第4話 能力は自己を固定する(中)
「幸ちゃん、今日は心ここにあらずって感じだね」
「そう?ぼーっとしてるのはいつも通りでしょ。お兄だし」
寝た気がしない。昨夜の彼女の言葉がずっとこびり付いている。この提案に乗れば変に部活に入ることもなく提出期限にも間に合う。ただ、同時にいくつかの疑問がよぎる。
多少話したとて、初めましての人間に生徒会の勧誘をするだろうか。そしてそれを個人の一声で可能であるとした場合、彼女の立場はいかほどのものなのか。更に、彼女がそこまで俺を評価している理由は一体何なのだろうか。昨日は安直に首を縦に振らずよかった。考える時間があったおかげで少しばかり、頭の整理が出来た。
「あ、お兄。私は今日から部活あるから」
「ん、おー」
生返事で返す。とにかく疑問は解消するに限る。ここは鷹原に聞くのが先決だが、一つだけ問題があった。それは鷹原の居場所について。彼女のクラスは分からないし、たとえ分かっていたとしても昼休みや授業ごとの小休憩の時間に必ず教室にいるわけではない。
残る選択肢は部活前の待ち伏せと生徒会との接触だが、生徒会の活動時間は分からないし待ち伏せは小心者には厳しい。それに、無関係な人間がその辺をうろつくだけで目立ってしまう。教室に着くも考え込んでいると辰巳が顔を覗き込んで話しかけてきた。
「ねえ幸ちゃん、本当にどうしたの?もしかしてまだ部活届出してないとか?」
「ん、まあそんなとこ。全然しっくりこなくてな、一応勧誘されてるとこはあんだけど」
「へえ、どこなのさ」
「生徒会」
会話に沈黙が流れた。顔を上げると辰巳は何とも言えない顔をしている。口を半開きにして目が点になった顔を見て、これが鳩が豆鉄砲を食らったような顔というのだろうなと思った。
辰巳は何か言いたげに口を鯉のようにしていたが、授業が始まるので自分の席に戻っていく。これは次の時間に質問攻めだろうな。俺が鷹原に質問攻めしたいところだというのに。案の定、というか授業終わってすぐに目玉をガン開きし、教室のタイルを踏み抜くような足取りでこちらに近づいてきた。これはもう黙秘は出来なさそうだ。大人しく質疑応答を受け入れる。
「幸ちゃん!」
「…なんだよ」
そうして根掘り葉掘り聞いてきたのでこちらも包み隠さずすべてを話す。図書室で偶々声を掛けられたこと、そのまま一緒に勉強していたこと、鷹原を駅まで送りとどけて生徒会に勧誘されたこと。一通り俺から聞き出すと浅い溜息を吐く。
「でもまさか幸ちゃんがねえ。その鷹原さんも見る目あるね」
「どこがだ。さっきも言ったが初対面だぞ。それに聞く限りじゃ生徒会とやらは多忙っぽいし」
「でもまだ何も決まってない幸ちゃんには魅力的な提案だよね」
そう、まさに。だからこそ今まで以上に慎重に真剣に考えている。中学の時なんて何にも考えずに済んだのに高校に入ってこれだ。面倒事や時間に追われるようなことは極力避けてきた。
必ずどこかの団体に所属しなければならない、でも楽はしたい。俺にとって一長一短なこの要求を呑んでくれるような活動団体はないものだろうか。
「できれば鷹原先輩に直接会って話せればいいんだけどな…」
「ああ、それなら今日の昼休みに生徒会行ってみる?」
「知ってるのか?生徒会室」
「うん、だって僕公務委員会だよ。直属上部が生徒会だからね」
なるほど。それならば直接会って話をするのがいいだろう。それに辰巳が直接生徒会と繋がりがあるならコンタクトを取るのも難しくない。
公務委員会、それは他の学校で言う風紀委員会に似た委員組織だ。活動自体は地味で雑務も多いと聞くが辰巳が言っていた通り、唯一生徒会の直轄下委員会である。公務委員会は所属試験が存在しており、学力は勿論のこと、人間性、運動能力、得意分野などの項目考査がある。
生徒会が人選任命制としたら公務委員は自薦・考査制だ。そして公務委員には最大の特権がある。それは、公務委員は成績に大きく反映され、有名大学への斡旋を受けることが出来るということ。
「生徒会に公務委員会、うちの学校は生徒主義にもほどがある。先生の立場はあくまでサポートやストッパーか」
「まあ、ふつうではないよね。でもその代わりに全生徒が主体的に動かないと成り立たないのも事実だから、学校側の意図としては最適解なんじゃないかな」
「暴策だろ」
「そうとも言うね」
ついては昼休み。辰巳と昼飯を取っていると里奈が話しかけてきた。なにやら神妙な顔をしている。その後ろからひょっと顔を出したのは鷹原だ。そういえば、剣道部の部長も務めていたな。
「やあ、まさか君に双子の妹がいるとは。せっかくだから話を通してもらうことにしたよ」
里奈とはうって変わって涼しげに微笑を浮かべる。まさか向こうから接触を図ってくるとは。里奈も何か言いたげにこちらを見つめている。
「お兄、あとで説明してよね」
「…」
「さあ、お迎えにまで来たんだ。行こうか、生徒会室に。加苅くんもね、歩きながらでも話をしよう」
足取りが重い。自ら足を運ぶのと連れていかれるのでは心の振動量が異なる。辰巳と俺の前を鷹原が歩く。生徒会室は教室棟3階の最奥、隣接している教室が公務室だ。
教室のドアを開けると長机が置かれており、書類が雑多に積まれていた。だた、散らかっている様子はなく、積まれている書類もきちんと仕訳けされている。今は鷹原以外の生徒会メンバーは出払っている。
「適当にかけてくれ、先に報告書を預かろう」
辰巳が報告書を鷹原に手渡す。自身の手元に置いてじっと目を通している。報告書を見るだけで空気が緊迫する。関係のない俺が手汗を少量かくくらいには。鷹原が小さく首を縦にふるとこちらに顔を向けた。
「うむ、よくできている。今年の公務一年は中々やり手だな」
「ありがとうございます」
報告書に印を押してケースにしまう。その流れで鷹原は紙コップを取り出し紅茶を入れる。ティーバッグにお湯を注ぐだけの所作がこれほど滑らかな人もそういないだろうと思わせるほどには見とれていた。
「さて、改めて自己紹介しよう。私の名前は鷹原雫、生徒会副会長だ。そして神田くん、君の答えを聞きたい」
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