第3話 能力は自己を固定する(前)
昼休みが終わり、午後一の授業は現代社会。黒板に長々と文章を書き、ゆったりした声で解説をする。4限が体育だったこともあり、船を漕いでいる生徒がちらほら。そんな中俺は頬杖をついて、長方形の小さい紙に意識を取られていた。
活動届と書かれたその紙の入部希望欄はまだ空白。提出期限が今週末、あと3日の猶予しかない。この
兼部も出来るようだがそもそも兼部する気どころか部活に入る気もなかったワケで。里奈は中学からやっていた剣道部に、辰巳に関しては委員会含めて3つほど所属している。里奈ほど運動が出来るわけではないし、辰巳ほど物事に対する執着もない。
「はぁ…どうするかな、これ」
結局その日の午後の授業は部活届のことで頭がいっぱいだった。
差し当たっては放課後、6限の英語で最後に渡された課題を図書室で片付けていると後ろから声を掛けられる。
「そこ、間違ってるよ」
振り返ると見知らぬ女生徒が立っていた。セーラー服とは相反する透き通った肌の色に腰まで伸びた黒髪、顔立ちは凛々しくこれまた中性的な印象を与える。自分の答えを見直すが文法的に間違っているとは思わない。
「間違っているのはスペルだよ。beutifullじゃなくてbeautifulだ」
ああ、本当だ。単語帳と比べてみると微妙に違う。英語は不便だ。発音とスペルが一致しないことが多い。
「ありがとうございます。えっと…」
「ああ、私は2年の
「いえ、俺は1年の神田幸太郎です」
お互いの挨拶が終わるや否や鷹原は対面の椅子に腰かける。こちらをずっと見ているわけではなく自分の鞄から教材を取り出してノートにペンを走らせた。話しかけてくる様子もない、なら俺も課題に取り組ませてもらうとしよう。
英語は特に苦手だ。学校にでもいないと英語に目も向けないくらいには苦手だ。英語の課題を持ち帰らないのも家ではどうせやらないからと自分で分かっているから。
辞書や教科書とにらめっこすること1時間。英語が出来ないのもあるがそれなりに量があった。背もたれに寄りかかり身体を伸ばす。前傾姿勢を1時間も続けていたせいで少し腰が痛い。
正面を向くと座っていた鷹原の姿がない。机に広げていた教材も無くなっている。時間も時間だし流石に帰ったのだろう。終わった課題を鞄にしまい、席を立とうとした時。
「おや、終わったのかい。お疲れ様」
振り向くと鷹原の姿があった。
「私もさっき終わってお手洗いに行っていたところだ」
時計を見ると17時45分。もうすぐ教室を閉めるために先生が見回りに来るそうだ。二人は鞄を持って退室する。靴を履き替えて外に出ると陽は沈もうとしていた。鷹原は職員室に用があるとかで校門前で待っていてくれと言われた。
「待たせて悪かったな。少し君と話がしたくて」
「話は構いませんが、俺を待たせた理由が分かりません」
「なるほど。君は…いや、失礼。神田君はこの暗がりで女性を一人にするほど甲斐性なしの男なのかい?」
「…理解しました。何処まで送ればいいですか」
話を聞くと鷹原は隣町から電車で通学しているそうだ。隣町と言うと大きな駅があるくらいしか分からない。自分の住むところすら満足に分からないのだから当然ではある。駅はここから稲穂通りを抜けたところにある。家と真反対だが甲斐性なしとも思われたくない。
「話が早くて助かる。駅まで頼むよ」
道中他愛もない話をして分かったのは印象よりもだいぶ親しみやすいということだ。話題の引き出し方が上手いし、何よりこちらのペースに合わせて話してくれていることがよく分かる。彼女曰く、相談事もよく受けるのだとか。
彼女自身もよく喋る。だからこそ会話が途切れない。気まずい時間を流れさせないというのはコミュニケーションにおいても難しいと聞く、しかも初対面で。ただ一つ気になったのは、彼女が剣道部だということ。
「私は生徒会にも所属している。中々面白いぞ、学校紙の作成や校内イベントなどの管轄は全て生徒会にあるからな」
橙山高校生徒会は校内自治団体として確立している。これも生徒の自主性を尊重するということで発足された。学校紙は毎月発行されていて、年間行事も通年行うものとその年にしかやらないものがある。
部活動も生徒会の一部であり、新しい部を作る場合も提出先は学校ではなくこの生徒会に一任されている。
「生徒会、すごいですね」
「色々と
「もうそれってほぼ独立団体じゃないですか。すげえな生徒会」
「あくまで管轄ってだけで最終的な決定は全て生徒会顧問と教頭先生、校長先生の3人だ。まぁ、いままで断られたことは一度もないらしいのだがな」
にしても生徒会の権力と言うのは随分なものだ。部活連に学校行事、生徒総議会に関しては教師たちの立ち入りは許可された者しか参加できない。例え生徒会の肩書が庶務であってもその恩恵は大きいと言えるだろう。
「そこで君に一つ、提案があるのだが」
「なんでしょう」
駅に着くなりこちらに振り向いて問いかける。その提案は今俺が頭を抱えている悩みを解決する一つの方法でもあった。
「君を生徒会に引き入れたいと思っている」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます