第7話 壱葉ちゃん
「いや、ほら、さ……ちょ〜っと大袈裟に話しちゃったじゃない?」とイチハちゃんは、てへ、とでも言わんばかりにイタズラっぽく微笑む。「察して、うまく合わせてくれてたんだと思うんだけど。ものすごーく関係性を誤解されちゃってるわけなんだよね。その辺、大丈夫? 弁解しといた方がいい人、いる? 私から事情話すよ」
関係性……? 誤解? なんのことか――と考えて、ハッとする。
ああ、そうか。結婚のこと……か!? 『結婚の約束もした仲』だと言うのは……なんらかの比喩表現? 何かの遊びの一環で交わした約束を大袈裟に言っただけ……ということか?
よかった。うっかり、若気の至りで結婚詐欺まがいのことをしたわけではなかったんだな。
「大丈夫だ!」ホッとしながら、俺ははっきりと言う。「まだ婚約者の類はいない」
「え、婚約者? そこまで……は想定してなかったけど。まあ……いっか」
「いや、ごめん。多分、良くない!」
我慢できん――とでも言いたげに声を上げたのは、本庄で。
「国矢こそ……事情、全然分かってないよな!?」
「ん? ああ……まあ、確かに」
言われてみれば、いろいろ不思議な状況だ。正直、理解が追いついていない……。
改めて、傍らを――そこに佇む彼女を見つめる。陽に焼けた肌に、明るい髪色のショートヘア。爛々と輝く瞳と、屈託ない笑み。小柄ながらも、その身に秘めた爆ぜんばかりの元気を感じさせるような。カラッと晴れた夏の日の太陽がよく似合う子だった。昔から……。
天真爛漫、自由奔放――そういう言葉の意味を、俺は彼女から学んだ気がする。
「本当に……イチハちゃんなんだな」
噛み締めるようにぽつりと呟くと、イチハちゃんは「ん?」とぽかんとしてから、ニッと得意げに笑った。
「壱葉だよ。――なんか照れるな。ほんと久しぶりだね、ハクちゃん」
「いや……こんなところで会うとは。しかも、同じ学校……ということだよな」
「みたいだね?」とイチハちゃんは俺たちの制服を見比べるようにし、「ハクちゃんと一緒なんて楽しそう」
「ああ、そうだな」
もう泥遊びとかするような歳ではないが。
「ハクちゃん……どうしてるかな、てずっと気になってたんだよ」
不意にイチハちゃんは声を低め、どこか責めるような眼差しで俺を見上げてきた。
「私たちのこと、避けてたでしょ。あの日から……」
あ――とその瞬間、息が止まる。
いきなり氷柱で心臓を一突きされたような気分だった。
しまった……と思ってしまった自分がいた。
そうだ。そうだった。イチハちゃんと最後に会ったのは……あの日だ。近所の神社の夏祭り。突然、降り出した夕立の匂いを……まだ、はっきりと覚えている。そして、あのときの心臓が焼けるような焦りも忘れたことはない。
八年前。まりんを失いかけた夜――。
二度と……あんな想いはしたくない、と思った。あんな想いをさせたくない、と思う。
だから……誓ったんだ。まりんの傍を二度と離れない、と。まりんを絶対に守る、と。そして、それ以外はどうでもいい、と思うようになったんだ。
絶対に守ると誓った幼馴染に『クビ』宣告を受けたんだが……なぜなんだ!? 立川マナ @Tachikawa
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