四 『町』

 同日 同刻 


 エルネス王国 王都アレント 王城



 豪華な調度品の数々、美しい女性が描かれた絵画、天蓋付きの白いベッドなどがある全体的に白で統一された部屋で、美しい金色の髪の少女が眠っていた。



「アレス様、起きてください。時間ですよ」



 少女は美しく滑らかな金髪を肩下まで垂らし、確かな意思の宿った青い瞳をパチリと開け、ドアのほうを振り返った。



「リンジー、部屋に入るときはノックしてくださいといつも言っているはずですが」



 部屋の入り口には、古びたメイド服を着こなした茶髪の中年女性が佇んでいる。少女が呼んだ名前から察するに、リンジーというらしい。女性はその小柄な体をゆさゆさと揺らしながら、窓辺へと歩いていく。



「しましたよ。起きなかったのはアレス様です」


「……そうですか」


 少女は身体を伸ばしながら起き上がる。


「ほら、昼食のお時間です。着替えて食事の間に向かってください」



 言いながら女性はカーテンを開ける。瞬く間に暖かな日差しが部屋を満たしてゆく。

  少女は柔らかそうな頬を不満げに膨らませながら、



「わかりました……」



 と言って薄青のパジャマを白金色の正装に着替え、部屋を後にした。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 再び歩みを進め始めてから20分ほど経っただろうか、雨はすでにやみ、頭上には淀んだ曇り空が広がっている。

 俺はぜえはあと息を吐きながら足を止め、隣を歩いているにセリスに声をかけた。


「町が、見えたぞ」


 セリスは俺が指さした方角に目を凝らし、確かに町が薄ぼんやりと浮かんでいるのを確認したようだ。


「そのようだね」


「さあ、あと一息だ」


 そう言うと俺は攣りかけた足に気合を入れなおし、再び歩みを進める。


「マサトは意外と体力が無いのかい?」


 セリスは息一つ乱さずに、問いかけてきた。


「〝意外と〝ってのが何なのか気になるが……。ああ、そうだよ。俺は体力に関してはべべから数えたほうが早い」


 俺たちは互いにとりとめのない話をしながら進んでゆく。

 それから十数分が経ち、


「はぁ、ようやく着いたぞ」


 俺は町を全体的に見渡してみる。

 あくまで全体的に見ただけではあるが、その町は石でできた外壁に守られていて、背の高い建物がいくつか見当たる程度のある程度は栄えた町、という印象を受けた。

 町の入り口にはそれなりに立派な石造りの門がそびえ立っていて、その下には鋼の鎧を被り手に長槍を持った門番が二人、門を背に立っていた。どうやらこの門は関所の役割を担っているいるようだ。

 そして、鎧姿の兵士たちがあわただしく、大量に出入りしているのが気にかかる。  

 荷台のようなものを運んでいるが一体何なんだろう。戦争か何かの準備だろうか?


「もう一度聞いておくが、本当に魔物だとばれないんだよな?」


 念のためもう一度聞いておく。


 ちなみに、セリスの空間干渉魔法で二人とも姿を消して通り抜けられないか聞いたところ、セリス単独ならそれも可能だが、俺の姿までは消すことは出来ないとのことであった。

 それならば、セリスは透明になって先に通り抜けていろ。と言ったものの、いや、ワタシも通行の検査を共に受けよう。そちらの方が面白そうだ、と返されてしまった。行動原理のよくわからん奴だ。


「ああ、そうだと何度も言っている。ワタシの見た目は人間そのものだから、人間に魔物だと見破られることはないさ。魔物特有の匂いというのもワタシにはないからなおさらだ」


見た目が人間で魔物特有の匂いも持っていない……


「……一応聞いておくが、お前本当に魔物なんだよな?」


 セリスは綺麗な顔をあからさまに歪め、


「……ワタシはれっきとした魔物だ。人間とは根本からして異なる存在だ」


 と言った。


「……そうか。聞いてみただけだ」



 セリスのほうは問題ないとして、俺のほうは姿を変えたほうが良いか?

 この世界の検問がどれだけ厳格な検査をしているかはわからないとはいえ、男より女のほうが怪しまれずにすんなり通り抜けられるだろうから、いっそ女の姿になってみるか……。せっかくだし加護も使ってみたいのもあるが。


「セリス、どう思う」


 門のほうを見ていたセリスがこちらを見る。


「なにがだ」


「男より女のほうが門番に警戒されずに通り抜けられそうか?この世界の常識はまだわからないからお前の意見を聞きたい」


 セリスは考えるそぶりを見せ、


「ああ、奇妙な服装を着た男よりは、警戒されずに済むだろう」


 そう答えたのだった。


 話を切り上げた俺たちは、舗装された土の道路を通り、門の前へと歩みを進めた。   

 ちなみに今の俺の外見は、質素な服を着た茶髪の小柄な女性である。

 いかにも金を持っていそうな外見と服装のセリスに付く女中、という設定だ。

 周りには、俺とセリス以外にも、先ほどから出入りを続けている屈強な兵士が十名ほどいる。俺たち以外の一般人は一人もいない。何かの間違いで襲われたりしたら確実に太刀打ちできずに殺されてしまうだろう。

 今の俺は武力面でもそうだが、経済面などでもセリスの力を借りることになってしまう。これは良くない。

 そもそも、セリスが俺の味方かどうかも判然としていないのだ。これまでの言動や俺のことを〝観察する〝と言っていたことからも少なくとも敵ではないと思うのだが。


「止まれ」


 鎧を着た門番のうちの片方が、俺とセリスの前に立ち塞がる。もう片方の門番は木製の机に着き、ペンを取っている。

 第一印象は、なるべく良くしておくか……


「お前たち、名前は?」


 俺の前に立った門番が威圧的な声音で質問をしてくる。

 セリスはただ泰然と俺の横に立っている。

 俺は前へ進み出て一礼し、答えた。


「こちらはシルヴィア・レイゼン様。私はエリナー・マリーズと申します」


 机についた方の門番が、ペンを走らせている。


 偽名は先程セリスと打ち合わせをしていた時に、適当に考え付いたものだ。セリスが言うには、女性の名としては違和感は感じないだろう、とのことだった。


「ふむ」


 門番が舐めまわすような視線でこちらを見てくる。不愉快だ。


「どこから来た」


「王都アレントです」


 門番は納得したような表情を見せる。


「この町に滞在する目的は?」


 テンプレートな質問だな…… その質問に対する返答はすでにセリスと打ち合わせてある。


「観光です」


 門番が訝しげに首をひねる。


「観光だ?見たところ、黒髪の美人さんはかなりの家柄の出だろう。そんな王都の金持ちお嬢さんがこんな見どころもないような町に付き人一人だけ連れて観光か?変わってるな」


 ……怪しまれたか?


「この町の名前は?」


「ミラガではないのですか?」


 ……セリスから町の名前を聞いておいてよかったな。


「まあ、いい。通っていいぞ」


 セーフだったか。しかし、意外とアバウトなんだな、通行検査ってのは。身体検査や持ち物検査すら無いとは。

 まあ、疑われないのは当然か。何の変哲もない金持ち旅行者だ。そんなものまでいちいち疑っていたらキリがないだろうからな。

 

「ありがとうございます」


 俺は礼を言ってから、セリスを先導し門を抜けようとする。


「そうだ。一つ忠告しておいてやる。」


 なんだ……?


「なんでしょうか?」


 門番は誇らしげな表情で言った。



「この町にはアリエス様が駐屯していらっしゃる。この町にいる間は、絶対に問題を起こさないようにしろよ。そっちの黒髪の美人さんが死ぬのは見たくねえからな」

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