五 『ミラガ』

 ……アリエス?


 誰だ?

 森の中でセリスからいろいろ聞いていた時には、出なかった名だが。

 門番の言い方からは、誰でも知っている人物であることが想像できる。

 知らないと怪しまれるか?

 ここは無難に対応するか……


「まあ、あのアリエス様が!それは大変なことでございますね。」


 門番は大きく頷き、


「ああ、とても光栄なことだ。アリエス様がこの町に良い印象を持ってもらえるよう、皆気張っている最中でな」


 適当に相槌を打っておくか……


「まあ、そうなんですね」


 門番は所定の位置に戻りながら、


「ああ、そんなわけでお前たち、くれぐれも問題を起こすんじゃないぞ」


 と言った。


「ええ、もちろんでございます」


 そう言うと、俺は再び先導を再開しようとセリスのほうを見た


 ――セリスが驚いたような顔をしながら小声で何かつぶやいている。


「なぜ……こが……に」


 何を言っているのかはっきりとは聞こえなかったが、表情から察するに、歓迎すべき内容ではないことはわかった。

 ――後ろにいる門番が訝しげな表情でこちらを見ている。

 早く町の中へ入るべきだな。


「シルヴィア様?どうかなされましたか?」


 セリスははっとした表情でこちらを見る。

 あって数時間しか経っていない俺が言うのもなんだが、あまりセリスらしくない言動だな。

 セリスは一つ咳き込むと、


「いいえ、なんでもありません。行きましょうか」


 そう俺に告げたのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 町の大通りはそれなりの人で賑わっていた。

 大通りを行きかう人々はみな、茶、金、青、緑など様々な髪色をしていて、ここが異世界だということを実感する。見渡す限りでは、俺と同じ黒髪の人間はいなかった。

 兵士風者たちがちらほらと見受けられるのが気にかかる。

 通りは年季の入った石畳が敷き詰められていて、一本道が奥まで伸びている。

 道路脇には石造りの建物が並んでいて、その一階部分では様々な店が開かれていた。

 店々の看板には、何を書いてるかさっぱりわからない異世界語が殴り書きされていてる。

 俺はセリスと共に道路の端を歩きながら町を散策していた。



「まずは宿を探そう、セリス」


 俺は隣を歩いている晴れない表情のセリスに、そう声をかけた。


「――ああ、そうだね」


 やはり、さっきのことが引っ掛かっているのだろうか?


「宿に着いたら、事情を話してもらうからな」


 セリスはいまだ晴れない表情のまま、


「――ああ」


 と言って、頷いたのだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 宿は大通りを歩き始めてから数分で見つかった。

 通りの脇にそびえ立つ、二階建ての石造りの宿だ。

 俺たちは宿の中に入り、入って奥のロビーにある受付に向かった。

 受付に座っているのは、50代くらいで茶髪のきのこのような鼻が特徴の小柄な男だ。おそらくこの男が宿主だろう。

 俺たちが受付の前に立つと読んでいた新聞紙を顔の前から下げ、怠そうな顔で話しかけてきた。


「いらっしゃい。二名様で?」


「ええ」


 俺が答えると、男はセリスのほうに視線を向ける。

 と同時に、男の顔が満面の笑みに満ちていく。


「――おお、おお! こりゃまたえらい美人さんが。

 ……いらっしゃい! 宿で一番快適な部屋をご用意いたしましょう! ……へへ」


 下衆め。

 ……どこの世界でも、美人が得をするのは変わらないってことか。

 しかし、ここはありがたくいただこう。


「ありがとうございます。料金はおいくらですか?」


「20ペラになりやす」


 俺は、事前にセリスから受け取っていた硬貨を2枚渡した。

 ちなみに俺が今渡したのが銅色の硬貨で、貨幣価値は銅貨5枚で銀色の硬貨1枚、銀貨5枚で金貨1枚分、金貨5枚で聖金貨1枚といった塩梅だ。

 金貨3枚あれば、一か月何不自由なく暮らせるらしい。

 宿主は銅貨2枚を受け取り、言った


「では部屋の方へご案内いたしましょう!」





 部屋の中についた俺たちは、部屋の中を見渡す。


「結構広いし、掃除も行き届いているじゃないか。さすがに、宿主が一番快適な部屋だと言っただけはあるな」


 部屋は、日本で例えると少し広めのアパートの一室といった感じだ。壁や天井は表面が研がれた石が敷き詰められていて、床は濃い色の木でできていた。

 入って右側の壁には、二つのベッドが横に並べられていた。左側の壁には、緑色の髪を持つ美しい女性が描かれてた絵が飾られている。

 セリスはため息をつきながら壁側のベッドに腰かけた。

 俺もセリスも誰の目もない部屋の中に入って気が抜けたかもしれない。


「そろそろ姿を戻してもいい頃合いか……。自分ではない誰かを演じるというのは、存外疲れるな」


 そう言うと俺は本日4度目の沸騰を終え、もう一つのベッドに腰かける。

 時計が無いので正確な時間はわからないが、今はおそらく14時くらいだろうか。宿主の話によると、この宿は朝食と夕食しか出ないらしいので、昼食を買いに行ってもいいのだがその前に、だ。



「セリス、聞きたいことがある」


 そう、今俺がセリスに聞きたいこと。


 それは……



「アリエスについてだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔物の気紛れで召喚された俺が異世界の王になるのを目指して何が悪い? @faisen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ