第2話 大人と書いてガキと呼ぶ(後)

入学式も無事終了し、割り振られた教室に戻る。いきなり在校生が壇上でライブを始めたときはびっくりしたがあれも入学式の一部なのだとか。なるほど、高校には特色があると聞くがああいうことなんだろう。


その後もダンスや合唱、吹奏楽のオーケストラなどが目まぐるしく行われる。うちの学校は少々特色が強すぎるのではないか。


「いやあ、凄かったね!」


教室へ戻る途中、辰巳が興奮気味に話す。ご丁寧に見てきたすべてのパフォーマンスを身振り手振りで、自分の知りうる言葉で称賛する。こうなると落ち着くまではしゃべり倒すので、隣で適当に相槌を打っておくことにした。


「それにしてもまさか3人そろって教室一緒なんて」


「まあ、バラバラになるよりはいいんじゃないか。話せる相手がいるだけで居心地って結構変わるからな、新しい環境なら尚更だ」


「お兄は別に一緒じゃなくていい」


相変わらずつんけんした態度だ。そういえば同い年の兄妹などの関係にあたる生徒は教室が必ず別になるなんて言う話もあったがあれはいったい誰がいいだしたのだろう。


HRも終わり残りは自由時間となった。教室内では既にグループを作っていたり、さっさと帰る人がいたり、部活動を見に行ったりなど次第に教室の人口密度が薄くなっていく。


「幸ちゃん!」


「分かってるよ」


辰巳がこちらにキラキラした眼差しを向けてくる。そんなにあけぼの祭が楽しみなのだろうか。規模も大きくないし、ただ屋台が並ぶだけの小さなお祭りだ。しかしまあ、子供のような無邪気な顔をする。辰巳の笑顔は時折、性別が判別できなくなる。


「そんなに楽しみなら早くいこうぜ、入学式と被るってことは学生も結構いるんじゃないか」


それもそうだと言わんばかりに小走り気味に校門へと向かう。その後を追う様についていくと校門側の体育館の裏手に里奈とその友達らしき人影が視界に移る。

楽しげに何か話している様子だがその声までは聞こえなかった。


稲穂通りに着くと思いのほか人が多い。学生は勿論、幅広い年齢層がまばらに見て取れる。中々の賑わいを見せていて、いかにもお祭りと言う雰囲気を空気の流れや屋台から届く食べ物の匂いから身体で感じる。


普段人通りが少ないせいかその賑わいはより大きく流れているような気がした。なるほど、これは確かに心が浮いてしまう。いつも見慣れた景色でもこうも変わるものなのかと感心していた。


「何ぼーっとしてるのさ、早く回ろ!」


「ああ、悪い。そうだな、今日は時間もあるし」


クレープ、チョコバナナ、りんご飴、焼きそば、お好み焼き、たこ焼き。屋台だけでなく移動販売のキッチンカーなども出店していた。りんご飴に関しては串に刺したみかんや苺などもあった。夕方からは近くの神社で祈祷式を行い、一般公開もするのだとか。


「元々このお祭りは昔の豊作祈願の流れでできたものらしいよ。今は形式上のものだから巫女さん達が神楽鈴を鳴らしてお祈りするだけなんだよね。毎年稲葉高校の新入生が選ばれるみたいだよ」


「ふーん、ん?」


話半分で相槌を打っていると、その神社にそそくさと上がっていく女生徒の姿が数人見えた。その中に一人、見覚えのある影が目にうつる。


「そういえば里奈ちゃんもそのひとりだね」


そんな話は聞いていない。なるほど、体育館裏で話していたのはこのことか。だからあんなに朝から浮足立っていたんだ。父親のあの一言はこの祈祷式のことだったようだ。俺に言わない辺り、里奈らしい。


身内に見られるのは少なからず恥ずかしさがあるものだ。祈祷式は17時から。あと1時間ほど時間がある。1時間前からの出入りを見ると直前までにリハーサルを挟むのだろう。


「どうする、こっそり見ていく?」


「いや、見られたくないなら見に行く必要はないだろ」


「じゃあ終わるまでおとなしく待ってようか」


ふらふらと祭りを回っていると日がだんだん落ちていく。空が薄暗くなり、街灯がぽつぽつとつきはじめる。あけぼの祭も祈祷式が終わるとその賑やかさは次第に小さくなっていく。辰巳と俺もそろそろ引き上げることにした。


「楽しかったねえ、食べ歩きしかしてないけど」


「楽しかったな」


高校生にもなって地元の小さな祭りなんてと思っていたが、中々に楽しめた。小さい頃からこの祭りに来てははしゃいでいた記憶が脳裏を突く。中学に上がるにつれてぴたりとその祭りには行かなくなった。中学の思春期特有の強がりも含んでいたんだろう。


楽しむことに年齢は関係ない。これを恥ずかしいと思っていたその考えが子供だったんだと気づく。そんなことを考えていると背中から里奈がリズムよく足音を刻んで走ってきた。両手には食べ物の袋を持ってお面を横顔に着けていた。


その恰好を見た二人は顔を合わせてふっと笑った。里奈は何が何だか分からないような顔をしている。そうだ、言葉では言っても、意識ではそう思っていても、やはりまだ何か足りない。


「これからだね、幸ちゃん」


「これから、だな」


「二人してどうしたの?」


何が足りないかなんてまだ分からないけど、きっとその答えがわかったときは、見えている景色が変わっていくのだろうか。その時を気長に待つとしよう。


ここからなのだから。

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