誰よりも強靭な体を持ち、収納の魔法を使う。


 本来魔法は、魔族と魔王の得意技。

 人間は、ほとんど。ちょっとした魔法しか、使えないようだ。


 この収納を披露した後から、女騎士ヴァイヒの目つきが変わった。


 てくてくと歩き、王国へと向かう。


 あのモンスターは、ゴブリンだったらしい。

 途中でまた出て来て、ヴァイヒが、「ゴブリンめ」と叫んだので、名前が分かった。

 さらに、ゴブリンだけではなく。オークも出て来て、すぐに倒したら、群がって解体をした後。

 当然のように収納させられた。御馳走だそうな。


 3日ほどで、王都に着いた。


 途中で、ちょっとした騒動もあったが、言うほどの事でもないので割愛する。


 うん? ああ、2人に襲われただけだ。

 ヴァイヒが、あなた様が、たとえ勇者でも。

 姫様に手を出させるわけにはいかない。

 かくなる上は、私が盾となりとか、なんとか言って襲われた。


 ゴブリンの爆散のイメージがあるから、手が出せず。

 ほっといたら勝手に意識を飛ばして倒れた。

 その後、姫さんが来て、ご明示下されば、このような者をお相手なさらなくてもよろしいですのに。そう、赤い顔をして迫って来た。

 うん、色々命令したよ。男だもの。


 仰々しく門で迎えられ。

 そのまま王城へと、向かう。


 町中を見るが、荷車はあっても馬車は居ない。

 皆が歩いている。


 途中で、教会らしき建物を見つけて、教会かと聞くと、女神ソフトムースと言うらしい。ぽつりと、

「柔らかそうな名前だな」

 と呟く。


「あなた様でも、女神さまはさすがに、お与えする事は出来ません」

 そう言って謝られた。

 困った。そんなに、好色ではないのだが。


 その後。

 定型通りに勇者とされ。

 魔王を倒しに行った。

 なんというか、俺が特殊なのか、この世界の物がことごとく脆くて。

 壁なども拳一つで壊せる。

 敵の使う魔法も、俺の手の一振りで霧散する。


 なんだかなぁ、クエストって。

 姫様を助けて魔王を倒す? この二つだけなのか、思い当たるものもない。


 ああ。姫の変な扉を開いたか。

 あれは、隠しクエストなのだろうか?

 

 女騎士ヴァイヒは、相変わらず。

「姫様を、お前の毒牙にかける訳にはいかん」

 そんなことを言いながら、ソフレと2人でやって来る。


 そんな、生ぬるいイベントを消化して、魔王を倒したら、メールを受信。

『おめでとうございます。これで、すべてのクエストを達成しました。これで、元の世界へ帰り存分に力を発揮してください。全ステータスは10%アップしています。では、お疲れさまでした』


 それを読んだ。

 次の瞬間。

 駅前の、雑踏の中に佇んでいた。


「ああ。帰って来たのか。しかし、全ステータス10%? 一月位。筋トレすればいけるんじゃないか?」


 そんな疑問を抱えながら、家へと帰ろうかと考える。

 ……ふと掲示板の日付けを見る。

 2022年? 向こうの5年が。

 こっちでも経過している? まさか。

 家への道を急ぐ。体が重い。


 そして、俺は、アパートのあった所に、空き地を見つける。


 おれは、がっくりと力が抜けて、道端に跪く。

 スマホは、4Gマークはついているが、使えない。


 駅前へ戻り、コンビニでWi-Fiに接続して、ユーザー登録をする。


 通信アプリを使い、実家へ連絡すると驚かれ。

 今どこだと言う事になり、そこから怒涛の1週間。


 行方不明の取り下げやら、事情聴取。

 異世界に行っていました。

 そう言うと、一月ほど病院に通う事になる。

 当然。5年も経てば、会社はクビになっており。

 ハローワークに通いながら、アルバイト。


 就職面接に行っても。

「前職は、無断欠勤で懲戒解雇ですね」

 その一言で、すべての面接が終わる。

 人生が女神のせいで詰んだ。


 せめて、チープ王国へ帰してくれぇぇ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

駅から歩いて5年 異世界へ行ったら人生が詰んだ。 久遠 れんり @recmiya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ