第5話 能力は自己を固定する(後)


「や、幸ちゃん。その腕章似合ってるじゃん」


「仮、だけどな」


生徒会に勧誘を受けた翌日。現在、神田幸太郎は放課後に生徒会室でせっせと書類整理の手伝いをしている。公務委員と生徒会の業務は作業が似通っている部分があり、互いに協力し合うこともしばしば。


「面倒くさいけど正直助かってる」


「なんで?」


そんなものは決まっている。


「楽だから」


「本質は変わらないねえ」


書類整理といっても去年の資料や決算書類を仕分けし、いらないものはシュレッダーへぶち込んで必要なものはファイルに閉じるだけの簡単なお仕事。経理の手伝いなんて頼まれても責任という重圧を被るだけだし、副会長及び会長の補佐にでも任命されたなら潔く尻尾を巻いて逃げる自信がある。


まあそのための仮会員なのだ。ただ、部活動か委員会に所属しなくてはならないため形式上は生徒会に所属することになっている。所属は義務だが勿論やめることも出来る。


辞めた後、特にほかの活動に所属することを催促されることはなくそのまま帰宅部になる生徒もいるそうで。


「まあでも辞める人のほうが珍しいって言うよね。各々活動ごとに色々メリットあるって言うし」


「正直それを鷹原さんに提案されたときは揺らいだけどな」


この学校の特徴の一つとして部活動及び委員会ごとに所属特典があること。例えば、辰巳が所属する公務委員は内申点に直結するという分かりやすいメリットがある。元々各分野で優秀である彼らにとってはおまけ程度のものだろう。


そして俺が所属している生徒会は公務委員と同様に内申点の底上げと学業において生徒会の活動が全てにおいて最優先されるということ。


「最優先されるってことは授業と被った場合は出なくていいってことだ。更にはその授業の成績も生徒会という項目で加算されるから、多少定期考査の結果が悪くても成績に影響はない」


「どころか寧ろ、生徒会と言う活動でプラス査定されるから概ね成績については心配しなくていいってことね。要は生徒会を口実に授業をさぼってもいいよってことか。これ聞いたときは流石に驚いたよ」


一般生徒に対して生徒会所属の生徒は授業の必要出席日数が2分の1程度であるということも忘れてはならない。これは生徒会の仕事がそれだけ多方面に影響があり、それだけ大変だということだ。


ただその代わり、長期休暇関係なく招集命令があれば駆り出されるので扱いは教師とほぼ同列。それもそのはず、学内外の行事ごとは全て生徒会の仕事の範囲内だからだ。そこから各委員会や部活連・最終責任者である教師の協力を仰いで連携していく。


「正直迷ってるよ。辞める以上に得られるものが多すぎる。でも、自分に務まるか分からないし何より責任が…。結局鷹原さんがなぜ俺を生徒会に引き入れようとしたのかの理由もよく分からないし」


「僕も一緒に理由を聞いたけど未だに分からないもんなあ」





これは勧誘を受けた翌日に遡る。鷹原からわざわざお呼び出しがかかり、生徒会でのことだ。俺は純粋に自分の中の疑問を投げかけた。


「なぜ、俺なんですか。ファーストコンタクトで印象が良かったとしてもそれだけで生徒会という重役に選ばれる理由がわかりません」


それを聞いた鷹原は「ああ、そのことか」と表情を変えず涼しげに答えた。


「君の字が綺麗だったから」


辰巳も俺も予想外な答えに耳を疑い、目を丸くした。さも当然のように鷹原は言い切った。その言葉に嘘も迷いもない、まっすぐな返答。ただその返答の意味はさっぱり分からない。


「意味が分かりません」


「横から失礼かもしれませんが僕もそれがなぜ勧誘する判断材料になったのか理解できません」


二人が鷹原に言葉で掴みかかる。ピシッと空気にヒビが入り、鷹原はゆっくり言葉を向ける。相も変わらず表情は涼しいままだ。


「では、どんな答えなら納得したのかな。真面目そうだから?容姿がいいから?何か特別な能力があると私が見抜いたから?」


「いえ、それは…」


「君はさっき、ファーストコンタクトで分かることなど限られていると言ったよね。まあおおよそのニュアンスだが。勿論あの短い間で得られる情報なんて限られている。だがら私の独断と偏見、あと直感でかな」



その後生徒会に入るメリットを延々と語られ、優柔不断な性格では決めきることが出来ず今に至る。今まで何も考えてこなかった弊害がここで顕著に現れるとは。


「だからこそ体験して感じろってことなのかもな。まあやってることはただの雑務なんだけど」


「雑務も立派な仕事だよ。さ、あともうちょっとだ」


結局書類仕事で学校を出る時間はすでに18時を超えていた。校門まで二人で歩いているとそこには鷹原の姿があった。どうやら俺たちを待っていたようだ。


「とりあえず、お疲れ様。どうだい、仕事は慣れそうかい」


「まあ、あれくらいならまだ大丈夫ですね」


「そうはいっても去年一年分の書類だ。書類整理と言っても通年で行われる行事の書類はバインダーに、それ以外の不要書類は処分しなくてはならないわけだから二人でも時間はかかったんじゃないか」


そうか、すでに生徒会の主業務は終わっていたわけだ。この感じだとわざわざ待ってくれていたのだろう。例え仮だとしても一人の生徒会員として扱ってくれていると思うと気恥ずかしさはあるがそれ以上に嬉しくもある。


「それに、言われた仕事をきっちりこなすのも立派なことだ。整理した書類はあした会長と一緒に確認するよ」


「幸ちゃん、頑張ってましたよ」


「おい、辰巳。余計なこと言うな」


3人は稲穂通りまで歩き、鷹原は駅方面へ、俺と辰巳は通りをまっすぐ歩いていく。今日は送っていかなくて大丈夫かと聞いたら駅に迎えが来ているようで今回はそのまま帰路についた。


そうだ。家に帰れば里奈が問い詰めてくることになってるんだ。一番面倒くさい予定が一日の最後に残っていると思うと足が重くなる。今日だけ辰巳の家に泊まりに行こうかななんて思っていると


「幸ちゃん、先延ばししても結果は同じだから大人しく帰ろうね」


なんて言われた。なに、皆エスパーかなんかなんですかね。辰巳の言う通り大人しく引き下がってくれることは里奈に限ってあるはずもない。大人しく尋問を受けよう。


未だに腕章をつけていた熱が腕に残っている。中学の自分が今の姿を見たらきっと驚いているんだろうな。それにまだラストミッションが家で腕を組んで仁王立ちしていることだろう。


「ただいま」


今日の最後のお仕事、さっさと片付けたいものだ。










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蒼い春と書いて。 蕙蘭 @sakkasibou

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